ショートショート
「七夕にとどけ!」

放課後。

ここは人目につかない、校舎の裏。

私はこっそりと成り行きを見守っていた。

ごめんなさい

志織に告白した男の子はそれでも何かを言い続けていたが、志織は頭を下げて謝るばかりだった。

やがてその男の子は諦めたのか、こちらに向かって歩いて来る。

やばっ

慌てて物陰に隠れるも、私には気付かず通り過ぎる男の子。

よく見ると男子バスケ部のキャプテン、島田君だ。

その島田君のどことなく寂しげな背中を私は見送るしかなかった。

星華……
見てたの?

わっ!

いつの間にか志織が側まで来ている。

どうしてこんなところにいるの?

そ、それは……

志織が気になったから……なんて言えない。

そ、そんなことより、
今の男の子、
バスケ部のキャプテンでしょ!?

人気あるって噂だけど

え? そうなの?

そうなの? ってあんた、
勿体ないことしてない?

んー、別に。
知らない人だし

第一私、
好きな人いるから

だからさー、
あんたの好きな人って誰なのよ?

……

非難めいた視線でしばらく私を見つめたあと、頬を染めて俯く志織。

そんな彼女が言うには「禁断の相手」らしく、目下片想い中とのことだ。

不倫になるような男なのか、はたまた相手は教師なのか。

ともかく志織をからかってみたい気持ちがムクムクと頭をもたげる。

へー、
私って信用ないんだー

ち、違うよ!
言ったら軽蔑されそうで嫌だから……

違わないよ!

親友に言えないなんて、
信用していない証拠でしょ!?

……そうじゃないよ

冷たいなぁ……なんか悲し

……だって

あ~あ、
上辺だけの友情かぁ

……

友達って、
なんだろね……

……う……

喉に何か詰まったようにうめくと、志織は涙をぽろぽろ流し始めた。

しまった

いつもこうなのだ。

ついつい調子に乗ってしまい、そして後悔する。

志織はただ単に親友に真実を言えない苦しさと秘めたる恋心の葛藤に悩んでるだけ。

なのにそれを知りながら私は彼女を追いつめる。

そして、その志織の困る様を見ていると、形容しがたい快感に襲われる。

そんな自分がたまらなく嫌だ。


……本当は志織が大好きなのに。

ご、ごめん!
冗談だって!

うっく……
ひどいよ、星華……

親友だからこそ、
言えないことってあるよね?

……

言えないくらい、
辛い恋をしてるってこと、
分かってるから泣かないで! ね?

……うん、
ごめん……ね

いいから

言いたいけど……
やっぱり言えないの

はいはい、無理しなくていいからさ。
もう帰ろ?

……うん

ようやく笑顔になった志織を抱きしめ、よしよしと撫でてやる。

志織は背が低いので私の顎に頭が来る。

かすかなシャンプーの香りを感じながら私は思った。

んーむ、
可愛いぞ、志織……

慰めるふりをして、ギュッと強く志織を抱きしめた。








-帰り道-

今日、七夕だよね?

あれ、そうだっけ?

そうだよー。
織り姫と彦星が一年に一回逢える、
特別な日なんだから

それは知ってるけどさ、
そんなだったら心変わりしないかなー

お互いがそれだけ想い合ってるってことなの

はいはい、
それはすごいですねー

……羨ましいな

は?

私の場合、一方通行だから

儚く微笑む志織に、私の胸は締め付けられる。

どうしてそんなに切ない顔をするの?

そんなに好きなんだったら……
気持ちを閉じこめておく必要なんて、
全然ないんだからね

私は努めて笑顔で言った。

……志織、
告白しちゃえば?

……え?

気持ちってさ、
言わないと伝わらないと思う。
待ってるだけじゃダメだよ

……

俯く志織に、私は一つの覚悟を決めた。

心にブレーキがかかっちゃうこと自体、
相手のことを好きじゃないんじゃない?

それを禁断な相手とか、
言い訳してるだけでしょ?

情けないなー

違う! 好きだもんっ!

星華になんか、
私の気持ち分からないんだからっ!

分からないよ!

だって、
私はあんたとは違うんだから

あんたも私の気持ちなんか……
分からないでしょ!

……?
どういうこと?

私は志織が好きだよ
心から大好き!

え? え?

突然の私の告白に、うろたえる志織。

私は志織の肩を掴むとグッと引き寄せ、唇を重ねた。

……っ!

押しのけようと、もがく志織をありったけの力で離さないようにする。

ちょっと……
やだっ!

そう言って私をはね除けた志織は涙ぐんでいた。

はあ、はあ……ごめん。
でも私、本当に志織が好きなんだ

そ、そんなこと言われても、
困るよ……

本当に好きだから言ったの

あんたも本当にその相手が好きなら、
ちゃんと告白してみなさいよ

……

じゃ、ばいばい

星華!

なに?

ご、ごめんね

ふふ

全然悪くないのに、そう謝る志織に思わず笑ってしまった。








七夕。

織り姫と彦星が一年に一度、再会する日。


その日の夜、志織に呼び出され、近所の河原に星空を見に来ていた。

途中、商店街の短冊にお願いごとを書くコーナーがあり、先ほど二人で願い事を書いてきたところだ。

私、頑張ってみる

ん、応援してるよ

志織が短冊にお願いしたのは、

「この想いが届きますように」

私が短冊に込めた願いは、

「好きな人が幸せになりますように」

でも知らなかったな

へ?

星華が私を好だってこと

無理やり唇を奪ったことに対して、まだ怒っているかと志織を見つめた……が、その様子はなく、少し照れているように見えた。

上目遣いに眼差しを向ける志織。

一瞬目を合わせた後、私は立ち上がる。

もし、その人に振られたら、
私が付き合ってあげるから安心して

えー!?

私の全身全霊をもって、
慰めてあ・げ・る☆

ちょっとぉ、
何言ってるの?

クスクス笑う志織を、私はやっぱり可愛いと思った。

ところでさ

なぁに?

志織の唇ってマシュマロみたいだね

……バカ

えへへ

夜空を見上げると、落ちてきそうな星たちがキラキラ煌めいている。

一瞬で生まれて消えていった流れ星。

そして願った。


「志織と私の願いよ、七夕にとどけ!」 って。




FIN.

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