それは当時帝国と呼ばれていた伝承派から、小国ハイドレンスの独立宣言があがったことからはじまる。
 小国ハイドレンスの地下には多くの資源があったということが発覚し、暴走しつつあった帝国から手を切ろうとしたというのが公式見解だ。
 ハイドレンスの後を追うように、帝国に位置していた弱小国は次々と独立、または王都連合への加入を宣言。
 猛威を振るっていた帝国は、あっという間に領土を失った。
 しかし帝国はそれを発端にし、近隣国への強襲、支配を開始。

 血露戦争のはじまりである。

 多くの血が流れ、多くの死が蔓延った聖戦とは程遠い死戦。
 その最中に、勇者はいた。

Scrum

いまでこそあれは勇者と呼ばれてはいるが、俺はそうは呼ばない

Scrum

裏切りで幕を開けた勇者など、いてたまるものか

 ──帝国領カーム、強襲部隊第一斑元班長【Scrum】は最初期の彼を語る。

Scrum

最初はどこの馬の骨かと思ったな

Scrum

傭兵にしちゃ幼いし、戦場に立つにもへらへらしすぎている

Scrum

こいつはすぐ死ぬか、しぶとく生き残るかのどっちかだなと感じた

 雇われ傭兵である以上、出自すら分からない。傭兵なんて大概そんなものだが、彼だけはその中でも異様だった。
 とくに奇異な行動や言動をしたわけじゃあない、ただ、異様だった。
 合唱のなかで一人だけ全く違う歌を歌っているような、そんな違和感。

Scrum

俺はまず聞いた、殺れるのか? と

Scrum

だがあれは綺麗な笑顔でいうんだ

00

あぁ、大丈夫だ

Scrum

何がと言う話だ

Scrum

今思えば、あれは確かにおかしかったんだ。あの状況で、普通に考えて笑えるか

Scrum

笑えるはずがない

Scrum

笑えるはずが、ないんだ

 彼の、帝国としての初陣は【紫陽花の間引き】と呼ばれることになる、ハイドレンスと専属契約を交わしていた魔鉱職人の街アシッドへの強襲、支配からだった。
 

Scrum

あれは確かに優秀だった

Scrum

初陣だというのに、一体何人屠ったか

Scrum

きっと、俺よりも倍以上は屠ったはずだ

Scrum

死神と言うのはああいうものを刺すんだろうな


 一日目の強襲、二日目の占領、三日目の支配で構成された強襲作戦はみごと成功し、三日目の夜に強襲部隊はようやく休息を得た。
 だが、悪夢はそこからはじまった。 

Scrum

何が起きたのか、あの時はすぐには分からなかった

Scrum

振り向けば仲間が倒れている

Scrum

そのすぐ近くに、あれは立っていた

Scrum

一瞬仲間が貧血でも起こしたかと思ったくらいだ

Scrum

だが、違ったんだ

Scrum

あれ、なんていったと思う?

00

うん、やっぱりこっちのほうが納得できるな

Scrum

何を言っているのか、こちらにはさっぱりだった

Scrum

そうだな、今考えてみればあれは自分の居場所を探してたのかも知れないな

Scrum

自分が納得できる、居場所を

Scrum

まぁこちらにとっては最悪もいいところだ

Scrum

あれにとってのこっちというものは、今でもよく分かっていないが

Scrum

……あぁ、随分と容赦がなかったな。あれの剣は

 突然の、彼の裏切り。
 予期していない事態に、対応なんて追いつくはずがない。
 結局のところ、俺は戦うことしかしらなかったから、当然戦う羽目になった。

Scrum

最初は実力は俺のほうが上だった

Scrum

だが、末恐ろしいことにあれは打ち合うたびに剣筋がよくなっていく

Scrum

戦いの中で、あれは成長していた

Scrum

最初は裁ききれなかったはずの俺の剣を、終わり際には完全に見切っていた

Scrum

……人ではないなにかと戦っている気分だったよ


 必死に生き延び、後日調べたところ彼を手引きした存在はどこにもおらず、結果あの裏切りは彼の独断ということになった。
 真実などしらないが、恐ろしい話だ。先行きの分からない化け物を野に放してしまったのだから。
 

Scrum

あれがあのあとどうしていたのかは、俺はよく知らない

Scrum

だが、あれが処刑されたと聞いたとき

Scrum

正直俺はほっとしたよ

Scrum

化け物が眠りについたように、本当に

 Scrumは、心底ほっとしたように雨の止まぬ窓の外を眺めていた。
 彼に負わされた傷によって戦いの道を棄て、平穏な暮らしを選んだScrumだが、
 彼曰くまだ聞こえるのだそうだ。

Scrum

……あいつの、革靴の足音が今でも聞こえるんだ

 死んだはずなのにおかしいだろうと、Scrumは笑っていた。

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