倒れ込む彼を受け止め、私は叫んだ。
琉史!
倒れ込む彼を受け止め、私は叫んだ。
…………
しかし、彼は気を失ったまま応えることはなかった。
琉史が立っていたその先に目を向ければ、陰を纏った塔を背に、白いロングコートの男が立っている。
男は何をするでもなく、無表情に視線だけをこちらに向けていた。
男の前には双頭の猟犬が群れをなし、殺意のベクトルをこちらに向けたまま、主の命を静かに待っている。
私は琉史の様子をもう一度確認すると、視線だけで周囲を窺った。
すると、目の前をピンクの色彩が横切った。
…………
私たちの前に躍り出た小柄な少女は、その細い両腕を精一杯に広げると、私のほうを向いて一度頷く。
そして、視線をコートの男へ真っ直ぐに向けた。
彼女に対して男は小さく口を動かし、猟犬たちは一斉に少女——鶫へ駆けだす。
赤い眼をした双頭の犬は、深紅の残像をなびかせ飛び掛かる。
集中する殺意に、鶫はひるむことなく勢いよく息を吸い、大きく何かを叫んだ。
——————ッ!!
声を失った彼女から放たれたそれは、声ではなく旋律を奏で、次の瞬間——
鶫に降りかかった殺意は拒絶の音色に阻まれ、花びらのように散っていく。
さらに響く旋律は、私の心にかかった靄をも吹き飛ばし、鮮明に蘇った記憶が一気に頭を駆け巡る。
くっ、これは……!?
呆然とする私の目の前で、彼女の髪は月の白さを想わせる色に染まり、翼のように風に揺れていた。
…………
私の腕の中で横たわる友人。そして、私の手についた彼の血が、かつての記憶を確かにしていく。
まったく……君は相変わらず傷だらけなんだな
静かに彼を地面に横たえると、私はゆっくりと立ち上がり、記憶とともに自分の力も戻っていると自覚する。
鶫、ありがとう。あとは私が何とかするよ
鶫の肩に手を置いてそう言うと、彼女は優しいいつもの笑顔を向けてくれた。
…………
よく頑張ったね
そんな彼女の額に軽く人差し指を当て、私は短く術式を唱える。
!?
直後、彼女の体から力が抜け、強制的に閉じる瞼の間から、驚きと悲しさに揺れる瞳が私を見つめた。
目尻から溢れた涙は頬を伝い、穏やかな寝顔を優しく濡らす。
彼女の涙をぬぐうと、私は琉史の隣に彼女を寝かせ、無言で佇む男と対峙した。
待たせしてしまいましたね
私の言葉に、白い男は微かに笑ったような気がした。
すると倒れた猟犬たちが、ゆっくりとその身を起こし始める。
体勢を立て直しつつある彼らを前に、私は——
さあ、決着をつけましょう
懐かしいその言葉を再び口にした。