ロサの表情が凍りついていく。
ロサの表情が凍りついていく。
考えてくれてないの? 今まで考えてくれていたんじゃなかったの? ひとりでぶつぶつ一人言を言っていたのは私との結婚を考えていろいろ想像してくれていたんじゃなかったの? それ以外に何を想像するの? なんですぐに私の手をとって結婚を約束してくれないの?
わー!
目の焦点があってないまま、ふらふらと近づいてくるお嬢様。一途すぎるお嬢様! ていうか外にずっといたのかよ! 聞き耳たててたのかよ! 怖すぎる!
すみません崇様、私にはどうすることも……!
サンザシが叫ぶ。大丈夫、そうでしょうとも!
なんで、なんでなんでなんでなんでなんで?
気がつくと壁に追い詰められていた。
今までで一番怖い状況に、俺の口からはあうあうと間抜けな声しか出てこない。
なんでよお!
焦点のあっていないまま、お嬢様は両手を上にかざした。
宙ににょきにょきと生えはじめたのは、大きな大きな赤いバラだ。あのバラはどうやらどこにでも生まれてくるらしい。
バラの周りを、そのバラを守るようにいばらがつつんでいく。
ぎろりと光る刺は、俺の方をしっかりと向いている。
もしかして、あの刺が俺の方向に来るのか?
わ、わ……
わかった、という前に、ロサは両手を俺の方に降り下ろした。
咄嗟に目をつむる。遠くで、崇様と叫ぶサンザシの声が聞こえた。
重症を覚悟した。歯を食い縛り、腕で頭をガードする。
しかし、いつまでたってもバラの攻撃が俺に襲いかかってくることはなかった。
どういうことだ?
静かに目を開けると――俺とロサの間に立ちはだかる、魔法使いの姿が目に入った。
……ルキ!
ヒーローのごとくさっそうと現れたルキは、杖をたかだかと掲げ、襲い来るバラを見事に凍らせていた。
邪魔をするな!
ロサが叫ぶ。ルキが杖をもう一振りすると、どこからか風が吹き、ロサが吹き飛ばされた。
逃げますか、アキ様!
ルキが振り返り、真剣な眼差しで俺に問う。
逃げる!
即答が気に入ったのか、ルキはにこりと笑うと、そーれいと杖を掲げた。
光に包まれ、次の瞬間には、はじめてルキと出会った場所に飛ばされていた。
サンザシを確認、大丈夫、しっかりついてきている。
ありがとうルキ……!
ルキの手をとると、ルキはまあ、と微笑む。
魔法使いの仕事ですわ、すごいことなどしていません!
いやいや、かっこよかったよ。
それにしても、あんなに怖いお嬢さんだったなんて
かなりの魔法の使い手でした。
なかなかお屋敷に入ることができず、助けるのがぎりぎりになってしまって……
でも、助けてくれたじゃん
言うと、ルキは少し驚いたような顔をしたあと、ええ、と静かに笑うのだった。
では、次はどうしましょうか、と作戦会議を開きたかった。
嫁探しをする昔話ってなんぞやと、考えもしたかった。
しかし、この物語は、そんなに優しくないようだ。
オルキデア様! 探しましたよ
ざくざく、と花を掻き分けてくる音がした直後、現れたのは女性騎士だった。
少し遅れて、別の騎士も現れる。
オルキデア様! ご無事で何よりです
……なんですの!
ルキが眉根を寄せる。
嫌悪感を露にした表情に、俺は少しだけ怯んでしまう。
もうお遊びはいいでしょう
女騎士があきれたようにため息をつく。
お遊びじゃありません! 私は本気です!
先ほどこの勇者様を窮地から救ったのですよ! 本当ですのよ!
ルキの言葉に、ふうんと男騎士が頷き、こちらに目をやる。
お前、重罪だな
……へ?
やめてください! 勇者様はなにも悪くありませんわ!
ルキの叫び声と共に、男騎士がニヤリとわらい、右手を高々と掲げて指をならした。
パチン、という音と共に、俺の周りを光が再度包み込む。
アキ様!
ルキの叫び声が遠退き――はっと目を開けると、そこは銀世界だった。