視線の先には澄みきった空が広がり、陽の光に溢れた雲の上で私は風に揺られていた。
視線の先には澄みきった空が広がり、陽の光に溢れた雲の上で私は風に揺られていた。
雲海は遙かに続き、乱反射した柔らかな光に世界は満ちている。
穏やかに流れる時間の中で、私の体は風に舞う羽のように揺らめいていた。
漣のような揺れは心地好く、しかし次第にそれは大きくなり、左右だけでなく上へ下へと揺れ始め、気がつけば光に溢れた世界は一変して、雷雲轟くモノクロの世界へと変わった。
起き上がれないほどに激しさを増した揺れは、ついには純粋な垂直運動となり、余りに大きな揺れに恐怖を感じて焦り始めたとき、私は一つの声を聞いた。
(……僕を、見捨てないで……)
その悲しげな声に私の感情は凍り付き、ハッとして目を覚ます。
次の瞬間、勢いよくベッドの上ではねた私の体は、フィギュアスケートのトリプルアクセルよろしく、高速スピンをきっちり三回転半決めながら床へと放物線を描き、そして顔面から着地した。
………………………………。
……………………。
…………。
ふむ、それは深架が悪いな
一階に降りてみれば、朝から会いたくない男の声が聞こえてくる。
いったい私の何が悪いんだ?
決まってるだろ……て、おまえ、その鼻どうかしたのか?
私の鼻に貼ってある絆創膏を見て、琉史がわざとらしく訊いてくる。
……うるさい
まあ、鶫ちゃんがせっかく起こしに行ったのに無視したんだ。自業自得ってやつだな
……(コクコク)
琉史の横では鶫がなぜか仁王立ちで、琉史の言葉に深く頷いている。
それで強制トリプルアクセルは勘弁して欲しいな
私は深く嘆息して気分を切り替える。
……それより、こんな早い時間に何しに来た
何って、決まってるだろ? きれいな花を愛でにだよ
鶫の頭に手を乗せて、琉史が歯の浮くようなセリフを平気で言う。
素直な性格の鶫は、それを真に受けて顔を赤くして俯いてしまう。
……
はぁ、まったく。……で、愛でるだけで何も買わないつもりか?
ん? だって、まだ開店前だろ?
客じゃないなら帰ってくれ、準備の邪魔だ。鶫も、キッチンでスープの鍋が呼んでるぞ
?……!!!
鶫は思い出したように、カタカタと激しくふたを鳴らす鍋のもとへと駆け出した。
そんな彼女の後ろ姿を見送って、琉史は静かに私へと視線を向け——
じゃあ、またな
と、いつものように何を考えているのかわからない笑みを残して去って行く。
……
そうして、ようやく訪れたいつもの日常に、私は改めてため息をついた。