僕が起きた時には翌日の朝になっていた。

ぐっすり眠ったおかげで眠気はないんだけど、
筋肉痛で全身が痛む。
しかも筋肉が硬直しているような感じで、
ちょっと動かすだけで
ジンワリとした鈍痛がする。


それにしても、
明るい太陽の光が僕の顔に差して暖かいなぁ。
朝というよりは、もう昼に近いのかも……。
 
 
 

 
――えっ?
 

 
ということは、ミューリエはっ!?
 

アレス

ミューリエ!

 
僕は慌てて周りを見回す!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
  

アレス

あ……♪

 
 
 

ミューリエ

おっ、ようやく起きたか。
今日は少し寝坊だな。
ふふふっ。

 
ミューリエはすでに起きていて、
朝食を作ってくれている最中だった。

その姿を見て僕は心底ホッとする。

だってこんなに明るいんだもん、
すでにどこかへ行っちゃったんじゃないかって
胸がドキッとしたから。


でも残った時間はあと半日。
タックさんのところへ辿り着けなかったら、
どのみちミューリエは僕の前から……。

――いや、そんな悲観的なこと、
考えちゃダメだ!
今は目の前のことに集中しなきゃっ!
 
 

アレス

……ねぇ、ミューリエ。

ミューリエ

なんだ?

アレス

試練の洞窟へ挑戦するまで、
まだ少し時間があるよね?
それまで何をすればいい?

ミューリエ

ひたすら走るだけだ。
制限時間いっぱいまでな。
それは昨日と同じだ。

 
……やっぱり、剣を持たせてはくれないか。

ちょっと残念。
でも仕方ないよね、僕の力不足なんだから。
 

アレス

……分かった。僕、がんばるよ!

ミューリエ

いい返事だ!

アレス

返事は元気でも、
身体はボロボロなんだけどね……。

ミューリエ

それでな、アレス。
私はしばらく留守にするぞ。
町へ行って回復アイテムを
買ってくる。

ミューリエ

それを使えば、少しはマシな状態で
洞窟に挑戦できるだろう?
私が戻り次第、出発だ。

アレス

あ、うん。

ミューリエ

見ていないからってサボるなよ?

アレス

大丈夫だよ。そんなことはしない。

 
それから程なく、
ミューリエはシアの城下町へ向かって
歩いていった。
普通に歩いたとしたら、
戻ってくるのは夕方ごろ。

つまり、ほんのちょっぴりだけど、
タイムリミットをオマケしてくれたってこと
――だと思う。


まさか全速力で走っていって、
馬にでも乗って戻ってきたりして……。
ミューリエの性格だと、
それも完全には否定できないんだよなぁ。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

アレス

はぁっ……はぁっ……。

 
ミューリエが町へ出かけて数時間が経った。
相変わらず僕は走り続けている。
――といっても、
スピードは歩いているのと
変わらないかもしれない。

足がもう限界で、これが精一杯。
だけど僕は前へ進み続けるしかない。

それにもし立ち止まってしまうと、
もっと足が動かなくなってしまうということが
昨日よく分かったから。
 
 
 

ゴアァアアアアアァッ!

アレス

っ!?

 
不意に森の奥から恐ろしい雄叫びが
聞こえてきた。
明らかに普通の動物とは違う。


――おそらくはモンスター。
それも洞窟にいた
スライムとかデビルバットみたいに
小さいヤツじゃない。

離れていて姿も見えないはずなのに、
身がすくみ上がってしまうような気配まで
明確に伝わってくる。

位置も……かなり近い!
 

 
 
 
 

 
 
 

アレス

モ、モンスターっ!

 
木と草の陰から姿を現したのは、
大きな岩の塊みたいなモンスターだった!

高さは僕の身長の倍くらいあり、
目や鼻、耳、口などはない。
壁のような身体から
手足が2本ずつ出ているだけで、
雄叫びは全身を震わせて発しているみたいだ。
 
岩みたいなくせに動きは意外に速くて、
地面には重さによって窪んだ足跡をつけつつ、
あっという間に僕のところまで迫ってくる。
 

アレス

あ……あぁ……ぁ……。

 
どうすればいいんだ? ミューリエはいない。

走って逃げようにも、
足がこんなに疲労している状態では
おそらく逃げ切れないと思う。
 

 
じゃ、剣を抜いて戦うか?

――無理だ。
今の僕ではダメージを与えられるかと言うより、
当たるかどうかさえ怪しい。
 

 
となると、
ミューリエが戻ってくるまで時間を稼いで……。

いや、それも望みは薄い。
それまでに僕はきっと殺されてしまうだろう。
満足に攻撃を避けることができない上、
耐えられるダメージなんて高が知れている。


もはや打つ手なしか……。
 
 

 
――っ!? いや、待てよ?

僕にもできることが残ってるじゃないか!
ダメで元々、試してみる価値はある!
 

アレス

…………。

 
僕は丸腰のまま、
モンスターの前に出て対峙した。


そして大きく深呼吸――。

心が落ち着いたところで
真っ直ぐにモンスターを見つめる。
 

アレス

お願いだよ、こっちに来ないで。
僕は戦いたくない。

アレス

キミに危害は加えない。
だから立ち去ってくれ……。

 
僕はモンスターに向かって想いを念じた。

子どものころの記憶と経験だと、
この力はコイツには通用しないかもしれない。

でもあれ以来、
一度もモンスターには試していないのだ。
もしあの時と比べて僕の力が上がっていたなら、
雀の涙くらいは可能性がある。
 
 
――というか、
これは僕に残された最後の悪あがき。
ほかにできることなんてない。
やるだけやって、
あとは運命に身を任せるだけだ。
 

ゴァアアアアァ!

アレス

ぐはっ……!

 
上半身にモンスターからのパンチを食らい、
僕は後ろの木まで数メートルほど
吹っ飛ばされた。


まだ……なんとか生きてる。
辛うじて立てる。
だったら、想いがモンスターに通じるまで、
命が尽き果てる最期の瞬間まで諦めるもんか!

気力を振り絞り、
僕は再び立ち上がってモンスターの前へ
歩み寄った。
 

アレス

はぁ……はぁ……。

アレス

ほら、僕は無抵抗だ。敵じゃない。
分かっただろ?

 
警戒されないように
満面に笑みを浮かべたつもりだったけど、
きっと引きつった笑いなんだろうな。

でもこれが精一杯なんだ……。
 
 
 
 

アレス

うがぁっ!

 
今度は蹴られて後ろへ倒れ込んだ。
身体は仰向けになり、
木々の隙間から見える空の青が
鮮やかに感じられる。
 
 
 
……あぁ……もう身体に力が……入らない……。
 
 
 
しかも最悪なことに、
僕はモンスターに踏みつけられてしまった。
このままあの全体重をかけられたら、僕は……。

いや……まだまだ……っ!
 
  

アレス

……気は……済んだかい……?
もう……いいでしょ?

アレス

僕……もう……
動けな……いんだ……。

アレス

見れば……わかるよ……ね……?

 
モンスターの体重が少しずつ僕の身体に
のしかかってくる。


あ……ぁ……やっぱり僕はこれで……。
 
 

ゴ……ァ……アアア……。

アレス

え……?

 
もうダメだと覚悟を決めた時、
なんとモンスターの動きが止まった。
 
そして僕の身体を踏みつけていた足を退かし、
静かにこちらを見下ろし続けている。

声も音も何も発しないけど、
なんとなく僕に対して申し訳なく思い、
心配してくれているように感じた。
 

アレス

いいんだよ、キミ……。
僕は……生きてるから……。

 
僕がそう声をかけると、
モンスターは全身を震わせ、
音波のようなものを発した。

すると僕の身体を苦しめていた痛みが、
徐々に消え始める。
それどころか昨日からの筋肉痛さえもなくなり、
力と活力がみなぎってきたのだった。

 
僕はゆっくりと立ち上がり、
満面に笑みを浮かべながら
彼へ向かって一言――。
 

アレス

ありがとう!

 
僕が御礼を言うと、
モンスターは静かにその場から去っていった。
 

アレス

や、やったぁあああああぁーっ!

 
僕は嬉しさが堪えきれず、跳び上がって喜んだ。
だってそれはそうでしょう?
モンスターに僕の想いが通じたんだから!

幼いころにそれができなかったのは、
力が未熟だったからなのか、
あるいは必死さが足りなかったのか……。

いずれにしても、
今の僕は必死になって想いを伝えようとすれば、
モンスターとも意思疎通ができる。
それが分かったのは大収穫だ!

この状況を作ってくれたミューリエに
感謝しなきゃ!
 

アレス

僕には剣を振るう力も技もない!
でも僕には僕にしかできない、
戦い方があったんだ!!

 
ついに見えたっ、希望の光!

もしかしたら、
これからもミューリエと旅を続けられて、
タックさんの試練も
乗り越えられるかもしれない。

僕はいつになく手応えを感じたのだった。
 




次回へ続く!
 

第10幕 見えたっ、希望の光!

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