なんて無力なのだろう。

 残った右の翼は力なく風に揺れ、体が雲海へ向かって堕ちていく。

 視界の先では広がる空を背に、まっすぐ近づく黒い光とそれを拒む白い光が、何度も何度も激しく交錯している。

……ミカエル……ルシフェル……

 二人の名を呼ぼうとしても、術式の影響で自由の利かない身体では、音にさえなってくれない。

 聞こえてくるのは切り裂くような風の音と、二人がぶつかり合う重低音。

ルシフェル

ミカエルッ!

ミカエル

ルシフェルッ!

 二人は、まるで標的を定めるかのように互いの名を叫び、それでも届かない想いを刃に変えて傷つけ合っている。

……やめてくれ……

 そう思っても、僕には想いを届ける術がない.

 突きつけられた二人との距離に、僕はゆっくりと目を閉じる。

 闇の中を落ちていくような感覚の中、二人の声が徐々に遠ざかっていく。

 消え行く声に涙が溢れそうになる。

 ここで涙を流せば、空へと舞い上がった僕の想いは二人に届くだろうか。

ルシフェル

まだだ、サキエル!

 頬をはたくような声に目を開ければ、黒翼を一際大きく羽ばたかせ、彼が目の前にやってくる。

——ルシフェル!——

 思わず叫んでみても、口が僅かに動いただけで、やはり声は出てくれない。

ルシフェル

サキエル!
今、行くからッ!!

 それでも彼は、ただ堕ちることしかできない僕の名を何度も呼び、大きく手を広げて腕を伸ばす。

ミカエル

おまえにサキエルは渡さない!

 しかし、白い剣線とともに放たれた言葉に、僕とルシフェルは引き裂かれ、彼は再びミカエルへと視線を戻す。

……やっぱり僕は、一緒にはいられないのか……

 舞台に立てなかった役者のように、再開された二人の輪舞を前に、僕は、ただ見ていることしかできない。

 時折近づいてくる黒い翼と、それを拒む白い翼。

 その間に、今の僕が入り込む余地はない。

……さようなら……

 視界から遠ざかっていく二人に別れを告げ、僕は薄れ行く意識とともに——

 自分の想いも遙かな空へと手放した。

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