つまらない日常。つまらない現実。
それが俺のいる世界だった。
でもそのつまらない世界が本当はかけがえのないものだということを俺はまだあの時知らなかったのだ。

NO CLEANSE
1st story:SPRING

教師

お前たち、しっかり復習しとけよ。じゃないとあとあとつらい思いをすることになるぞ。もう受験生としての自覚を持ってもらわないとな。

担任の教諭がまた何か言っている。
まぁ俺には関係のないことだ。
適当に勉強して、適当に受かりそうな大学受けて、適当に受かって、適当に彼女作って、適当に……。

鞍馬 閏

痛!?

神崎 舞

アンタちゃんとノート取ってんの?

鞍馬 閏

なんだよ、神崎。
別に俺がノート取っていようがいまいが関係ないだろ?

神崎 舞

何よ!?
中学が一緒のよしみで忠告してやったのに、その台詞はないでしょ?

鞍馬 閏

はいはーい。ありがとうございまーす。
神崎舞さーん。

俺はすました顔で返すとバッグに荷物を放り込み始めた。まぁ荷物と言っても勉強道具など筆記用具ぐらいのもので、あとは音楽プレイヤーと小説ぐらいのものなんだが。

神崎 舞

ちょっと閏!?
何帰る準備してるのよ?
まだ三限が終わったばっかりじゃない!

鞍馬 閏

次のは別にサボっても平気だろ。あの先生ゆるいし。

神崎 舞

確かに田中先生はそんなに厳しくないけど、だからってサボっていいわけじゃないでしょ?受験で英語は使うんだから!

鞍馬 閏

ノーセンキュー、ノーセンキュー。
アイ キャン スピーク イングリッシュ ベリーウェル。
ドゥ ユー アンダ―スタンド?

神崎 舞

何ふざけてんのよあんたは!?

オレは神崎が机を蹴っ飛ばしたのをひょいと避けて教室の出入り口のところへ素早く逃げおおせる。

鞍馬 閏

田中先生にはうまくごまかしておいてくれ!
よろしくな、中学が同じのよしみで。

神崎 舞

コラー!
閏!
戻ってきなさいってば!

神崎の怒声を無視して廊下を駆けていった。

俺は鞍馬 閏(クラマ ジュン)。絶賛受験生(仮)真っ最中の18歳であり、モットーは”何事も適当に、曖昧に”
まぁ自分が人間の中でも堕落した方の人間であることは自覚している。
なんの夢もなく、努力もせず、のうのうと生きている俺に人様に褒めてもらえるようなことなど一つもあるわけもなく。
誰からも期待などされない。だから俺も誰にも、そしてこの世界にもなんの期待もしていない。
まぁその辺で可愛い女の子でも引っかけて遊んでれば幸せなのだと思う。
そして先ほど俺に激怒していた少女は神崎 舞(カンザキ マイ)。俺と同い年で、彼女が言っていた通り中学から知り合いで何かとつっかかって来る。
まぁ顔は別に悪くない、というか学年でも五人に入るくらいの美人ではあるし、胸もそれなりにある。推定Dカップ。
だがまぁお察しのとおり委員長気質の彼女が俺のような適当人間に合うはずもなく。中学からの知り合いという大きなアドバンテージがあるにもかかわらず、未だにフラグは立ちそうにない。立つのは彼女の気だけである。

俺は学校を出るとその辺をぶらつき始めた。
何故三年前の俺はこんな何もないところに建っている学校に来ようと思ってしまったんだろう。
こんな住宅街じゃ可愛いギャルに出会えるはずもない。

鞍馬 閏

ったくよぉ。何か面白いもんでも落ちてねぇのかな……。

俺は地面に落ちている石ころを蹴っ飛ばし、公園を見つけるとベンチに座った。。
本当にくだらない毎日だ。何も生産性のない日々。
こんなくだらない時間なら寝て過ごしてしまうのが一番いい。
俺は開き直ってバッグを枕にしてベンチに寝転んだ。
今日は気候もいいし、昼寝にはもってこいだ。
静かに目を閉じると、怠惰な睡魔が包み込み、俺は眠りに落ちていった。

標的は見つかったか?

はい、春様。南西の方向、70メートル先に一柱います。
おそらく上級クラスです。

夜の闇の中で話している。そこはビルの屋上であり、風が強く吹いている。春(ハル)と呼ばれた者が着ている和服が大きくはためく。

そうかい。
君の探知能力はやっぱりすごいね、紫。

ありがとうございます、春様。
執行者様にほめていただけるなんて、光栄です。

そんなにかしこまらなくていいのに。
もっと気楽に話してくれていいんだよ?

いえ、私は執行者様や帝様に用いていただくために修練する身。
そのようなことは出来かねます。
ですが……。

紫は体を春に寄り添わせ、見上げるように春の顔を見た。

春様が私を《陣器(ジンキ)》として選んでくださったなら、春様を思う存分お慕い申し上げることができます。

ははは。紫も結構積極的だよね。
でもまぁ残念だけどもう先約がいるんだ。

桐さん、ですよね?

そうやってずばり言い当てられるとさすがに照れちゃうなぁ。

見ていれば誰だって分かってしまいますよ。
春様をお慕いしている者は大勢いるのですから。皆、桐さんをうらやましく思っているのですよ。

紫は《帝器(テイキ)》になるつもりはないのかい?
僕は病弱だし、帝様のほうがずっと頼りがいがあるように思えるけど?

そんな風にご自分を卑下なさらないでください。
もちろん帝器になることも、陣器になることも、同程度に名誉あることですが、私は春様をお慕いすると決めたのです。
もし陣器になれずとも、《迎器(ゲイキ)》としておそばに仕えたいと思っています。

そうか。じゃあ僕も執行者として恥のないよう修練しないとな。
じゃあ目標のところまで案内してくれるかい?

はい!
では、春様、ご用意はよろしいですか?

あぁ。いつでも大丈夫だよ。

紫が静かに目を閉じると、紫の影が揺らぎ、変形し、そして地面から離れる。そして影は死神が持つような巨大な鎌の形を成した。紫はその影の鎌を握ると、その大きな鎌の刃を春の胸元あたりにあてがった。するとあまりに鋭いその刃が春の肌を容易く裂いて、赤い鮮血が噴き出す。
すると次の瞬間、紫の体は粒子へと拡散し、噴き出した血液に溶けていったかと思うと、血液が鎌の形をなし、そして春の手に収まった。

……ふう。上手くいったか。

春様、お怪我は?

姿を消した紫の声が春の頭の中で聞こえる。

ああ、もう塞がってるよ。《蜘蛛の糸玉)の力はこの世界でもちゃんと働くみたいだ。

よかったです。
では、参りましょうか?

行こう。僕たちの使命を果たしに。

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