そう……わたしも貴方ともう一度会うことばあれば、話してもいいと思っていたわ。しかし、そうもいかなくなったわね

 りせちーではなくリーシャは、低い声で囁くと、さりげなく間合いを詰めてきた。ただ、まだ躍り込むことはせず、眉をひそめて問う。

駅近くの公園で、ずいぶんと暴れたそうじゃない? お陰でわたし達のトップは、貴方を危険視している……一体、貴方はどういう人なの。わたし達の敵?

まあ、味方じゃないのは確かだろうし、あんたに偽名を使ったのも事実だ……本当の名前は、冴島ヒロという

 俺はあっさり白状し、暗い路地の左右を見渡した。
 人が来た時はその時に考えることにして、リーシャにざっと教えてやった。

 つまり、俺がブレスレットを入手した経緯から、クラスメートだった脇坂の死に至るまでの事情をざっと。

 もちろん、涼のことは伏せてだ。

――というわけで、俺はそもそも何か詳しいことを知っているわけじゃない。むしろ、知るために動き回ってる段階だ

馬鹿ね……余計なことを嗅ぎ回ると、死ぬわよ

 なんだかひどく迷う素振りでリーシャが言う。

 気の強そうな女だが、心に迷いがありそうである……これは、俺の最初の印象通りだ。

見逃してあげるから、さっさと逃げなさい。今、尾行してたのはわたしだけだから、まだなんとかなるかもしれない


 散々迷った挙げ句、そんなことを言う。
 俺は苦笑して両手を広げた。

それこそ、無駄だよ。俺は何が何でもこの件に関わる気なんだ。頭から面倒ごとに首を突っ込んで、必ず脇坂がどうして死んだのか突き止める。絶対にだ

……友達だったわけ?

いや。むしろ俺はあいつが苦手だった。あまり話したことないし

じゃあ

この際、それは関係ない

 なにか言いかけたリーシャより先に、俺は断固として言う。

あいつは大したヤツじゃないかもしれないけど、俺の目の前で死んだんだ。しかも、責任の一端は俺にある。あいつにはちゃんと両親だっているし、おそらく息子の死を悲しんでるだろうさ。死んじゃったのか、ああ大変だったねぇで済ます気はないね、絶対に!

 俺の口調が今までになく激しかったせいか、強気女のリーシャが押し黙ってしまった。
 そのまま沈黙が続くかと思ったが、やがてぽつりと尋ねる。

どうして……そのことをわたしに話すわけ? まだ会って二度目なのに

よくぞ、訊いてくれました!

 一転して破顔し、俺は小さく手を叩く。

出会った時に少し感じたのさ……この子、なんだか迷いがあるような顔つきだなぁと。どうも、自分が今置かれた状況に満足していないような気がする。……今もそうだ、仲間が俺を探してるからなんて理由じゃなくて、実は自分の意思で俺を追ってきたんじゃないのか? 俺、ちょうど彼女いないよ?

 明るく告白した途端、氷の刃みたいな視線で睨まれたが、俺は怯まなかった。

 黙って視線を受け止め、肩をすくめてやった。

どのみち、今はあんただって危険を犯してる。明らかに仲間の敵になりそうな俺と、こうして雑談してるしな。俺の予想、当たってるってことだろ?

とりあえず

 リーシャは超不機嫌そうに言った。

君と呼ぶのもあんたと呼ぶのも、やめて。呼び捨てでいいから、リーシャと呼びなさい

了解。俺のことはダーリンでいいよ

……それで、ヒロ

 人の要請を気易く無視し、リーシャは信じがたい阿呆を見るような目つきで俺を見た。

わたしに迷いがあるような気がするって理由だけで、そんなにぺらぺら話すの?

いや、勘違いしてるけど、俺は口は堅い方だ。リーシャについちゃ、最初から予感がしてた。だけどそうだな……ちょうどいい機会なんで、今試す。というのも、俺にはイビルアイというギフトがあってだな

 説明しながら、俺はそのイビルアイを発動して、リーシャを眺めて見た。

ほら、やっぱり

 案の定、こいつも黄金の輝きを放っている。この冴島ヒロの人生に、彼女が大きな関わりを持つという証拠だ。

……このイビルアイで見ると、俺と大きな関わりを持つ人間がわかる。やっぱり勘は当たってたよ。リーシャにも黄金の輝きが見える

本当に!?

 詐欺師を見る刑事みたいな目つきで睨まれた。

このわたしが、ヒロと大きな関わりを持つ? 信じられないんだけどっ

現に、もう関わってるじゃないか?

 俺は精一杯友好的な笑みを浮かべた。
 なるべくなら、フレンドリーに話を聞きたいじゃないか。

大丈夫、俺の嗜好はかなり広いよ。ヴァンパイアだって、全然オーケーさ。自分が吸血されない限りは


 穏やかな表情の割に、実は内心では恐ろしく緊張していたのだが……最悪なことに、リーシャの表情がてきめんに曇った。
 涼が話してくれた、吸血がどうのって話が、嘘じゃない証拠だ。
 長々と息を吐き、俺はリーシャを見やる。

なあ、今後人を襲うのはやめろよ? 俺が代わりにどっかの献血車をガメてきてやるからさ

人をヴァンパイアみたいに言わないでっ

 金切り声で叫ばれた。
 拳を固めたリーシャの肩が細かく震えている。

わたしは人間よっ。普通の人間なんだから!

……ならどうして、吸血の話が出たら、暗い顔になる?

あ、あれは元の世界が――とにかくっ

 いつも冷静だったのに、リーシャは真っ赤になって喚いた。

初対面の時に言ったでしょ! わたしはこっちの食事メインでやってるって

そうか? なら、その辺のことも含めて、お互いに情報交換しよう、なっ?

 俺がなるべく穏やかに言ってやると、リーシャはまた迷う素振りを見せた。無下に断らないのは、脈がある証拠である。

 意を強くした俺は、粘って説得しようとしたんだが――そこで、あらぬ方から声がした。

いや、おまえに話すことなんか、何もないな


 気配を読み損なった俺は、いささか緊張してそっちを見る。

 冷笑を浮かべた男が、闇の向こうからゆっくりと姿を見せた。

ヴァンパイアではない?

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