第二幕

黄色い風塵に覆われた地。

生命の血が耐えたような荒地。

絶え間なく吹く諦念の風が、世界の血肉を少しずつ、でも確実に削り、いつしか骨がむき出しになったみたいな――。

そんな瀕死の星の“お話”に――(“死”はいらないよ、と)――“お花”を咲かせるものがたり……。


名もなき荒地の一角。
追われている少年がひとり。

その名は――リミ。
背中に長い包みを結わえ付けている。

ハッ……ハッ……ハッ……

背後から怒声が響く。

「待ちやがれ!」

待てない!
待てばこの身に、黄色い悪夢が芽吹くから!

「止まりやがれ!」

止まれない!
止まればこの心に、黄色い絶望が花開くから!

「ならばその運命の鎖で!」

運命の……鎖?

その言葉に動揺したリミは、思わず立ち止まってしまう。

「腐りきった鎖で、運命をがんじがらめにしてやろう!」

リミを追って現れる荒くれ者たち。

黄色い光を帯びた目をぎらつかせ、その手には刀や棍棒を持っている。

しまった!

荒くれ者たちに取り囲まれるリミ。

その集団の中からリーダーらしき男――バックが現れる。

お遊びはここまでだ、リミ!

バック、遊びは終わらないよ。
少年の自由時間は円環ドロップだ

え、えんかんド、ロップ?…………――意味は!?

荒くれ者の集団の中から、ジンという名の男が進みでてくる。

甘く幼稚な永遠ごっこ、かと

リミ! てめえに永遠なんてねえ! 今ここで終わらせてやってもいいんだぜ!

僕を捕まえることはできない。
少年の夢は、希望の韋駄天センセーションだ

い、いだ……てん……せんせーションベン…………――意味は!?

小便のように希望を垂れ流すこと、かと

リミ! しょんべん臭いてめえに、希望なんてねえんだよ!

くすり漬けのおまえたちには、僕の言葉は飛ばないようだ

くすり漬け、だと?

くすりを飲みまくること、かと

知ってるよ、そのくらい! 俺はバカじゃないんだ!

ああ、頭のネジが、七十本抜け落ちてるだけさ

そうさ…………って、それ完全バカ!

バック、少年の口車に乗ってはいけません。

その車は妄想の涯(はて)へ、車輪を転がします

妄想? おかしなことを言うね、ジン。

妄想の息が臭いのは、胃をくすり漬けにしたおまえたちのほうだ

刀を抜き、その切っ先をリミの眼前に突きつけるバック。

俺らは臭い息でも生きられる。
だがリミ、てめえの息は行き止まりになるかもしれねえぜ

僕を殺すのか?

言え!
水神(みずかみ)の角はどこにある!?

知らない。なんだいそれ?

とぼけんじゃねえ!

てめえが水神の角を手に入れ、水伝(すいでん)の塔へ行こうとしてるのは知ってんだ!

ふふん、それはおまえたちお得意の妄想かい? くすりが描いた妄想かい?

妄想なんかじゃねえ!
黄色い風吹くこの星のたしかな情報源――風の噂だ!

噂の果実は、真実にはならないぞ

けれどその果実は甘く、腹を満たすには充分だ

ジン?

この瀕死の星に真実はいらない。

そうだろ、少年? おまえが描こうとしているのも真実ではない…………――伝説だ

………………

図星のようだな

ジン、どういうことだ?

あ、いや……俺はバカじゃねえからわかるんだが、周りにいる子分たちにわかるように言ってくれねえか

水神の角はただのお宝にあらず、水伝の塔もただの財宝の眠る地ではない――ということです

そいつはつまり、宝よりも価値があるってことか?

伝説の前では、宝は空(から)に等しいのです。

なにせ伝説は理不尽に不死なのですから

そいつはいい。
俺の夢は、ふしだらな不死になること。

それも叶うのか? 伝説っていう力を手に入れれば

バックにうなずき、それからリミを見やるジン。

風の噂が聞こえるぞ。
伝説の中身を得意げに囁いてくる

やめろ。汚れたおまえたちが、清らかな伝説を語るな

ならばこの声でエコー響かせ、エゴを伝説にまぶしてやろう。
それでもなお輝くのなら、本物だ

朗々と語るジン。

風の噂がうそぶくぞ。
伝説とはなにか。なにものか

それは老人たちの、遠き昔語り――

――水神の角、その手に持ちて、水伝の塔におさめよ。

さすればこの星を救いし、幾億の水のしずくが、天から産み落とされる。

“雨”という名の水のしずくが、星を満たし、命を潤すだろう

伝説の――雨

その伝説は、枯れ果てたこの星を救う最後の手段。
ここに生きるみんなに残された希望だ

なのにおまえたちの口からは欲望の匂いがする!

希望も欲望も等しく、願いではないか

そうだそうだ! 俺に伝説をよこせ!

ふしだらな不死になったら、この星のヤツらを助けてやってもいいんだぜ!

金と女と食いもんとの引き換えでな

水神の角なんて知らない!

その背に結わえ付けてるもんはなんだ!? まさかそれが――

ハッとして、逃げようとするリミ。
そうはさせじと、バックが刀を振りかざす。

斬る!

僕は死なない! 死ねばこの星の希望がなくなるから!

欲望にひれ伏せ、希望のガキめ!

少年の運命は永遠だ!

バックが刀を振り下ろそうとする。

そのとき――。

不意に頭上が陰り、風がひときわ強く吹く。
何事かと、誰もが上空を見上げる中、白いパラシュートを開いた男が降りてくる。

………………

タカだ。

降りてくるにしたがって、パラシュートがゆがみ、ちぎれていく。

降下するスピードがどんどん上がるにつれ、そのちぎれたパラシュートは白い羽のように、翼のようになってタカの背後に広がる。

皆、呆気にとられている中、タカを見つめるリミの瞳が輝く。

ああ、そっか。

ここが……この瞬間が伝説のはじまりなんだ

さっきまでの僕の命は風前のともしびで、黄色い風に、今にも吹き消されそうで

くすり臭い砂に目がくらみ、希望の音なき大人たちの影に窒息しかけていた

それが最後の晩餐なら、絶望と孤独のフルコースで、僕の腹は破裂していたかもしれない

でも……でも伝説は僕を助けてくれた。祝福してくれた。

老人たちの、遠き昔語りが伝える――

幸福を呼ぶ天使によって

落下するタカ。

その衝撃で砂埃がもうもうと立ち込め、視界が利かなくなる。

僕の命を天使が……ううん、神が祝福してくれた

だとすれば、僕の運命は上書きされる。

上書きされ、ガキと揶揄された僕は成長し、
そして…………そして伝説は今この瞬間から――

「神話になるんだ」

その場から走り去るリミ。

蔓延した砂埃に視界を奪われたバックたちは、それに気づかない。

ただひとり、荒くれ者の集団の中から、ひとりの少年が現れる。

………………

あどけない顔の少年の名は、カシュウ。

リミが走り去ったほうを見つめる。

リミ……リミ……幼なじみのリミ。大好きなリミ

君はどこに行こうとしてるの?
おいらたちはどうして君を追いかけているの?

おいら、よくわからないんだ

お腹が減ったら、ピーナッツパンを食べればいい。
それは君が教えてくれたこと

それは知ってるのに、君とおいらがこれからなにをしようとしてるのかは、わからない

おいらが、ぐずで、うすのろの、本物バカだから?

それとも、ひとの想いって、ピーナッツパンみたいに甘くはないから?

おいらに教えてくれよ、リミ

しだいに砂埃が収まり、ようやく辺りを見通せるようになる。

バックたちがリミの不在に気づき、騒ぎだす。

リミがいねえ! あのガキ、逃げやがったぞ!

ごらんください、地面を。
少年らしい、音符のような足跡が点々と

ラララと無邪気に歌うこの足跡を追えば――

一陣の風が吹き、地面に残っていたリミの足跡を消してしまう。

足跡が消えちまったぞ!

なるほど、あの少年、運命を口にするだけあって運がいい

不敵な笑みを浮かべるジン。

しかし忘れるな、リミ。
“運”がなくなれば、残されるのは“命”のみ。

少年の命など、存外、はかないぞ

そんなジンをよそに、バックたちはリミを追うことしか頭にない。

捜せ捜せ! リミを追い詰めろ!
俺たち大人が、ガキの自由時間を食い尽くせ!

子分たちが必死の形相で視線を巡らす。

北か南か!?

東か西か!?

上下左右、見渡せば!

やはりどこにも見当たらねえ!

そんなはずはねえ! 俺らはリミをぐるりと取り囲んでいたじゃねえか!

ならば考えられることはただひとつ――

全員の声が合わさる。

「――誰かがリミを逃がしたんだ!!」

皆の視線が、一斉にカシュウに集まる。

へ?…………な、なんだい?……おいらまたなにか、へまをしちゃったのかい?

……カシュウ

よ、よくわからないけど…………ごめん、ごめんよ。

おいら、なんべんだって謝るから。
だから、だから……飯抜きにだけはしないでおくれ

本物バカのカシュウ!!

ひっ……や、やっぱ飯は我慢するから、痛いのは勘弁しておくれ

答えろ!

おいら、本物バカだよ。難しい問題はできっこないよ

なあに、問いの糸をたぐれば、バカでも簡単に答えにたどりつけれるさ

それならおいら安心だよ

バカとハサミは使いよう。
カシュウ、ハサミで問いの糸を切るんじゃねえぞ。
もし切ったら――

切ったら?

てめえの命もチョッキン、だ

へ?

ぐいっと詰め寄るバック。

答えろ!
ここにリミがいたのを見たか!? 見たな!?

う、うん!

リミは逃げたか!?

うん!

リミのことが好きか!?

うん!

リミを逃がしたのか!?

うん!…………――え?

聞いたか野郎ども!

バカの口が博打(ばくち)を打って、俺らを欺きやがったぞ!!

ち、違う……違うよ。おいらなにもしてないよ。
おいら本物バカの大バカだから、誰かを欺くことなんてできないんだ

だから……だから…………ねえ、聞いておくれ。おいらホントになにも――

カシュウの鼻先に、刀の切っ先を突き付けるバック。

それなら誰がリミを逃がしやがった!?
答えろ、大バカカシュウ!

そ、そんなのおいら、わからな――

答えねえなら、斬る!

バックの怒声が響いた瞬間、再び、風が唸りを上げ、砂埃をまき散らす。

くっ……砂が…………黄色い砂が目に入りやがった!

手で目を覆ったり、こすったりしているバックたち。

そんな中、カシュウの瞳が黄色い砂埃の狭間を捉える。

!?

そこにはぐったりしたタカを抱きかかえる、人影がひとつ。

………………

髑髏のような仮面に闇色のマント。
大ぶりの剣を腰に差した、全身黒づくめの怪人だ。

………………お、おいら知ってる。
あれってたしか……たしか……

……老人たちの、遠き昔語りに出てくる――

………………

誰かであって……誰でもない……。

忘却の罪人(つみびと)……。
死のいざないびと――

………………

死神ダンゼツ!!

カシュウが口にした名に、ぎょっとするバックたち。

ダンゼツ!? 死神ダンゼツだと!?

死神ダンゼツ。

万物に死を与えし、呪いの神。
瀕死の星に語り継がれる、もうひとつの絶望伝説……

どこだ!? 伝説ってヤツはどこにいる!?
見えねえ! 俺には見えねえぞ!

黄色い砂が眼(まなこ)をひっくり返し、俺には俺の脳しか見えねえ!

すべてにNOを突き付けてくる!

黄色い砂に目をやられた子分たちも、口々に叫ぶ。

NOだ! 俺らにはなにも見えねえ!

そうだNOだ! ここには誰もいねえ!

だからNOだ! 死神なんて信じねえ!

カシュウの脳が、のうのうと大嘘を言ったんだ!

そ、そんな……嘘じゃないんだ! そこにいるんだ、死神ダンゼツが!

本物バカの目には見えるのに、どうしてみんなには見えないのさ?

死神ダンゼツを指さすカシュウ。

目を凝らすバックたち、しかしやはりその姿は見えていないようだ。

黄色い風の向こうにうっすら見える。

空から落ちてきた男が見える…………まさかあいつが死神!?

そのひとじゃなくって、そのうしろにいるんだよ!

半信半疑ながらも、動揺を見せる子分たち。

目も心も痒くって、なにも見えねえが――

もし本当だとしたら――

みんな呪われ、死んじまう――

逃げるか?

逃げよう

死神ダンゼツから逃げるんだ!!

こ、こら!……てめえらなに勝手に――

バックが止める間もなく、子分たちは逃げ去ってしまう。

ちくしょーめ!…………――おい、ジン!

はい

どうすりゃいい!?
俺たちは伝説を追い、正気を失えばいいのか!?

ここはいったん退きましょう。

現実と伝説の引き算の中、
これが真の伝説か、バカの博打なのか、解答を出さなくてはなりません――

――黄色い薬の、公式を当てはめて

くすり?…………そうだ薬だ!

ポケットから無数の黄色い錠剤を取り出し、口に放り込むバック。

うめえ、うめえ。

星を削った薬は、黄色い夢をバターに溶かす。食えば、ひんやり冷たい時間がトーストされる

黄色くよどんだ瞳で、カシュウをにらみつける。

ジン、この本物バカを連れてこい!

この騒ぎが、バカがほざいた嘘八百なら……

嘘八百なら?

おいら嘘なんてつかないよ……。
嘘なんて大っ嫌いだよお……

こいつを八つ裂き…………いや、八百裂きだ!

や、やだあああああああ!!

泣き叫ぶカシュウを乱暴に担ぐジン。
そのまま三人は去っていく。


ひょおひょおと風が吹き、黄色い砂埃が渦巻く中で――。

………………

砂埃の向こうに見え隠れしていた死神ダンゼツと、その腕に抱えられたタカ。

ふたりもまた、やがて黄色い風と砂にかき消されていく。

つづく

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