僕は最後の賭けに出た。
もしこの策が通じなければ、僕の負け。
でもうまくいったら、
僕は最後の賭けに出た。
もしこの策が通じなければ、僕の負け。
でもうまくいったら、
――僕の勝ちだっ!!!
…………。
心を落ち着けたあとは、
いつものように想いを念じ、
それが伝わるよう願う。
視線の先にいる、彼に向かって!
…………。
――そう、力を使う相手はタックさん!
鎧の騎士を使役しているのは彼なんだ。
だったら彼を止められれば、
鎧の騎士を倒せるかもしれない。
彼は一番最初に言った。
鎧の騎士を倒せばいいのさ。
力でも魔法でも、なんでもいい。
その手段は問わない。
それなら、僕のやり方でも認められるはずだ。
なるべく彼に近い位置まで移動したのは、
少しでも念が伝わるようにするため。
僕の力を知らないタックさんは、
おそらくその意図に気付いていない。
しかも僕は剣を握っていないし、
一般人以下の攻撃しかできないと思ってるから
油断もしているだろう。
――だからこそ、
そこに付けいる隙があるんだ!
僕の力は人間には通用しないという欠点がある。
ただ、タックさんは人間に近いとはいえ、
別種族のエルフ族。
力が通用する可能性はある。
もし結果が人間に対しての時と同じだったら、
その時はお手上げだけどね。
いずれにしても、
まだ試したことがない相手だから、
結果がどちらに転ぶかは現時点では分からない。
でも今はモンスターにも通用する
強さがあるんだ。
試してみる価値はあるっ!
タックさん、
もう戦うのはやめてください。
お願いです。
……っ!?
タックさんは目を丸くし、
急に身体をビクつかせた。
瞳には明らかに動揺の色が浮かんでいる。
僕の言葉がそのまま伝わっているのかどうかは
分からないし、
彼自身に何が起きているのかも分からない。
だけど何らかの効果が出ているのは
確かみたいだ。
敵を倒すことだけが
全てじゃないんですっ。
僕みたいなやり方もあるんですっ!
なんだこりゃ!? おかしいっ!
勝手に魔法力が
小さく収まっていく!!
くっ!
変な力が流れ込んできて、
オイラの魔法力を
打ち消そうとしやがるっ!
タックさんの表情から完全に余裕が消えていた。
今までずっと座ったままだったのに、
慌てて床の上に立ち上がって
開いた両手を鎧の騎士へと向ける。
そうしていないと、
鎧の騎士を使役できなくなっているらしい。
額には脂汗が滲み、
歯を食いしばって必死に
僕の力に抵抗しようとしているようだ。
マズイっ!
このままだと……
コントロール……が……っ!
……僕の想い……届け……。
なんだ……よ……っ?
この変な力はっ!
……届け!
くはぁっ!
ついにタックさんはその場に片膝を付き、
ガックリとうなだれた。
そして肩で荒く呼吸をしつつ、
おもむろに僕を見る。
やったぁっ!
逃……げろ……。
えっ?
逃げろと……言っているッ!
ぐっ……!
鎧の……騎士は、
オイラの制御下から……
外れた……。
今は……暴走状態だから……
オイラたち全員を
本気で殺しに来るぞ!
えぇっ!?
なんだとっ!?
ギガガガガガァ!
鎧の騎士は咆哮を上げ、こちらへ体を向けた。
そして体を震わせながら、
ゆっくりとした動きで近寄ってくる。
早く……行け……。
お前をここで失う……
わけには……。
そんなことできないよっ!
逃げるなら一緒に!
バカ野郎っ!
オイラとお前とでは
命の重さが違う!
オイラの代わりはいくらでもいる。
でも勇者の血をひく者は――
違いなんてないっ!
僕の命もタックさんの命も
同じ重さだよっ!
お、お前……。
なにより、
こうなった原因は
僕にもあると思う。
タックさんに流れ込んだ変な力、
きっと僕の発したものなんです。
タックさんをなんとかすれば、
鎧の騎士を止められると
思って……。
あれはお前がやったのか?
でも、あんな力は
見たことも聞いたことも
ないぞ……。
だから僕は、
タックさんを置いて
逃げるわけにはいかないんだ!
僕はタックさんに肩を貸し、
広間から一緒に逃げようとした。
でも体中が痛くて思うように動けない。
なにより、
タックさんの身体は僕より小さいから
ある程度は軽いはずなのに、
さっき鎧の騎士から受けたダメージのせいで
一歩に想像以上のズシリとした重さを感じる。
……その間にも鎧の騎士は迫ってくる!
くっ! 早く逃げないと……。
もういい……。
オイラを見捨てて
お前だけでも……。
嫌だぁあああぁっ!
絶対に一緒に逃げるんだっ!
――アレスっ!
この場は私に任せろぉっ!!
ミューリエっ!?
はぁあああああぁーっ!
ミューリエは僕の横を駆け抜け、
鎧の騎士に向かっていった。
彼女の香水か何かのいい匂いだけが、
ほのかにその場に残って霧散していく。
やがてミューリエは、
鎧の騎士に接近したところで左右にステップ!
相手のパンチによる攻撃を華麗にかわし、
大きく真上に向かってジャンプした。
そのまま剣を抜き、
落下する力を利用して上から下へ斬りかかるッ!
てやぁあああああぁーっ!
一閃滅殺ッ!!!
グガァガガガガガーッ!
ミューリエの攻撃を食らった鎧の騎士は、
体が縦に真っ二つに破断して
真後ろに崩れ落ちた。
そしてフロアにはその際の衝撃音と振動が響き、
ガランガランという金属音とともに
程なく沈黙する。
なんとミューリエはその一撃だけで、
鎧の騎士を倒してしまったのだった。
ふぅっ……。
す……すごい……。
これがミューリエの剣技……。
ひぇ~、おっそろしいっ♪
大丈夫か、アレスっ!
鎧の騎士を仕留めたミューリエは、
僕のそばまで駆け寄ってきた。
そして心配そうに僕を見つめる。
そりゃまぁ……。
だって鎧の騎士を倒したのは
ミューリエだし。
むしろそのセリフは
僕が言うべきというか……。
でもさっき、
攻撃を食らっていただろう?
怪我はないか?
もちろん体は痛いけど、
回復アイテムを使えば
大丈夫な範囲だと思う……。
そうか、それなら良かった。
オイラも助かったぜ。
借りを作っちまったな。
ふんっ!
貴様は鎧の騎士に
殺されてしまえば良かったのだ。
不機嫌そうにフンッと鼻息をつき、
そっぽを向いてしまうミューリエ。
よほどタックさんを毛嫌いしているらしい。
理由は分からないけど……。
ねぇ、ミューリエ。
どうしてそういうことを言うの?
タックさんが何かした?
コイツとは本能的に合わんのだ。
こればっかりはどうしようもない。
すまないな……。
そそっ! オイラだって本当は、
彼女が近くにいるだけで
ムカムカするんだ。
でも勇者くんの
お仲間みたいだから、
愛想よく振る舞ってるってだけ。
だから勇者くん、
気にする必要はないんだよ。
理由はいつかきっと、
分かる時が来るさ……。
そう……なんですか……?
なんだろう……?
タックさんの言葉には、
何か思わせぶりな雰囲気が
感じられるんだけど……。
ま、考えたところで分からないし、
僕の思い過ごしってこともあるから
今は気にしないでおこう。
でもさぁ~、
それでも助けてくれるってことは、
もしかしたら彼女に、
少しは好かれてるのかなぁ~?
結果的に助ける形となっただけだ。
あのままではアレスにも
危機が及ぶ可能性があったからな。
前にも言ったが、
貴様と馴れ合う気など
毛頭もないッ!
ミューリエは小鼻を膨らませながら
腕組みをして、
そっぽを向いてしまった。
ピリピリとしていて、
声をかけたら僕までとばっちりを食いそうだ。
はぁ……。
タックさんにも困ったものだなぁ。
わざとミューリエを
挑発するようなことを言って。
それで怒ったミューリエを見て
ケタケタ笑いながら面白がってるんだから、
タチが悪いよ。
さて、と。
勇者くんには『勇者の証』を
授けてあげないとねぇ。
えっ? いいんですか?
だって鎧の騎士を倒したのは
ミューリエで……。
その前に勇者くんは
オイラの魔法力を
打ち負かしていたじゃないか。
鎧の騎士の制御が
不能になった時点で
倒したことと同じ。
だから勇者くんの勝ちだ。
それにオイラはさっきからキミを
『勇者くん』って呼んでるだろ?
それは勇者だって認めたからさ。
あはっ、やったぁ♪
ありがとうございますっ!
よかったな、アレス!
じゃ、
次の試練の洞窟へ行こっか!
案内するよ!
タックさんはそう言って出口の方を指差し、
歩いていこうとする。
どういうことなんだ?
あのぉ、
勇者の証って
ここにはないんですか?
違う違う。
勇者の証っていうのは、
オイラそのもののことだよぉ~☆
えぇっ?
なんだとっ?
オイラの特技は召喚魔法。
それと素速い身のこなしかな。
もちろん、エルフ族特有の能力も
持ってるけどさ。
どうやらタックさんの話は本当らしい。
まさか勇者の証が
タックさん自身だったとは……。
でもこれで旅は賑やかになりそうで、
僕は歓迎だ。
――それにしても、
そうなると残り4つの勇者の証は
どうなんだろう?
同じように審判者自身なのかな?
これからは一緒に旅する
仲間になるわけだしぃ、
名前で呼ばせてもらうねぇ♪
よろしく、アレス!
こちらこそよろしく、タック!
……ついでに、ミューリエも。
ついでとはなんだ、ついでとは!
失礼な! 私は認めんぞ!
こやつと一緒に旅をするなど!
ミューリエ……。
そんなこと言わないでよ……。
そ、そんな悲しげな瞳で
私を見るな……。
ミューリエ、認めてあげてよ。
お願いだよ……。
う……うぐ……。
あぁ、もうっ! 分かった!
認めてやる!
ただし、タックと馴れ合うつもりは
ないからな!
それって、
アレスとは馴れ合いたいってこと?
それこそ身も心もベタベタと……。
キャッ、お熱いっ♪
えっ? えぇえええぇっ?
な、何を言うんだよ、タック!
僕とミューリエはそういう関係じゃないし、
そりゃ美人だからいいなぁって気持ちが
ないわけじゃないけどっ!!
だけどだけど、仲間に過ぎないわけでっ!!
あっ、
もちろんもっと仲良くなれたら嬉しいけど、
それはそれで照れくさいっていうか……。
あーっ!
なんで僕までこんなに焦ってんだろ!
バカもの! 誤解するなっ!
そ、そういう意味ではなくてだな、
あ、でもそうでもないことも
ないわけでも……。
あひゃひゃひゃひゃっ!
焦ってる焦ってるぅ~っ☆
あ゛~! タック!
やはり貴様とは何もかもが合わん!
…………。
こうして僕の旅にタックが加わった。
ミューリエと同様、
頼もしい仲間となってくれるに違いない。
これからこの2人には
色々と苦労させられそうだけど、
旅はきっと充実したものになるだろう。
僕はそう確信している。
――さぁ、次の試練の洞窟へ向けて出発だ!
次回へ続く!