晴天の霹靂。
 青い空の下、真夏の海で俺は衝撃を受けた。

優雨

ねぇ、修斗。はっきり言うわ

修人

お、おぅ?

優雨

私、アンタとなら付き合っても良いと思うの。恋人としてね


 優雨が俺に告白!?
 そんなことはありえない、はずだ。

修人

待てよ、優雨?本気か?

優雨

人の告白に本気か?なんて言わないで

修人

……いつもの冗談じゃなくて?

優雨

いい機会だわ。幼馴染をやめましょ?


 はっきりとした口調でも、表情は少し顔を赤らめて。

優雨

もう一度言うわ。修斗となら、私は付き合っても良い


 優雨は俺にそう言ったんだ。
 幼馴染をやめて恋人になる。
 俺達にそれができるのか?

修人

付き合うって意味を分かってるんだろうな、優雨?

優雨

何で私の気持ちを疑うわけ?

修人

……お前、恋愛とか苦手だったじゃないか


 幼馴染と言えども男と女。
 この年齢じゃ、昔みたいにいられないのは当たり前のことだ。
 これまで、俺達が男女の雰囲気にならなかったのは優雨の鈍さのおかげでもある。

優雨

そうよ。今も恋愛自体はよく分からない

修人

だったら、どうして俺と付き合うなんて言うんだよ


 この夏の暑さにやられたか?

優雨

それでも、私だっていつか恋をする。その相手はアンタしか想像できなかった。

修人

……マジッすか


 これ、本気で言ってるとしたらマジの告白なんじゃ……。
 今の今まで、俺は優雨には男に見られていないと思っていた。
 それなのに、こんな展開になるとは……。

優雨

例えば、アンタに恋人ができて、誰か別の女が隣にいるとする。それを私は許せない

優雨

分かってはいたけども……独占欲強いのな。しかも、理不尽な方向に。

優雨

そうよ。私は独占欲が強い。だったら、私が傍にいるしかないじゃない


 そう言う結論を出す辺りが、本当に優雨らしい。

優雨

好きか嫌いかで言えば、私は修斗が好き。アンタは?私以外に誰か好きになれる?

修人

……お前が好き、かな

優雨

だったら、いいじゃない。お互いに好きなら付き合うものでしょ


 俺は優雨の事が好きじゃなければ、こんなにも長い付き合いをしていない。
 ただ、俺自身もこの気持ちが恋かどうか分からない。

優雨

ねぇ、修斗。難しく考えなくても良いじゃない。幼馴染同士が付き合っても、結局は幼馴染の壁を越えられないかもしれない。やってみなきゃ分からないわ


 身近な異性としての幼馴染との交際。
 男女関係だけは必ずうまくいく保証はないのだ。

優雨

だからこそ、私達は試してみる価値がある

修人

恋人になれるかどうかってか?

優雨

……試してもいいと思えたのよ。修斗なら私は多分、後悔だけはしないから


 普段の優雨からは想像すらできない台詞が続いてる。
 表情をどこか照れくそうにさせ、本気だって想いを伝えてくる。

優雨

こんな変な気持ちになったの、初めてなの。アンタのこと、異性としてみる自分がいるなんて。……修斗はどう?

修人

……まぁ、嫌いな女の子と年中一緒にいるわけもないよな?


 答えを出すのは簡単だった。
 好きか嫌いか、選べと言われたら好きだ。
 恋愛関係になれると思わなかっただけの話だ。

修人

正直、お前は俺をそんな風に見ないと思ってた。勝手な思い込みだったのかな

優雨

私も無自覚だったし、そういうものじゃない?


 きっかけがなければ、踏み出す事もなかった。
 今までとは違う、少しだけ関係が進展した。

修人

そうだな。せっかくの機会だし、恋人になれるか試してみるか。いいきっかけになるかもしれない。一応、俺は初恋なんで、失敗しても怒るなよ

優雨

……私だって初恋だし


 優雨が差し出してきた手を握り締めてやる。
 たったそれだけの行為に、ふたりして何だか妙な気持ちになったり。
 異性として意識しあう。
 それが幼馴染の関係を劇的に変える事になる。

 夏休みはほぼ毎日のように優雨と過ごした。
 恋人だから、というよりもそれが日常だった方が強い。
 けれども、付き合い始めてからは当たり前のように過ごしてきた時間とは違う。
 優雨のことが好き、その気持ちを強く抱き始めていた。
 それは優雨も同じなようで、以前よりは多少は我がままを言う事も少なくなった。
 毎日、少しずつ俺達は恋人らしくなっていく。
 ちょっとした触れ合いに、お互いを意識して顔を赤くしたり。
 いつもなら他愛のない会話ができるのに、ふたりっきりだと緊張したり。
 少しずつ、少しずつ。
 その積み重ねは俺達が恋人になっていく自覚にもなっていた。

優雨

修斗、歩くの早いっ


 夕焼けの道を文句を言いながら俺の後ろを優雨がついてくる。

修人

だから、靴を履いてこいと言ったろうに。時間に間に合わないぞ

優雨

浴衣に靴って合わないじゃない。雰囲気が出ないもの。ほら、私に合せて


 浴衣姿の彼女は慣れない下駄に苦戦している。
 花火大会の夜に似合う、淡い青色の綺麗な浴衣姿だ。

修人

似合ってるじゃん、その浴衣

優雨

ん?褒め方が足りてない。それだけじゃ不満だわ

修人

……浴衣美人だよ、お前は。これでよろしい?

優雨

素直に綺麗で見惚れたっていいなさいよ


 優雨が笑顔で自信満々にそう言い放つ。
 実際に彼女は綺麗だ、今は本気でそう思っている。
 いちいち言うのは照れくさいが言わなきゃ伝わらないこともある。

修人

めっちゃ綺麗だよ。ずっと前から知ってたけどな

優雨

な、なんか、そっちの方が照れくさいっ!?修斗のくせに

修人

褒めてやったらこれだ。ほら、花火大会が始まるんだ、行くぞ


 俺は彼女の手を引いて高台へとあがっていく。
 高台を登ると、高校のクラスメイトが十数人程度集まっていた。
 うちのクラスは基本的に仲が良くて、男女関わらず、呼びかけて集まっていたのだ。

修斗、おせーぞ。おっ、ちゃんと白石さんも連れてきたな

……でも、なんか雰囲気違わない?妙に優雨ちゃんも色っぽいし

え?マジで?もしかして、もしかする?


 女子達が優雨を問い詰めると

優雨

えっと

と彼女は困惑気味になる。

おいおい、ホントかよ?この夏、お前ら、くっついたのか?

修人

ノーコメントで

正直に話せよ。ていうか、見てれば分かるじゃん?


 友人たちの生温かい視線は俺達の握り合っている手に向けられる。
 見られても互いに離そうとしない、つまりそういうことだった。

幼馴染からようやく進展かよ。羨ましい。遅すぎるともいえるが

修人

うっせ。あんまりからかうなよ。いろいろとあったんだ

でも、意外かも?優雨ちゃん、おめでとー。初彼氏だね

優雨

うん。まぁ、何て言うか、こういう関係になっちゃったから


 優雨も自分から交際宣言するとは思わなかったんだろう。

いつのまに?ねぇ、いつ、告られたの?ていうか、告ったの?どっち?

私も気になる。前々から思いあってたとか?

優雨

あ、あんまり追求しないで。なるべくしてなっただけだし


 クラスメイト達にからかわれて、俺の横で顔を赤らめている。

そういや、修斗。お前、俺達に夏休み前に約束してたよな

修人

……約束?

忘れたのか?白石さんと付き合う事なんてあったら皆の前でキスしてやるって


 言われて俺は思い出していた。

『もしも、夏休み明けに優雨とどうにかなってたら、その時はクラスの皆の前でキスでもしてみせるよ。それくらいありえないってことなんだ』

 過去の俺は何も考えずに軽率な発言を言っちゃってたのである。

修人

あっ、いや、あれは……冗談の類だ、分かるだろ?

約束は約束だぞ?ほら、どうした?男の約束は破っちゃいかんよ。男を見せてくれ


 友人たちに急かされて俺は動揺するしかできない。
 なぜなら、俺達はまだ初キスをしていないのだ。
 ベタベタとお互いの身体を触れたり、抱きしめあっても、その一線は超えてない。

修人

……ち、ちくしょう。すまん、優雨

優雨

え?何が?


 俺の隣で優雨が不思議そうな顔をして振り向いた。
 その瞬間に俺は彼女の唇に自分の唇を重ねていた。

優雨

んぅっ!?


 ふいをついた行為に彼女は驚きの声をあげる。

優雨

しゅう、と……ぁっ……


 濡れて艶っぽい唇。
 思っていた以上に甘く、ただひたすらに甘い行為を続ける。
 初めてのキスをしてしまった。

優雨

……や、やっちゃった


 その突然の行為に事情を知らない女子たちが騒ぐ。

きゃー。いきなり?いきなりチュー?

うわぁ、見せつけるじゃない。このカップル……生チューだ

優雨さん、顔が真っ赤だよ。人前でキスはさすがにねぇ


 当の本人はすっかりとのぼせあがったように頬を赤く染めて。

優雨

な、何してるのよ!?修斗のバカ!ひ、人前でキス……ファーストキスなのに

修人

げふっ。グーで殴るな。皆との約束でして、いきなりですまぬ。でも、嫌じゃないだろ?

優雨

心の準備ってものがあるのっ!うぅ


 俺だって心臓の鼓動が高鳴りすぎて倒れそうだ。

ホントにやりおるとは……リア充め

修人

彼女のいる夏。羨ましいだろ

あーあ、何か修斗でも彼女がいるのが解せぬ。俺も誰か相手いないかな?

修人

ここにいる女子で誰か声でもかけてみろよ。意外と何かが始まったりするかもよ


 俺達のキス騒動で盛り上がる高台。
 彼女を連れて、花火大会の会場の方向を見おろす。
 少し離れた河川敷には祭屋台の明るい輝きが見える。
 吹き込んでくる風も心地よい。

修人

良い風だな。すっごく気持ちいい

優雨

話を誤魔化さないで。人様のファーストキスを奪っておいて

修人

俺だってファーストキスだからおあいこだな

優雨

違ったらすり潰してるわよ。まったく。で、感想は?


 優雨に感想を問われた俺は先ほどの行為を思い出しながら、

修人

ものすごく甘ったるい


 唇を触れさせる、たったそれだけの行為で、こんな気持ちを抱くとは……。

優雨

私も思う。なんていうか、こういうのって経験したことなかったし

修人

これもきっかけって奴だろ。いつかする予定ではあったわけで

優雨

……ちなみに、皆とどんな約束だったのか、あとで聞かせてもらうわ


 あとが物凄く怖いんですけど……照れくさがってるだけと思いたい。

そろそろ時間じゃない?


 誰かの声を合図に皆で空を向くと、

優雨

綺麗な花火ね。ここからだとよく見えるわ


 夜の空に色彩豊かな花火が次々と打ちあがる。

優雨

修斗が好きよ。今はちゃんとそう言えるわ


 俺の隣で身を委ねながら優雨がそんな言葉を囁いた。

優雨

ファーストキスも、一緒に見る花火もいい夏の思い出になるわ


 周囲にからかわれつつも、思う存分に花火大会を満喫する。

修人

俺達は良い恋人になれそうだな。もう幼馴染には戻れそうにないや


 優雨の身体を抱き寄せながら、花火を眺め続けるのだった――。
 夏休みはまだ残っている、まだまだ思い出をつくるには十分だ。
 どんな夏にしてやろうか、すごく楽しみだった。

最終章:初恋インパクト

facebook twitter
pagetop