ショートショート
「友達ニ、ナレマスカ?」

月曜日の朝。

それはいつもと変わらない朝……になるはずだった。

先週の金曜日の放課後までは、少なくともそう思っていた。

おっはよ~ん

口を開き掛けたアキオの横を猛ダッシュで通り過ぎ、カヨに抱きつく。

わ!? なに?

にゃはは、朝ですね

あんたね……

カヨは仕方ないなぁ、という風に笑うと肩をすくめる。

……

チラリと窺うとアキオは何か言いたそうに私を見ていた。

ほら、ミチカ、
ちゃんと挨拶しなさいよ

背中をドン、と押される。

わ、わ、ちょっと!

転びそうになりながらも、何とか持ちこたえる。


目の前には緑の制服。

恐る恐る顔を上げると鼻先にアキオの顔があった。


弾かれたように飛び退く。

あ、あの、その……

おはよ

ぶっきらぼうにアキオは一言。

お、おっはー!

あは、
あははは……

一瞬、目を見れたものの、長くは続かなくて慌てて逸らした。

よ、予習でもしようかなぁ?

わざと大きな声でそう言うと、逃げるように自分の席に向かう。

席に着いてからも、意識だけはアキオをずっと見つめていた――。

やっぱり無理かも……

授業が始まり、見慣れた背中を見つめながらそう思う。

3日前まで恋人だったアキオの背中。

あのときの言葉を思い出すと胸の奥がジクジクと痛い。 





「別れよう」




先週、金曜日の放課後、別れ話を切り出された。

土曜日は一日中泣いて過ごした。

日曜日、カヨに話を聞いて貰っているうちに、やっぱり……泣いてしまった。

アキオくんも辛かったと思うよ?

フラれる方が辛いに決まってるじゃん!

半狂乱気味にあたしは叫んでいた……と思う。

フル方はもう決着は付いてて、
フラれる方は決着を付ける準備も
出来てないんだよ?

だから?

だから? って、
だから、あたしの方が辛いんだよ

その決着を付けるまでの過程って
同じじゃないの?

自発的に決着を付けるのと、
決着を付けさせられるのとじゃ、
全然違うもんっ!

別れなんて結局、一方の言い分を無理矢理通すことでしかない。

言い出された方は遅かれ早かれ、それを受け入れるしかないわけで、恋愛は1人じゃ出来ないわけだから……。

アキオくんはミチカを嫌いになった
……ってわけじゃないんでしょ?

そう、言ってたけど……

アキオはあたしのことを嫌いになったわけじゃない、って言ってた。

だったら別れる必要がないと言うあたしに「恋人だから許せないこともあった」と言うアキオ。

なにが許せないの?

お前のわがまま過ぎるところや、
おしゃべり過ぎるところ

直す! 直すよ!
素直になるぅ! 大人しくするからぁ!

そのままのお前じゃないとダメだろ。
無理に変わったら、お前じゃなくなるよ

本当はアキオの言うことに納得した訳じゃなかった。

でも、そういう心当たりがなかったわけじゃない。


デートを重ねるたび、無口になっていったアキオ。

知らず知らずのうちに、あたしのわがままやおしゃべりがアキオを追いつめていたのかもしれない。

もう無理なの?

無理だ

ど、どんなに頑張っても?

ああ

……戻れる可能性は?

0パーセント

目の前が真っ暗になった。

……ニ……マスカ?

え?

友達ニ、ナレマスカ?

あたしは尋ねていた。


本当は別れたくない。

けど、アキオをこれ以上苦しめないように……というより、わがままを言って嫌われないように……。

恋人は無理でも、せめて友達でいたいと……そう思った。

ミチカが、
望んでくれるなら……

うん……
だったら、別れよ

教室の窓から射す西日が、あたしとアキオの影を長く伸ばす。

1日の終わりとともに、1つの恋が終わるんだな、と。

どこか今の風景が夢のように感じながら、それは現実だということも知っていた。

じゃ、またねっ!
バイバイっ!

その現実を吹っ切るように、濡れた瞳を見られないように、あたしは教室を飛び出した。

別れたからって、
その人への思いやりや優しさは
消えるわけじゃないわよね?

うん。あたし、
アキオには幸せでいて欲しい

アキオくんも、
きっとミチカに幸せでいて
欲しいと思ってるよ

……そう思ってるなら、恋人として側にいて欲しい。

でも、アキオには幸せでいて欲しいから、恋人として側にいてくれなくてもいい。


……付き合ったことがあるくらい、大好きだから。


あたしも、アキオも、お互いが本当に友達になろうと思えば大丈夫。

遠慮や、気まずさが邪魔をするかもしれないけれど……きっと、大丈夫。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
あたしは意を決してアキオの席に向かった。





『友達ニ、ナレマスカ?』




その問いかけはアキオにするよりむしろ、あたし自身にするべきだった。

今なら……今だから、自信を持って頷きたいと思う。

アキオ、あのね……

ん?

恋人として、大好きだった人が振り向く。

友達として、大好きになるだろう人に精一杯、微笑んでみた。





FIN.

「友達ニ、ナレマスカ?」

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