廊下の壁に寄り掛かる俺の耳に、遠くから凛とした声が響く。
先生! こっちです!
廊下の壁に寄り掛かる俺の耳に、遠くから凛とした声が響く。
ちっ、今日はこのくらいにしておいてやるよ。おい、行くぞ
すると、俺を下卑た視線で見下ろしていた奴等が鈴の音を嫌う悪霊のように去っていく。
くっ、うぅ……
体中を蝕むような痛みに堪えて見上げれば、奴らの代わりに今度は、女顔の青年が見下ろしてくる。
おい、生きてるか?
しかし、その声はさっきとは打って変わって、気怠く面倒臭そうなものだった。
……生きてますよ。あれくらいで、死ぬわけないじゃないですか
苦笑いを浮かべながらそう答えるものの、口の中には血の味が広がり、息をする度に鈍い痛みが胸を締め付ける。
それでも俺は、痛みを無視して立ち上がる。
チッ
すると銀髪の彼は舌打ちして、踵を返して立ち去ろうとする。
っく、はぁ……ちょっと、待ってくださいよ、ミカエル。怪我人を、放っておくつもりですか?
歩き始めたミカエルの背に溜息をついて、俺は仕方なく重い足を引きずりながらついていく。
怪我人? 怪人の間違いだろ
振り返ることなく話を続ける彼に、俺は苦笑を浮かべて言葉を返す。
もう……そんな局地言語で言っても、誰もわかりませんよ?
おまえも真面目に返すんじゃねえよ。いい加減、屋敷に戻ってメイドにちやほやされてろ
嫌……ですよ。あんな、霊安室みたいなところ……
帰るところがあるだけマシだ
他愛のない会話に溜息をつけば、途端に視界が揺れる。
そして色を失っていく視界の中、離れていく背中に手を伸ばす。
しかし、その手が何かを掴むことはなかった。
………………………………。
……………………。
…………。
ミカエーーーーーーーーーール!
雲海の上、広がる青い空で銀髪の天司——ミカエルと交錯した俺は、直後、振り返りながら友の背中目掛けて刃を振るった。
しかし刃が届く前に、その背は高速で遠ざかっていく。
ルシフェル! もういいんだ!
銀髪の背を追おうと加速術式を展開しようとした俺の脳裏に、サキエルの声が響く。
左上に視線を向ければ、声の主——サキエルが台座に固定された状態で、気丈に、しかし悲しげな視視線をこちらに向けていた。
しかし俺は、そんな彼を強く睨み返す。
まだだ。まだ道はあるはずだ!
そして何か言いたげな彼の視線を振り切って、俺はミカエルへと視線を戻す。
何も言わず、背を向けたままサキエルへと向かう銀髪の天司に剣の切っ先を向け、意識を集中して加速術式を展開する。
別の道があったはずだと信じ、それでも今、その道を歩めなかった自身に対する怒りを手に、そして胸を締め付けるこの痛みを糧にして——
いくぞ、ミカエル!
かつての友を止めるため、自分の想いを伝えるために、俺は最後の力を解き放った。