俺は深夜の歓楽街を歩いていた。

 通りは色とりどりの看板や店の明かりに溢れ、鮮やかな無数の色彩はビルの間で乱反射を繰り返す。

 そして、本来この時間の主役であるはずの暗闇は路地奥に追いやられ、しかし、その濃度を増していた。

 幻想のような光に照らされた通りには、ひとときの安らぎを求める者と、それを叶える者とが、互いに心の隙間を埋めてくれる相手を探して彷徨っている。

琉史(ルシ)

おっ、あの娘、鶫ちゃんに似てないか?

 そう後ろの連れに話しかけてみたが返事がない。

早樹(サキ)

……

 立ち止まり振り返ってみれば、そこには落ち着きなく周囲を気にする子犬のような青年がいた。

琉史(ルシ)

ん? どうした早樹

早樹(サキ)

あ、あのさ、琉史……

 いかにも居心地の悪そうな表情とともに早樹が俺を見上げて言う。

早樹(サキ)

僕たち、こ、これからどうするの?

琉史(ルシ)

うーん、そうだな。あの娘の店にでも入ってみるか?

早樹(サキ)

えっ⁉ それは、その、あの、つまり、どういう……、あの、えーと……

琉史(ルシ)

……

 案の定、顔を真っ赤にしながらうろたえる早樹を見ながら、俺は少し安堵を覚える。

 最初に見つけた頃の早樹はほとんど口を利かず、昼夜を問わず、曇りの日でさえ空ばかり見上げていた。

 少しは自分を取り戻してきている……そういうことなのだろうか。

琉史(ルシ)

ははは、冗談だよ。冗談。そんなに顔を真っ赤にして、いったい何を想像したんだ?

早樹(サキ)

なっ! 何も想像してなんか……もう帰っていいですか?

琉史(ルシ)

おいおい、もう少しで目的地なんだ。今さら帰るなんて悲しいこと言うなよ。まあ、早く帰って読唇術の練習したいのはわかるけどさ……

 そこで俺は、いいことを思いついたという素振りで言ってやった。

琉史(ルシ)

あ、そうだ! 最近、早樹が熱心に鏡に映った自分とおしゃべりしてるって、帰ったら鶫ちゃんに教えてあげないとな

早樹(サキ)

う……

 俺の言葉に、踵を返そうとしていた早樹の動きが止まる。

早樹(サキ)

うぅ……もうっ、わかりましたよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!

琉史(ルシ)

……

 顔を赤くして睨んでくる早樹に、俺は無言で笑みを返して歩き出す。

 目的のビルに着く頃には喧噪の光も消えて、二人で話すには十分静かになっていることだろう。

………………………………。

……………………。

…………。

琉史(ルシ)

なあ、早樹。ここは嫌いか?

 誰もいないビルの屋上。

 そこからすっかり少なくなった街の明かりを見ながら、俺は早樹に問いかけた。

早樹(サキ)

なんですか、いきなり……。嫌いですよ、こんな天から光を奪うような世界

 隣で眼下の町を睨みながら早樹は答える。

琉史(ルシ)

そうか。じゃあ、なんで鶫を助けた?

早樹(サキ)

そ、それは……

 口ごもる早樹の表情は、ようやく見つけた目の前の光におびえているかのようで……。

 そのとき、どこかからか携帯の着信音が聞こえてきた。

早樹(サキ)

あ、深架からだ

 早樹はポケットから携帯電話を取り出すと、画面を見てそう言った。

 そして俺の視線を避けるように、背中を向けながら話し始める。

 電話の向こうからは、凛とした男の声が聞こえてくる。

深架(ミカ)

おい、早樹。どんなやつと夜遊びしようとおまえの勝手だが、今日の朝食には遅れるなよ。せっかくの鶫の努力が無駄になる

 早樹は、わかってるよとだけ返事をして電話を切ると、明かりの消えた画面を無言でしばらく見つめていた。

琉史(ルシ)

じゃあ、俺も少し腹が減ってきたし、大人の夜遊びはこれくらいにして帰りますかね

 階段口に向かいながら、俺は独り言のように言う。

 既に夜の鮮やかな光たちは眠りに就き、かわりに昇り始めた陽の光が街を白く染めはじめていた。

 俺は後ろからついてくる小さな足音を聞きながら、待っている者たちの顔を思い浮かべ、地上の光も悪くないかもなと、そんなことを思っていた。

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