修斗と一緒に海水浴に来た。
 だけど、彼は私を置いてどこかに消えてしまって。
 そんな最中に私は男達にナンパをされてしまう。
 ホントに最低っ!
 ナンパとかしてくる奴は鬱陶しい以上に最悪だわ。
 私は別に彼氏とか、付き合うとか興味ないし。
 しつこく口説いてくる男達がうざくて迷惑をしていた時に修斗がやってくる。

優雨

遅いのよ、修斗のバカっ!最低!最悪!


 私は手に持っていたビーチボールを彼の顔面に当てる。

修人

ぬぐわっ!?


 せっかくの虫よけに修斗を連れてきているのに、勝手にいなくなるなんて意味がない。
 少しの不安を感じた事もあり、私はムッとしていた。

修人

……せ、せっかく来てやったのに何て奴だ

優雨

私の傍からいなくなる修斗が悪いのよ

修人

俺のせいかよ。まったく……潜ってただけだってのに


 私の視界からいなくなるだけでも罪だ。
 いつのまにか、私をナンパしていた男たちは逃げている。
 そのくらいの覚悟なら最初からナンパなんてしなければいいのに。

……ふんっ

修人

あ、おい。どこにいくんだ?

優雨

ボールを取りに行くの。アンタはそこで正座でもして、反省してなさい

修人

この暑い砂浜で正座したら普通に死ぬわ!?


 文句を言いながらも大人しく体育座りをするのだった。

修人

ぬぐおー、お尻が暑い。焼ける前に早くとってきて


 私は投げて飛んで行ったビーチボールを回収しようとする。

優雨

ボールはどこに?えー。あそこ?


 飛んでいった挙句、海の中に入っちゃってた。

優雨

ホントいろいろと最悪だわ


 修斗が傍にいれば、ナンパなんて不快な思いもしなかったのに。
 波に流されて遠くに行くのは余計に面倒なので、すぐに取りに行く。

優雨

きゃっ


 その時、海へ入った私の足にチクッと何か鋭い痛みが走る。

優雨

な、なに?


 ちょうど、深い場所へ足を踏み込んだ瞬間と重なり、私はそのまま海の中へと沈み込む。

優雨

きゃぁ……!?


 私は泳げないわけじゃない。
 だけど、パニックになるとどうしようもない。
 水の中でもがくけど、身体は沈んでいくばかり。

修人

……しゅうっと……修斗っ!


 私は苦しみながら彼の名を叫ぶ。
 水中では人は無力だ。
 私はバタバタとするだけで、何もできずにいた。

修人

――優雨!!


 すると、私は急に身体がふわっと浮き上がる。

優雨

ぷはぁっ……はぁはぁ……


 海中から出られた私は大きく息をする。

修人

大丈夫か、優雨!?


 私の身体を支えてくれるのは修斗だ。
 すぐさま泳いで助けに来てくれたらしい。

優雨

なんとかね……ありがと

修人

それはいいんだが。何があった?びっくりしたぞ、いきなり優雨が水中に消えてさ

優雨

分かんない。いきなり、足が……痛っ。今も痛いわ

修人

……もしかして、クラゲに刺されたのか?


 クラゲ?
 そう言えば、夏の海にはクラゲがいたんだっけ。
 あれに刺されると一瞬、痛みで身動きができなくなると修斗が言っていたのを思い出す。

修人

とりあえず、砂浜に戻ろう


 私を支えたまま、修斗が砂浜の方へと戻っていく。
 彼の手が私の胸に触れている。

優雨

ちょ、ちょっと、修斗?手が当たってる!ていうか、揉むな!?

修人

揉んでないぞ。気のせいだ、うん

優雨

そんなにやけた顔をして言うセリフかぁ!?

修人

わざとじゃないってば。大人しくしてろって。これくらい我慢しろ


 軽く、私の胸を触っておいてよく言うわ。
 私は恥ずかしさに顔が赤くなる。

優雨

うぅ……バカバカバカ


 そのまま、砂浜も動けなかったので彼に背負われることに。
 これは……どういう罰ゲームなのかしら。
 周囲の視線を感じながら彼に背負われて私は恥ずかしくて何も考えたくない。
 恥ずかしさに痛みなんて吹き飛んでしまう。
 ……それにしても、いつのまにか修斗の背中って大きくなっていたのね。
 こんなの、知らなかった。

優雨

修斗も男の子なんだなぁ


 幼馴染の成長に私は何だか不思議な気分になる。
 荷物を置いている場所までくると修斗はようやく私を解放する。

修人

ほら、タオル。あと、ちょっと手当てでもするか?

優雨

別に良いわよ。しばらく放っておけば……


 傷口らしい傷口もなく、血も出ているわけじゃない。
 痛みもおさまりつつあるので、私はこれ以上騒いで欲しくない。

修人

それじゃ、ジュースでも買ってくるよ

優雨

私がナンパされないようにダッシュで買いに行ってきて

修人

りょ、了解っす


 彼を急いでジュースを買いに出かける。
 私はビーチボールを砂浜に転がしながら彼を待つ。

優雨

……何だか、修斗に助けられるなんて不思議だわ


 別にそれが悪いというわけじゃない。
 ただ、こんな風に考えてしまうとは思わなかった。

優雨

修斗に触られちゃったし


 私は自分の胸を押さえて、再び顔を赤らめていた。

優雨

……ドキドキした。修斗のくせに、私をドキドキさせるなんて


 いつのまにか、私と修斗は男と女だったなんて。
 今まで認めて来なかった現実が見えてきた。

優雨

でも、修斗だからかなぁ……嫌じゃなかったけどさ


 ナンパ男には肩に触られるのも嫌だったのに。
 修斗には身を任せる事ができる。
 それは幼馴染だから、と言いきれない。

優雨

私は……修斗だから身を任せられたのかな


 私の口癖にもなる断わりの常套句、

優雨

知らない人に身を任せるつもりはない

 その言葉にはもう一つの意味がある。

修人

だとしたら、よく知る修斗には身を任せられるっていうこと?


 幼馴染として……それとも、それ以上の恋人として……。
 だけど、アイツは……私と恋人になるのをありえないって言った。

優雨

……優雨、待たせたな。いつもの炭酸のサイダーでいいのか?

優雨

ありがと。それでいいわ


 修斗が帰ってきてくれて私たちは砂浜に座りながらジュースを飲む。
 しゅわっと炭酸のはじける音が缶の中で響く。
 私はタオルをかぶるようにして日焼けしないようにする。

修人

痛みはどうだ?

修人

だいぶおさまってきたわ。アンタのおかげで溺れずにもすんだし

修人

そりゃ、よかった。ふぅ、俺としてはひと安心だよ


 修斗はコーラを飲みながら、気まずそうに言う。

修人

その、さっきは悪かったな。とっさとはいえ、触っちゃってさ

優雨

べ、別にいいわよ。もう、忘れなさいっ

修人

……うん


 そんなにあっさりと忘れられても困る。
 ホント、修斗って私の事、女の子扱いしてないわよね。

優雨

乙女の柔肌に触れて、簡単に忘れるな

修人

いてっ。お前なぁ、ビーチボールを投げるな。それは微妙に痛いんだ

優雨

私の心の痛みに比べればマシよ

修人

精神的苦痛を肉体的苦痛で返すとは……


 いつもの私達、何も変わっていない。
 けれど、彼と話す私の心はいつもと何かが違う。

優雨

……アンタさ、女の子を好きになったりしないわけ?

修人

恋愛?そんなの年中したいにきまってる。でも、それが簡単にできないのが悩みだ

優雨

だったらさ……その……

修人

何だよ、優雨?お前らしくないな、はっきり言えば良いじゃん


 こいつはホントに私の気持ちも知らないで。
 ……私の気持ちか。
 前から薄々は感じていたこと。
 修斗の傍に私じゃない誰かが隣にいるのを許せない。

優雨

ねぇ、修斗。はっきり言うわ

修人

お、おぅ?

優雨

私、アンタとなら付き合っても良いと思うの。恋人としてね


 私の顔は今、すごく赤いと思う。
 高鳴る心臓。

優雨

アンタはどうなの?幼馴染をやめてみたいと思わない?


 幼馴染の壁を乗り越える。
 気付けなかった気持ちに気付いた。
 これから先、私にとって修斗しかいないという結論。

優雨

私がアンタの恋人になってあげるって言ってるのよ


 目の前に広がる夏の海。
 私の言葉に唖然とする修斗の姿がそこにあったの――。

第8章:気付かなかった気持ち

facebook twitter
pagetop