失った領土を着々と奪い取りつつあった帝国の暴挙を受け、さらに帝国に力を貸そうとする者たちがいた。
 それが唯一【魔族】と名乗る者たち、戦争扇動する傍らで彼らはからの領土を広げていった。
 魔族たちの力は人に扱えるものではない。人ならざるものが加入した帝国は、すでにこの世界の住人ですらなかった。

 ──さて。
 本格的に魔族たちとの戦争に成り代わりつつあった血露戦争だが、
 ここでようやく過去に何度もくりかえされた魔王と勇者の戦いが再臨する。
 帝国という皮を被った、魔王の支配宣言。めまぐるしく変わる戦況に現れたそれに引き摺られるように、王国は勇者を求めた。

 そして偶然にも王国を訪れていた彼に白羽の矢が刺さる。



 王国所属、預言者Ignisは語る。

Ignis

勇者様のことですか

Ignis

えぇ、覚えています

Ignis

歴代の勇者のなかで、もっとも特徴的でしたから


 勇者が勇者だと選定されるにはいくつかの方法がある。
 ひとつは夢による予言、これを受け取る人物は複数いるが大体が王家の血筋か、神官であることが多い。
 他には異世界からの召喚という手も存在する。これは召喚された当人の身を考えるとあまり好ましくない、余程の状況でのみ使用されるある種、外法の術とされている。

Ignis

ですが、彼の場合はまったく違った

 当時の冒険者ならば珍しくはない、入国時の王への謁見に彼はやってきていた。 
謁見するにも様々な理由があるが、彼の場合は王国への長期滞在するという報告と許可を求めての行動だったそうだ。
 長期滞在するということをわざわざ知らせるあたり、彼は仕事を探していたのかも知れない。
 だが、そのときだった。

Ignis

勇者の剣が彼を選んだのは、奇跡とも言えるでしょう


 預言にない、預言を覆す存在。
 其れこそが勇者であると預言者は王へ進言した。だからこそというわけでもなく、王は言われなくともといった風に喜んで彼を勇者に任命したという。
 その場面に関しては、一般人も知っていることだろう。何せ有名な話だ。
 勇者がその後どういった活躍をするかは、あとに話すとして。

Ignis

他にも自分のような勇者はいるのかと、彼に問われたことがあります。

 今の時代では一人だ。と預言者は答えた。
 勇者に任命された彼は、その答えにどこか妙な点があったのか一瞬不思議そうな顔をした。

00

そうか、そうだろうね


 勇者は微笑んでいた。見る限りでは年相応に、だが大人にあわせて作った微笑みで。

00

いや、友人に勇者の血筋を引く人がいてね。もしかしたらと思ったのだけど

Ignis

その友人は今どちらに?

00

随分前から雲隠れだ

00

もしも会ったら伝えてくれ、妹が会いたがっているって

 どのような外見かと問えば、赤い髪をしていると勇者は言う。
 しかしそのような他人の話題を出していたのは、今思えば自身の事を語らないようにと誘導していたようにも思えてくるのだ。
 決して口数が多いとはいえない勇者は、どこか自身に光が当たることを畏れていたように思える。
 なぜか、と聞かれても答えは分からないが。

Ignis

彼が旅立ってから、国には清涼な風が吹くようになりました

Ignis

まるで国が背負っていた瘴気を、彼が持っていったように

 そのことを預言者は素直に喜べやしなかった。
 あの小さな人間の背に、全てを押し付けてしまったような、そんな罪悪感さえ感じてしまう。
 勇者は確かに勇者だったが、それ以前に彼はまだ世界に縛られることもない少年だった。
 年端も行かない、ただの少年だった。

Ignis

私は彼を送り出してからというもの、ずっと悩んでいたのです

Ignis

何かとてつもない間違いをしてしまったのではないか?

Ignis

私たちは罪を犯したのではないか?

Ignis

……結果は、記者さん。貴方の知るとおりでしょう

 

 伝承派と争うために伝承どおりに勇者を求めた王国も、彼らと同族なのだろう。
 預言者は、深くため息をついた。

Ignis

実は勇者の友人に、お会いしたことがあるのです

 預言者が勇者からの伝言を伝えると、それはまた困ったような顔をしていた。
 そして勇者の友人は、預言者にこう聞いたそうだ。

Ars

あいつはちゃんと笑っていた?

 その答えがどこにあるのか、未来を通す預言者でさえ見ることは叶わなかったそうだ。

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