琉史(ルシ)

おいっ! のろのろ走ってると追いつかれるぞ!

早樹(サキ)

なんなんですか! あいつらは!

琉史(ルシ)

俺が知るか!

 一瞬振り返った視界には、闇夜の森の中、乱雑に生えた木々をものともせずに追ってくる黒い人影と、鋭い殺気を伴った赤い視線が幾つも見てとれた。

 早樹の疑問はもっともだが、俺もこっちの知識は基本的なものしか持っていない。

 しかも力のほとんど失った今の状態では、まともに情報を集めることもできやしない。

 少なくともノアの追っ手ではないようだが、それでも現時点でこの時間軸の住人——ポインターとの接触はできる限り避けたいところだった。

琉史(ルシ)

遮蔽は使えるか?

 スピードを少し落として早樹の隣を並走しながら、それでも足場の悪い山肌を駆け下りつつ問いかける。

早樹(サキ)

基本術式は初期化されていないはずですから、多分……大丈夫だと思います

 額に汗を浮かべながら早樹は気丈に答えるが、その声は僅かに震えていた。

琉史(ルシ)

多分じゃダメだ! 一度、自分限定で試せ

早樹(サキ)

はい!

 早樹は返事をすると起動錠文を口にする。

 次の瞬間、早樹の背後に翼を思わせる幾何学模様が浮かび上がった。

 しかし、それは片翼しかなく、対のもう一翼があるはずの空間には、壊れたガラス細工のような光糸が数本たなびくだけだった。

(この翼が、何のためにあるか知っているか?)

 早樹の傷ついた光の翼を見て脳裏をよぎった言葉。

 それは、かつての親友からの問いかけだった。

 俺が訓練生だった頃、実地演習で今の早樹と同じように翼を損傷し、そのせいで親友に大けがを負わせてしまった時のことだ。

 親友は力なく仰向けのまま、何もできずにうなだれる俺を見上げてそう言った。

 その時の俺には目の前で起きている事すら満足に理解することができず、その答えさえも定かではなかった。

 でも、それも今なら少しはわかるような気がする。

早樹(サキ)

琉史!

 俺を呼ぶその声に視線を向ければ、そこには何もなく、しかし足音だけが変わらず併走を続けている。

琉史(ルシ)

よし。おまえはそのまま市街地のほうへ向かえ。俺はこのまま奴等を引きつける

早樹(サキ)

そんな! 琉史も一緒に……

琉史(ルシ)

満足に遮蔽もできないおまえは足手まといだ! いいから行け!

早樹(サキ)

!?

 早樹を横に突き飛ばすと、俺は一歩を鋭く蹴って前へと一気に加速した。

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