俺は深夜の歓楽街を歩いていた。
俺は深夜の歓楽街を歩いていた。
通りは色とりどりの看板や店の明かりに溢れ、鮮やかな無数の色彩はビルの間で乱反射を繰り返す。
そして、本来この時間の主役であるはずの暗闇は路地奥に追いやられ、しかし、その濃度を増していた。
幻想のような光に照らされた通りには、ひとときの安らぎを求める者と、それを叶える者とが、互いに心の隙間を埋めてくれる相手を探して彷徨っている。
おっ、あの娘、鶫ちゃんに似てないか?
そう後ろの連れに話しかけてみたが返事がない。
……
立ち止まり振り返ってみれば、そこには落ち着きなく周囲を気にする子犬のような青年がいた。
ん? どうした早樹
あ、あのさ、琉史……
いかにも居心地の悪そうな表情とともに早樹が俺を見上げて言う。
僕たち、こ、これからどうするの?
うーん、そうだな。あの娘の店にでも入ってみるか?
えっ⁉ それは、その、あの、つまり、どういう……、あの、えーと……
……
案の定、顔を真っ赤にしながらうろたえる早樹を見ながら、俺は少し安堵を覚える。
最初に見つけた頃の早樹はほとんど口を利かず、昼夜を問わず、曇りの日でさえ空ばかり見上げていた。
少しは自分を取り戻してきている……そういうことなのだろうか。
ははは、冗談だよ。冗談。そんなに顔を真っ赤にして、いったい何を想像したんだ?
なっ! 何も想像してなんか……もう帰っていいですか?
おいおい、もう少しで目的地なんだ。今さら帰るなんて悲しいこと言うなよ。まあ、早く帰って読唇術の練習したいのはわかるけどさ……
そこで俺は、いいことを思いついたという素振りで言ってやった。
あ、そうだ! 最近、早樹が熱心に鏡に映った自分とおしゃべりしてるって、帰ったら鶫ちゃんに教えてあげないとな
う……
俺の言葉に、踵を返そうとしていた早樹の動きが止まる。
うぅ……もうっ、わかりましたよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!
……
顔を赤くして睨んでくる早樹に、俺は無言で笑みを返して歩き出す。
目的のビルに着く頃には喧噪の光も消えて、二人で話すには十分静かになっていることだろう。
………………………………。
……………………。
…………。
なあ、早樹。ここは嫌いか?
誰もいないビルの屋上。
そこからすっかり少なくなった街の明かりを見ながら、俺は早樹に問いかけた。
なんですか、いきなり……。嫌いですよ、こんな天から光を奪うような世界
隣で眼下の町を睨みながら早樹は答える。
そうか。じゃあ、なんで鶫を助けた?
そ、それは……
口ごもる早樹の表情は、ようやく見つけた目の前の光におびえているかのようで……。
そのとき、どこかからか携帯の着信音が聞こえてきた。
あ、深架からだ
早樹はポケットから携帯電話を取り出すと、画面を見てそう言った。
そして俺の視線を避けるように、背中を向けながら話し始める。
電話の向こうからは、凛とした男の声が聞こえてくる。
おい、早樹。どんなやつと夜遊びしようとおまえの勝手だが、今日の朝食には遅れるなよ。せっかくの鶫の努力が無駄になる
早樹は、わかってるよとだけ返事をして電話を切ると、明かりの消えた画面を無言でしばらく見つめていた。
じゃあ、俺も少し腹が減ってきたし、大人の夜遊びはこれくらいにして帰りますかね
階段口に向かいながら、俺は独り言のように言う。
既に夜の鮮やかな光たちは眠りに就き、かわりに昇り始めた陽の光が街を白く染めはじめていた。
俺は後ろからついてくる小さな足音を聞きながら、待っている者たちの顔を思い浮かべ、地上の光も悪くないかもなと、そんなことを思っていた。