ミューリエは小声で何かを呟いていた。
そして空中に指で印を描くと、
彼女の左の手のひらには黒い炎が燃え上がる。
これは僕がミューリエと出会った時、
悪漢たちに使おうとしていた魔法かな?
その炎をスケルトンにぶつけて攻撃――
と、思っていたんだけど、
ミューリアはその炎を右手で握った
剣の剣身に当てた。
次の瞬間、炎は刃を包み込んで燃えさかる。
名前をつけるなら、
黒炎剣といったところだろうか。
タック、私が道を切り開くっ!
そこを通って貴様は外へ出ろ!
それで家の中でも
暴れられるような何かを
召喚してこい!
あいよ~!
アレス、私のそばから離れるな?
う、うん……。
…………。
ミューリエは小声で何かを呟いていた。
そして空中に指で印を描くと、
彼女の左の手のひらには黒い炎が燃え上がる。
これは僕がミューリエと出会った時、
悪漢たちに使おうとしていた魔法かな?
その炎をスケルトンにぶつけて攻撃――
と、思っていたんだけど、
ミューリアはその炎を右手で握った
剣の剣身に当てた。
次の瞬間、炎は刃を包み込んで燃えさかる。
名前をつけるなら、
黒炎剣といったところだろうか。
せいっ!
ミューリエが刀を振ると、
衝撃波と黒い炎が真っ直ぐな筋を作った。
それは周りいた
何体かのスケルトンを弾き飛ばし、
さらにそのまま壁にぶつかって、
当たった部分を吹き飛ばす。
魔法と剣術が一体となった複合技!
こんなの、初めて見たっ!
やっぱりミューリエはすごい……。
今だ、タック! 行けっ!
おっしゃあっ!
タックは黒炎剣の作った道を通り、
外へ飛び出した。
でもこのままミューリエが
全てのスケルトンを
倒しちゃうんじゃないだろうか!
いっ?
弾き飛ばされたスケルトンは
再び立ち上がってきた。
ちょっと破損させたくらいでは、ダメみたいだ。
それどころか、
次から次へと床からスケルトンが
涌いて出てくる。
――これじゃ、キリがない!
なぎ払ってもなぎ払っても、
新たにスケルトンが現れるから
数が全然減らない。
しかもミューリエは
僕を庇いながらの戦いだから、
思ったように戦えていないみたい。
持久戦は僕らが不利だ!
くそっ、
僕にもっと戦う力があれば……。
せいっ!
ミューリエは次々と黒炎剣を繰り出した。
スケルトンなんて数さえいなければ、
あっという間に僕たちが勝っているのに……。
なんとか隙を見て外へ逃げ出せないだろうか。
こんな狭い場所じゃ不利だ。
ミューリエ、外へ脱出しようよ!
バカものっ!
外にはワイトが大量にいるのだぞ?
囲まれたら終わりだ!
少ない戦力で
多数を相手に戦うには、
むしろ狭い場所の方がいい!
あ……。
ミューリエの言うとおりだ。
彼女はそこまで考えて、
ここで戦っていたのか……。
僕は戦いに関して、本当に何も分かっていない。
それを痛感させられる。
自分が情けない……。
――おまたせっ!
しばらくして、
タックが召喚したモンスターを連れて
戻ってきた。
小さいトカゲみたいなのを肩に載せているけど、
もしかしてあれかな?
不意にトカゲは低く唸り、
瞬時に紅蓮の炎に包まれた。
タックは平然としているから、
召喚魔法を操るマスターはその炎の影響を
受けないみたいだ。
やれっ! サラマンダー!
タックがそう叫ぶと、
トカゲは口から燃えさかる炎を吐いた。
それを食らったスケルトンは
灰になって昇天する。
すごいやっ!
あんなに強力なモンスターを
使役できるなんて!
おぉっ! サラマンダーか!
なかなか高位のモンスターを
操れるじゃないか!
へへんっ!
どんなもんだいっ!
あれが有名なサラマンダーか。
確か炎の精霊だっけ。
その皮膚はあらゆる火系の魔法を弾き、
通常の武器では傷すらつけられないという。
弱点といえば氷系の魔法くらい。
――うん、村長様の家で読んだ本に
そういうようなことが書いてあったような
気がする。
それをこうして実際に見られるなんて
思わなかった!
その後もサラマンダーは炎を吐き続け、
スケルトンを燃やし尽くしていった。
おかげでどんどん数は減っていき、
ようやく勝機が見え始める。
でもそんな時――
ありゃ! 魔法力が……。
…………。
トカゲは急に炎を吐かなくなり、
やがて光に包まれてその場から消えてしまった。
えぇっ!? これはどういうことっ?
タック? どうしたのっ?
どうやらオイラの魔法力が
尽きたみたい。
まさかここまで戦いが長引くとは
思ってなかったからさ……。
チッ!
僕らに傾きかけた勝利が一転。
タックがサラマンダーを
使えなくなってしまった。
スケルトンの数はかなり減ったけど、
今度はそれと入れ替わるように
ワイトがやってくる。
またしても形勢は不利に。
タックは小弓で応戦するが、
敵を沈黙させるまでには至らない。
くそっ!
こいつら、
いつまで湧いてくるんだよっ?
はぁっ、はぁっ……。
ミューリエが息を切らしている。
ずっと戦いっぱなしだから、無理もないか……。
僕を庇っての戦いだから疲労も激しいのかも。
ぐっ!
ぐぁっ!
ミューリエっ! タックっ!
ミューリエやタックが
アンデッドたちの攻撃を受ける回数が
増えてきた。
僕に攻撃が向くとあえて避けずに
身を挺して守ってくれたりもして……。
傷口には赤い血が滲んでいる。痛々しい。
それでも2人は僕の前から退こうとはせず、
ひたすら戦い続けている。
――くそっ!
このまま僕だけ何もできないなんて嫌だっ!
僕は……僕は……
ミューリエもタックも
守るんだぁああああぁーっ!
アレスっ!?
アレス~?
僕は夢中で叫んだ。
2人を守りたい気持ち、
戦いをやめてほしいと願う気持ち、
全てを受け止める決意――
一瞬だけど空間が揺らいで、
それが僕を中心に波紋のように広がっていった。
それが触れたスケルトンは途端に力を失い、
ただの骨となって崩れ落ちる。
ワイトは灰になり、風に融けていく……。
そして彼らは二度と復活せず、
床からも新たなスケルトンが出てこなくなった。
……はぁっ……はぁっ……。
すごいぞ、アレス!
お前、何をしたんだっ?
アレスー!
2人が僕に歩み寄ってくる。
――でもおかしい。世界全体が傾いている。
それっきり音も聞こえない。
あ……れ……?
だんだん……世界が……暗く……。
意識が……もうろうと……。
……あれ?
目を開けると、僕はベッドに寝かされていた。
外を見てみると、空は茜色。
かたわらではタックが椅子に座ったまま、
僕のベッドの端に突っ伏して寝息を立てている。
どうなっちゃったんだろう?
直前のことがよく思い出せない。
僕たちは
村長さんに化けていた魔族のワナにかかって、
スケルトンに襲われた。
それでだんだん追い詰められて、
ミューリエとタックを守りたいって
強く念じたところまでは覚えてる。
……そうだ、そうしたら一気に力が抜けて、
意識が途切れたような気がする。
こんなこと、
前にも似たようなことかあったような……。
……んあ。
その時、寝息を立てていたタックが
目を覚まして上半身を起こした。
そして大きなアクビを1回――。
ふぁああああぁ……。
そのあと、
口元から垂れたよだれを手の甲で拭きつつ、
寝ぼけ眼で僕を見据える。
おはよ、タック。
っ!?
僕と視線が合った瞬間、
タックは大きく目を見開いた。
どうしたの?
僕の顔に何か付いてる?
あ……あぁ……。
アレスーっ!!
ちょっ、タックっ!?
タックは僕に抱きついてきて、
嬉しそうに大泣きした。
顔をピタッと僕の胸の辺りに押しつけ、
激しくしゃくり上げている。
すると部屋の外から大きな足音が聞こえてきて、
勢いよくドアが開く。
タック、何があったっ?
っ!?
やぁ、ミューリエ。
何かタックが突然抱きついてきて、
離してくれないんだけど。
アレスっ!
やっと目を覚ましたかっ!
心配かけおって……
ミューリエは軽く鼻を啜ると、
慌てて後ろを向いてしまった。
でも手で顔の辺りを擦っているということは、
もしかしたら彼女も泣いているのかな?
僕、どうなったの?
アレス、2日も意識が
戻らないままだったんだよぉ~!
えっ?
スケルトンと戦っている時、
アレスが叫んだだろう?
その直後、
意識を失ってしまったんだ。
そのあと、どうなったの?
全てのスケルトンが動きを止めた。
そして直後、
灰になって風に消えた。
村に出てみたら
ワイトの姿もなくなってたんだ。
きっと同じように
消えちゃったんだと思う。
おそらくアレスの力に反応し、
黄泉の世界へ
帰っていったのだろう。
そうなの?
僕はただ夢中で、
2人を守りたいって
強く願っただけで……。
なるほど。
強い想いがリミッターを外し、
いつも以上に
力を発揮できたのかもしれんな。
ただ、
その効果範囲と力の大きさゆえ、
反動で意識を失ったのだろう。
そうだったのか……。
でも2人が助かって良かったよ。
あのままじゃ、
やられていたかもしれないもんね。
少しはいつもの恩返しが
できたかな?
バカものっ!
今回は意識が戻ったから
いいものの、
ヘタしたらお前は力の反動で
死んでいたかもしれないんだぞ?
あまり無茶をするなっ!
そうだっ!
それはオイラたちに対する
最大の裏切り行為だぞっ?
え……。
オイラたちを悲しませたまま
目の前から
いなくなっちゃうなんて、
絶対に許さないからなっ!
……うん。ゴメン。
これからは気をつける。
だが、アレスが私たちを
助けたいと思ってくれたこと、
嬉しいぞ!
そうだなっ。
だからオイラ、
アレスのことが大好き~☆
2人とも……。
うん、僕もキミたちと
一緒にいられて嬉しいよ。
さぁ、もう少し休め。
明日になったら
関所へ向けて出発しよう。
うんっ!
こうしてアンデッドの出る村での事件は
とりあえず解決した。
ミューリエやタックとの絆も深められたし、
僕の力について少し分かったことは
良かったと思う。
ただ、気になるのはあの魔族。
僕が勇者だと知っていて、
事前にワナを仕掛けていた。
しかも村人を皆殺しにした上、
仲間だった神父まで躊躇なく命を奪う非情さ。
アンデッドをたくさん操る強大な魔法力。
――とてつもない強敵だ。
今回はただの挨拶だと彼は言っていた。
つまりまた僕の行く手に
立ち塞がってくるだろう。
これからの旅は今まで以上に
気を引き締めていかないと
いけないのかもしれない。
次回へ続く……。