どうして、女物の水着ってただの布切れのくせにあんなに高いのだ。
 俺は優雨に水着を買わされて心の中で愚痴る。
 本人は物すごく喜んでいるのだが、俺の気持ちは軽く沈みかける。
 そんな悪夢から数日が経ち、今、俺は真夏の青い海にいた。

修人

……海だ……海だ、うん

優雨

いやねぇ。修斗ってばテンション低すぎ。海だーっ!くらいのテンションになりなさいよ。つまらないでしょ

修人

そんなテンションで叫んで、どうなるか分かってるが、一応やってやろう。海だーっ!青い海、真夏の太陽が俺を呼んでるぜ

優雨

……いるわよね、海を見たら『海だーっ』とかワケも分からないテンションで叫ぶ奴


 しれっと冷たい視線を俺に向ける優雨。
 こういう態度を見せると分かっていたのに。
 周囲の視線が痛い……俺の心も痛い……。

修人

人にさせておいてひどいやつだ

優雨

まぁ、少しは楽しめたからいいわ

修人

本当にひどい奴だ!?鬼っすか


 頭を抱えたくなる、何で俺はこんな女の幼馴染なんだろう。

優雨

どうしたの?

修人

俺の幼馴染はなぜこんなにひどいやつなのか、と嘆いている。気配りやで、相手を思いやれる優しい幼馴染だったらよかったのに

優雨

私にそんなものを期待されても困るわ。残念ながら私は誰にも優しくするつもりはないもの。他人に優しくして何の得があるの?

修人

お前、いつか因果応報、痛い目を見るぞ。ほら、さっさと海に行こう。ここでくだらないやり取りするよりマシだ


 俺は海の方に移動すると優雨と別れて更衣室でさっさと水着に着替えてくる。
 照りつける太陽、真夏の日差し。

修人

……砂が暑い


 ここにきて致命的なのがサンダルを忘れたことだ。
 砂が入るのを我慢して素足に靴をはくしかない。
 優雨を待ってる間に俺はレジャーシートを砂に敷いて座る。

修人

おおっ、いいねぇ……


 海と言えば、水着を着た綺麗なお姉さんだろう。
 あっちも、こっちも、スタイル抜群なお姉さん達がいる。
 しかも、水着姿という最高のシチュエーションでだ。

修人

惜しい……サングラスを持ってくるべきだった

優雨

それでいやらしい視線を隠すつもり?バレバレだけどね

修人

うるせー、男のロマンだ。……ハッ!?


 俺は慌てて後ろを振り返ると呆れた顔をした優雨がそこにいた。
 やべぇ……。

優雨

まったく、アンタもくだらないほどに男よね

修人

悪いか。男の子ってのはいろいろな欲望に満ち溢れているんだ

優雨

開きなおられても困るし。バカじゃないの?


 何か不機嫌だな。
 俺が他の女の子を見ていたせいか?

優雨

ふんっ。デレデレしちゃってカッコ悪い。大体、アンタは……

修人

……

優雨

何よ?文句でもあるの?聞いてあげるわ

修人

い、いや、文句は別にないけどさ……


 俺は優雨の水着姿を間近で見て固まってしまう。
 淡いピンク色のビキニ、買わされた値段は……忘れよう。

優雨

ホント、暑いわね。日焼け止め塗らないと絶対ダメになるわ。塗っておいて正解ね


 たゆん……。
 ゆ、揺れておるぞ、優雨のくせに!?
 俺の記憶が確かなら、一年前は揺れてませんでした。
 たった1年でこれほどとは……女の子の成長ってすごい。
 ちなみに、自主規制でどこが、とは言わないでおこう。

優雨

修斗?

修人

なんでもない。着替え終わったら行くぞ、海に来て海に入らないと意味がない

優雨

……その前に、アンタは私に言うべきセリフがあるんじゃない?


 俺は過去に何度もさせられた苦い記憶を思い出しながら、

修人

えっと……


 優雨は何かを期待するような顔をしながら俺に水着姿をさらす。
 仕方ない、言ってやるか。

修人

その……(俺の買ってあげた)水着、よく似合ってると思うぞ

優雨

うん。ありがと


 嬉しそうに笑いやがって、水着代込みでの笑顔だな。
 俺達は海に入ると心地よい冷たさだった。
 平日と言う事もあって、海は俺達と同じ年代くらいの子が多い。
 俺としては年上のお姉さん達の泳いでいる姿を見てみたいのだが。

優雨

……ていっ!

修人

ぐはっ!?

優雨

よそ見するな。ここにも良い女がいるでしょうが


 俺は優雨に顔面にビーチボールを当てられて顔を押さえる。
 なお、ビーチボールは遊び用としてではなく、優雨が軽く掴まるためのものだ。
 水着が欲しいとねだったくせに、そんなに泳ぎが得意じゃないからな。
 浮輪がなければ泳げないと言うほどでもないけどさ。

優雨

水が冷たくて気持ちいいわ

修人

そーですね

優雨

修斗。泳ぎたければ泳いで来ればいいのに


 優雨は基本的に海に来てもぷかぷかと浮いてるだけ。
 時々、浅瀬でダイビングもどきをしたりするけどな。
 それでも本人にとっては十分楽しいらしい。
 優雨と海に来てるわけで放ってひとり泳ぐのも変だろ。

修人

浮輪でも借りればいいじゃないか。多少は泳げるだろ

優雨

はっ。いかにも泳げませんってアピールするのは恥でしょ?私は泳ぎが苦手なだけで、全く泳げないわけじゃないの。その辺を一緒にしないでよね

修人

妙な所でプライドが高いな


 それが優雨という女の子でもある。
 素直じゃない、人に弱みを見せたくない。
 しばらく、浮いているのに付き合うが、やがて飽きてきた。

修人

……俺はその辺を泳いでくる

優雨

どうぞ。ただし、私の目に見える範囲でね

修人

はいはい。分かってるよ


 俺は深くなっている沖の方で泳ぎ始める。
 優雨の視界に入る距離なら問題もないだろ。

修人

……ちょっと潜ってみるか


 俺は水中ゴーグルをかけると、そのまま海の中へと潜り込む。
 水の中では小さな魚が泳いでいる。
 サンゴ礁があるわけでもない、ただの岩があるだけの海だ。
 おっ、あれは……小さな鯛か?
 げっ、ワカメが岩に引っかかってると思ったら男性用の水着が海の底に沈んでた。
 女の水着なら喜ぶが……それより、その後、彼はどうやって海から出たのだろうか。
 そんな水中散策を適当に終えて、俺が息継ぎのために水上に上がる。

修人

……ぷはぁ。あれ、アイツは?


 俺は優雨の姿を探すと思わぬ展開になっていた。

優雨

やめてよ。私には連れがいるの!

どこにもいないじゃん?俺達と遊ぼうよ


 テンプレートのナンパ台詞をはく野郎3人に優雨が囲まれていた。
 容姿だけは無駄にいいからな。
 放ってもおけない、俺は怒られるのを覚悟で優雨を助けに行く事にした。

修人

優雨、悪い。待たせたな

優雨

遅いのよ、このバカっ!どこに行ってたの!!


 全力投球のビーチボールが顔面直撃で、俺は

修人

ぬぐほっ

と海に再び沈みそうになる。
 びびった野郎達は

な、仲良くしなよ

と同情的な視線を俺に告げ逃げさっていく。
 優雨の本性を知って逃げやがったな。

修人

お前なぁ、助けてあげたのになんてことを……

優雨

バカっ。アンタが勝手にいなくなるせいでしょ!ホント最低。最悪

修人

うぎゃー。助けてやったのに、なんてことだ


 ナンパにあったのがイライラするのか俺に八つ当たりをしてくる。

修人

海に潜ってただけなのに

優雨

それなら、最初に言いなさいよ。いなくなってびっくりするし、心配するでしょ!

修人

……あー、悪かったよ


 それは俺のミスかもしれない。
 何気にナンパとかされて不安だったのかもな。
 よく見れば優雨の表情はどこか怯えているようにも見えた。

優雨

……ふんっ


 ナンパされるだけ綺麗なんだろ、とかフォローの言葉を入れようかどうか迷う。
 でも、やめることにした。

優雨

……何でナンパとかするわけ?ああいうのって、誰でもいいの?


 そうなんだよな、優雨って意外と純粋な一面があるのだ。
 特に恋愛要素が絡むとなぁ……。
 よく告白されるがそれを断る常套句が、

優雨

知らない相手に身を任せるつもりはない

 お互いをよく知らなきゃ、自分を任せられない。
 当然のことかもしれないけど、世の中にはそうじゃない奴も多いわけで。
 綺麗なお姉ちゃんがいれば、ひと夏のアバンチュールに挑戦してみたくなるのだよ。
 あいにくと、俺にそんな勇気は微塵もないけどな。

優雨

ホント、男って信じらなれない

修人

女の子でも逆ナンする子はいるけどな。皆、出会いを求めているんだよ

優雨

……あっ、そう。くだらないわ


 はっきりと言いきれちゃう辺りが優雨らしい。
 横暴で気が強くて……でも、異性関係に弱い、それが優雨だった。

第7章:不安な心と青い海

facebook twitter
pagetop