唐突に襲ってくる吐き気に、俺はとっさに口を押さえた。ロサがはっと顔をあげ、心配そうに身を乗り出す。

大丈夫ですか?

あ、すみません……大丈夫です、ごめんなさい

 吐き気は、瞬間的なものだったようで、あっという間にどこかへ消えた。

 俺がにこりと微笑むと、ロサはほっとしたようで、にこりと笑い返してくれた。


 その笑顔の、かわいさといったら。
 ロサの笑顔が、俺を引き戻す。このゲームに。この現実に。


 まずは、目の前のことだ。記憶のことは、あとでサンザシに聞けばいい。

ロサの笑顔は、とても素敵ですね

 目の前のことに集中しようとして、とっさに出した言葉が、とんでもないたらしな言葉だったことに驚愕、幻滅したが、言われたロサは引くこともなく、真摯にこの言葉を受け止めてくださり、また頬を染め、小さく言うのだった。

あり……がとうございます

たらしです、たらしですよ崇様! 信じられない! すごい!

 隣でサンザシが叫んでいる。無視。






 その後の会話は、なんとかうまくいった。

 運ばれてくる料理を食べ、美味しいですねそうですね、といいながら、当たり障りのない会話を繰り返す。

あの……その

 大分仲良くなれたところで、ロサが何かを言いたそうにもじもじとしていた。

どうしました?

……ミンが、ジャスミンが……ごめんなさい

 この会話が、個人的には一番面白かった。

 思わず吹き出すと、ロサは眉をハの字にして、なんで笑うんですかと言いたげな顔を寄越すものだから、さらに笑ってしまう。

気にしなくていいですよ。忘れていたところです。彼女とは、仲がいいのですか?

はい……よい、友達です

 おとなしいお嬢様と、天真爛漫な護衛。確かに、いいペアなのかもしれない。
 




 昼御飯を食べ終わり、少し経ったところでミンが迎えに来た。では、と微笑むロサの表情に驚いていた。

お嬢様と仲良くなったんだな

 なんだかデジャヴだなと思いながら、まあねと笑う。

もし結婚できるとしたら、するのかよ

 ミンの質問には、肩をすくめることでごまかしておく。

け、いい身分だぜ

 ミンもそう言って肩をすくめたきり、その後は何も話してこなかった。



 黙ったまま、俺を船で離れまで送ってくれる。

 もしかして怒っているのかと、少し不安になった。
 でも、なにか怒らせるようなことを言っただろうか……考えても答えは出てこない。

 まあでも、確かに、突然声をかけられて、ひょこひょことお屋敷にやって来て、そこのお嬢様に気に入られて結婚ができるかもしれないのに、迷い中ときたら、優柔不断だと腹が立つのも、無理はないのかもしれない。

 部屋に戻り、とりあえずここで待ってろとのことだったので、ひとり、というかサンザシ二人きりで、待機。


 ソファに座り、ふうと一息。

 一人部屋なのにたくさん用意されたソファのひとつに、サンザシもふう、と俺を真似たようにして着席する。

サンザシ、訊きたいことがある

 この世界のはちゃめちゃぶりも気になっていたが、それよりも、まず第一に訊かなければならないことがある。


 なんでしょう? と微笑むサンザシに、俺は単刀直入に切り出した。

俺の記憶が、少し戻った気がするんだけど、これっていいことなの?

3 あなたに捧げるその花の意味は(6)

facebook twitter
pagetop