満月に照らされた山道の途中で、俺は足止めをくらっていた。

　目の前には白いロングコートの男が一人。

　男は黙ったまま、無表情に針のような細い目をこちらに向けている。

　月明かりに照らされた男の周囲には、ハウンドと呼ばれる漆黒の猟犬が数頭、主人を護衛するように取り囲んでいる。

　その眼は赤く不気味に輝き、それぞれが二つの頭と四つの目をこちらに向けていた。

　男の顔は、戦場で幾度か見たことがある。

　話したことはないが、いつも猟犬を引き連れ、無駄なことは一切せず、必要なことだけを確実にこなしていく蒐集家（コレクター）。

　俺が嫌いな部類の人種だ。

　そんな奴の背後には、再建されたバベルが聳えている。

　高さはかつてのそれほどではないが、そこから響く鼓動のような重低音は、確かに塔が機能していることを示している。

　胸の奥から込み上げる怒りを、俺は必死に押さえつける。

　今は過去ではなく未来のためにも一刻も早く、あれを止めなければ……。

　早樹は、きっとこのことに気付いている。

　そして、必ず止めに来るだろう。

　そうなれば最悪、あの力を使うかもしれない。

　俺は改めて決意を固めると、静かに錠文を展開する。

　掌から溢れ落ちる闇は羽のように軽く、しかし、決して舞い散ることなく艶めかしい刃を形作る。

　かつて友へと向けた刃を展開しながら、俺は改めて自分に問う。

　断ち切ろうとして出来なかったその意味、そして俺にとっての今を……。

　——諦めるつもりはない。

　それは変わらぬ想いであり、友との絆。

　俺は、今はない背中の翼をイメージして姿勢を低くする。

　見えないからといって失われたわけじゃない。

　そして俺は、前へと初速から全力で飛翔した。

　対する蒐集家は薄く口を開き、猟犬はそれに応えて攻撃の意思をこちらへ向ける。

　白い月明かりの下で、黒が幾重にも交錯する。