温めたカレーがお皿の上で湯気を立てる。
子ども用の、甘口カレーの香りがする。

サランラップを外しトレイの上に乗せ、先ほど作ったばかりのオニオンスープと、カリカリのベーコンがのったサラダも一緒に運ぶ。
隣には浩輔。すっかり宿題を終えて、料理中も物珍しげに眺めていた。

いつもなら、用意されたご飯をチンして食べるだけなのだろう。
彩を加えられたのなら嬉しいことだ。

お待たせしちゃったね。
用意できたから、テーブルの上片付けてくれる?

うん!

トレイの上を見ていた浩輔は、遼に言われたままにテーブルへ駆け寄り、広げたままだった勉強道具を避ける。
ソファーの上にランドセルを置き、遼が通りやすいように道をあけた。

テーブル上にトレイが置かれ、浩輔の目に全貌が現れた。

カレーはいつもの、母が作ってくれるものに違いない。よく浩輔一人の食卓に並ぶので、間違いない。
しかし、今回はサラダとスープ付き。

水菜と細切りにしたきゅうりに、カリッとしたベーコンをのせて、ドレッシングはオリーブオイルに塩を混ぜたもの。胡椒もあるが、浩輔は辛いものが嫌いだ。遼用だろうか。
オニオンスープは、飴色になるまで炒められた玉ねぎのいい香りがする。コンソメスープの透き通った色が美しい。熱で溶けたチーズが食欲を増進させた。

浩輔はゴクリと喉を鳴らし、遼を見上げた。
その瞳は、尊敬と驚きに満ち溢れている。

これ、全部
遼兄ちゃんが作ったの?

うん。
家でたまに作るくらいだから、大したものじゃないけど。

ううん!すごい!
すっごく美味しそう!

素直で直球な感想はくすぐったい。体を優しく撫でられているような感じがする。

遼は浩輔を急かし、「早く食べないと冷めちゃうよ」と背中を叩いた。
そうでした、と両手をキッチリ合わせて、いただきますをする。しっかりした子だ。

スプーンを持ち、メインのカレーよりも早く、浩輔はオニオンスープにくぐらせた。
チーズの丘が割れ、中から湯気と一緒にくったりとした玉ねぎが顔をだす。

一口。

浩輔の口の中に消えていく。
しばらく味を確かめるようにモグモグ口を動かしたのち、キラキラと目を輝かせて、浩輔は興奮気味に両手を震わせた。

美味しい!美味しいよ!
お母さんのご飯も美味しいけど、遼兄ちゃんのも同じくらい美味しい!

それはよかった。
じゃ、俺もご一緒して……。

自分のぶんのサラダを引き寄せ、スープには胡椒を入れる。たっぷり入れたほうが、ピリッとして遼は好きだ。

サラダも喜んでくれたようで、すごい勢いでお腹の中へと消えていく。育ち盛りということもあるだろうが、これは嬉しい。

スープは、明日の朝にパンを入れても美味しいよ。
お父さんとお母さんにもどうぞって、言っておいて。

言うと、口の中いっぱいにしていた浩輔は、目を白黒させつつ、口を両手で押さえて何度も頷いた。

行儀のあれこれは、ほぼ出来ている所を見るに、彼の両親は完全な放任主義ではないらしい。
仕事で遅くなるのも、やはり未来を見越してのことなのだろう。だからといって、こんなおさない子が一人で夕飯を食べるなんて、あってはいけないが。

左手をカレー皿に添えて食べる浩輔の両親に興味が湧き、遼は控えめに家庭の内情を訊いてみることにした。

ね。浩輔は親御さんたちと仲は良い?

うん。
二人とも大好きだよ。
僕が学校の日は二人も仕事だけど、お休みのときは一緒に遊びに行くもん。

いいね。
どこに行ったの?

この前は動物園!
キリンさんの首が、こぉーんなに長かった!
あとはねー、うさぎさんとヤギさんも触った!ふわふわだった!

ふわふわかー。
お母さんたちも一緒に?

お母さんは一緒に触ってたよ。うさぎさん可愛いねーって。

ふふっ。
でもね、お父さんはヤギさん怖いからって、入ってこなかったの。
でも、写真はいっぱい撮ってたよ!

なるほど、やはり家族三人で仲良しさんらしい。
とりあえずは、最悪な結論に至らずに済んでよかった。

それからも、浩輔の思い出話は止まらず、ご飯が終わって、遼が洗い物をする横でも、ずっと喋りっぱなしだ。
動物園の話の次には水族館。有名な大きいところではなかったが、実際に海の生き物に触れたことを身振り手振りで話してくれた。
他には、夏には海に行ったという。
岩の間にたくさんカニがいたこと、お父さんが岩場で足を滑らせて浅瀬へ落ちてしまったこと。

多くの話が途切れることなく続き、よく疲れないものだなあと感心していたそのとき

チャイムが鳴った。

同時に浩輔の顔がパッと染まる。

お母さんだ!
いつもより早い!!

時計を確認して、浩輔は玄関に走っていく。

これは結構危ないかもしれない、と遼も後につき、ドアスコープからドアを挟んだ向こう側を覗く浩輔の後ろで、静かに靴を掴んだ。
が、時すでに遅し。
ガチャリと扉が開いて、若い女性の姿が視界の隅に入る。

浩輔の黄色い声が飛んだ。

お帰りなさい!

ただいまー、コウちゃん!

ラフな格好をした女性が、浩輔を腕の中に収めて、ギューッと抱きしめる。
そこで遼の存在に気がつき、驚きのあまり悲鳴も忘れて、どうにかこうにか浩輔を自分の背中に隠す。
彼自身は何が起こったのか整理がつかないようで、母親の背後から顔を覗かせて二人を見つめた。

ちょっと!あんただれ!?
何で家の中にいるの!?
……まさか、浩輔に何かしたんじゃないでしょうね!!

え?
あ、いや、俺は

お母さん!
遼兄ちゃんは良い人だから、怒っちゃダメだよ!

ナイスタイミング。
遼は手に靴を引っ掛けたまま、安堵のため息を吐いた。
まあ、確かに、家に帰って靴を持った見ず知らずの男がいたら、誰だって不気味に思うし、もっと騒がれたって不思議じゃない。
気を配っとくんだったと、遼は反省した。

それより、もうこんな経験はしないだろうとも。

一通り浩輔の説明が終わると、遼が補足する形で、どうにか話をまとめた。
遼が思ったよりも悪い人じゃないとわかり、少し安心したのか、浩輔の母は自分の息子の目の高さに視線を合わせる。

知らない人と話したら危ないって言ったでしょ?
加々見さんが良い人だったからよかったものの……

違うよ。僕から話しかけたんだ。

まあったく……。
加々見さんも、この子が迷惑かけたみたいで。

あ、いえ。
俺が一緒に行きたいって言ったのはホントですし、俺のせいってことで……

親が帰ってきたのなら大丈夫だろうと、遼は一旦靴を戻して、帰る旨を母親に伝えようとした。

だが、それよりも早くに、クンクンと鼻を鳴らして、彼女はそれはそれは嬉しそうに顔を輝かせた。
浩輔そっくりだ。

もしかして、何かつくってたの!?
すごーい!
浩輔に栄養がいくわー。

栄養がくるわー!

答えも聞かず、二人はリビングに小走りに消えていってしまう。

これは、もしかしたら父親との対面も果たしてしまうのではと危惧しながら、遼は親子のあとを追った。

初顔合わせはドッキドキ

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