おとしもの
アオイヤツ
なんだろこれ
川沿いのちいさな公園。
ちいさな銅製ネームプレートが落ちていた。
表面にはうっすらと錆びが浮かんでいる。
太陽にかざすようにして名前を読んでみた。
わっ
逆光でなにも見えない。
仕方なく手の平にのせてにらめっこ。
よくよーく見るとうっすらと字が読めた。
『クッキー』と、書いてある。
ように見える。
住所までは書いてない。
わたしはプレートを右手でぎゅっと握った。
目を閉じる。
んんんーと念じる。
茶色い
まるっちい
毛むくじゃら
かわいいわんこ
そんな絵が頭の中に浮かび上がる。
私のちょっとした特殊能力ってやつである。
くううん...
不安そうな声が聞こえた。
ような気がする。
ん?
ネームプレートって鳴くのかな?
やっぱり持ち主に似るものなのかもしんない。
右手を開いて、
手のひらのクッキーちゃんに声をかけた。
怖がらなくていいよ
だいじょうぶだよ
左の人差し指で表面をなでてみる。
ざらざらとした堅い質感。
でも、ほんの少しだけ温かい。
ような気がする。
んー、いい天気!
空を見上げる。
まだまだ陽は高い。
時間はたっぷりとある。
よおし!
一緒に持ち主さんのところまで行こっか
右手にネームプレートを握って、目を閉じる。
んんんーと念じる。
まっくらな視界の中
とおくにあかるい光が見える
ぼんやりとしたあたたかいひかり
クッキーちゃんの持ち主さんのひかり
そんな絵が頭の中に浮かび上がる。
私のちょっとした特殊能力ってやつである。
手の中のプレートが少しだけ暖かくなった。
ような気がする。
わたしは歩き出した。
この町は川を中心にして、ながーく伸びてる。
持ち主さんは川をのぼって行った先にいる。
ような気がする。
公園を出てどんどん歩く。
藪が濃くなった。
その中に走るけもの道をのっぺりと歩いてく。
草がぼーぼーに生い茂った河原。
気を付けないとそこかしこにひっつき虫がある。
ピンととがった草も切れるから危ない。
昔っから変わらない風景。
ここは今も昔も変わらず、子供たちの声が響く場所。
懐かしいなあ
川の対岸、別の小川と合流するとこにトンネルがある。
その入り口で子供たちが遊んでいるのが見えた。
わーわーと大きな声を出してるのは体の大きな男の子。
地面に座った子は首をひねって何か言ってる。
トンネルの奥を覗いてるのは女の子かな。
たのしそう。
あの頃と変わらない風景だ。
男の子たちがね
あそこに秘密基地とか作ってたんだ
あの子たちも基地とか作ってるんだろうなー。
自分たちだけの場所。
自分たちだけのお城。
自分たちだけの国。
ふふ
こっからでも丸見えなのにね
自分の場所を手に入れるということ。
おっきくなると色んな事が見えてくる。
ほら、お金とか要りますし
ウウンと右手が震えた。
ような気がする。
賛成?
反対?
どっちかな。
頭の高さを飛び回る小虫を追い払うと、
藪の青臭さが鼻をくすぐる。
かさかさかさり
草を踏みしめながら、
道を踏み固めながら、
わたしはずんずん進んでいった。
しばらくすると、橋にぶつかる。
ちょうどその上をバスが通ってく。
がたんごとんと大きく揺れながら。
黄色く塗られたバスには、
お客がまばらに乗っている。
わたしはバスを見送ってから、
左右の安全を確認する。
大丈夫。
よおし! どんどん行くぞー!
うぉん!
いい返事!
わたしはクッキーをかるく撫でた。
道路を渡り終えて、ポールの間を通り抜ける。
再び川沿いの道へ降りた。
腕をおおきく振って進んでいく。
こちら側の河川敷は地面が砂利になってる。
色んな大きさの石がゴロゴロしてて歩きにくい。
スニーカー越しに足に感じる触感が、
石の大きさや埋まり具合で色々あってこそばゆい。
小石につまずかないように気をつけねば!
砂利道の途中、ちいさなコンクリートの橋を渡る。
すると目の前に工事中の看板と柵。
なになに名称は彫刻の水辺、来年3月完成予定。
なんだかこじゃれた名前です。
なんとなく眺めながら側道へ回り込んでいく。
側道の工事は既に終わってるみたい。
かっちかちに固まった砂の道。
どっちかと言うと路かな。
わざと足を大きく上げて歩く。
コンコンと小さな音がはねかえった。
『路』って言葉はね、
人間が手を加えて歩きやすくした
『道』のことなんだよ。
どこかのマンガで読んだお気に入りの言葉。
右手のクッキーちゃんに説明してみた。
靴のかかとをコッツコッツと鳴らして歩く。
わたしのからだが左右に揺れる。
なんだか楽しくなってくる。
だからね、ここは『路』なんだよ。
クッキーは何も言わずに首を傾げている。
ような気がする。
路の右側は2メートルぐらいの斜面。
そこにはたくさんの大きな穴が空いてる。
覗きこんでも何の穴かわからない。
けど、聞く相手も居ないのでそのまま進んでく。
♪~♪♪~
初夏の陽気はいい感じ。
鼻歌も出るってもんです。
クッキーも鼻をスンスン鳴らして楽しそう。
そんな気がする。
どんどこ進んで次の橋のすぐ近く。
側道はぐにゃりと曲がっていて、
工事中の本道とくっついていて一本の道になる。
斜面に空いてる穴の中に、
一カ所だけちいさな木が置いてあった。
根っこの部分を玉のように固められている。
これから土で埋めるのだとおもう。
窮屈そうだけど、もうちょっとの辛抱だよ。
おっきくなーれよー
わたしは細っこい灰色の幹に声をかけた。
思い入れとかはない。
でも、なんとなく大きくなって欲しいなって。
そう思う。
今度の橋は背が高い。
その下をくぐって歩いて行く。
急な坂道を登って、小高い道へ。
土手、それとその下に広がる川原が見える。
川原は一見、まっしろ。
白い石がいっぱい落ちているから。
石を投げて遊んだこともあったかも。
懐かしい。
すこし寂しい。
昔だったらためらわずに坂を下りただろう。
なにも迷わずに川原で石を拾っただろう。
右手を大きく振って投げただろう、に。
橋を越えると河川敷は藪に戻る。
短く頑張る下草ふみふみ。
わたしはけもの道をゆく。
けもの道をゆくわたし。
わたしはけものである。
がおー
クッキーが右手で震えている。
ような気がする。
んー、気のせいかもしれない。
デコボコ地面のデコボコけもの道。
むき出しになった土の上に細い溝がある。
たぶん自転車が通った跡。
わだちって言うとなんかかっこいい。
わだちの上を踏んで歩く。
足の下にすきまがある。
なんだかふんわりとした心地になる。
ふらふらするけど、転ばないように気を付ける。
藪を抜けるとセメントで固められた地面。
頭の上にはゴウゴウガタガタ。
大きな音がひっきりなし。
ひっきりってなに?
これは出来たばかりの高速道路なのです。
高架の下にもぐりこむと、
周りの空気がシャッと変わる。
ひんやりしてるような、湿ったような、
埃っぽいような、ぬめっとしたような感じ。
なんとなく長居したくないので早足で通り抜ける。
高架を抜けてお天道様の下へ。
なんだか気持ちがいい。
この感覚を味わうためなら、
もう一度高架にもぐりこみたい。
言い過ぎました。
くうん…
右手に感じる、寂しい声。
どうしたの?
右手を開いて、ネームプレートと眼を合わせる。
クッキーは首を伸ばすようにして、
あたりの匂いを嗅いでいる。
ような気がする。
ここがわかるのかな?
クッキーはわたしの声にこたえずに、
ふんふんと鼻を鳴らしている。
ような気がする。
右手に乗ったクッキーのぬくもりを感じようとして、
わたしは違和感を覚えた。
目的地、ネームプレートの持ち主がいる場所と
別の方向にもなんとなくなにかがある。
ような気がする。
その感覚は目的地ほど強くはないけど。
方向は90度曲がった山の方。
距離的にはこちらのほうが近い。
ような気がする。
右手のネームプレートを見て、
空に浮かぶ太陽を見上げようとして、
慌てて眼をつぶって、
わたしは川を離れた。
クッキーはキョロキョロしている。
ような気がする。
直角に曲がって大きな道路を渡ると商店街。
『なにか』の場所を目指すには
ここをまっすぐに抜けるのが一番早い。
ような気がする。
そろそろお昼になるので、
商店街の入り口付近に集まった飲食店は人がいっぱい。
わたしはその後ろをすり抜ける様に進んでゆく。
商店街にはたくさんの店が並んでいるけど、
わたしは前だけを見てひたすら進んだ。
人が多い場所は苦手だし、
商店街には落し物も多いから。
徐々に増えるシャッター、
その間を走るように通り抜ける。
ほどなく商店街は終わる。
目の前にはそそり立つように伸びる坂道、
住宅地の間を貫いて、
空に向かってずどーんと伸びている。
……
思わず立ち止まって、クッキーと顔を見合わせた。
ような気がする。
くう?
クッキーは黙って首を傾げた。
どうしたの? とでも言っている。
ような気がする。
ふー……う!
わたしは坂道を登り始めた。
1話目 終
使用させて頂いた画像作者様に
ここで御礼申し上げます。