ミューリエの指導の下、僕の特訓が始まった。
――といっても、彼女は剣を持たせてくれず、
ただひたすら街道を走らされている。
こんなこと、何の意味があるんだ?
時間はわずかしか残っていないというのに……。
ミューリエの指導の下、僕の特訓が始まった。
――といっても、彼女は剣を持たせてくれず、
ただひたすら街道を走らされている。
こんなこと、何の意味があるんだ?
時間はわずかしか残っていないというのに……。
……っ。
激しく呼吸を続けているせいか、
肺の中がなんだか痛い。
しかも口の中は乾くし、喉もズキズキする。
それにさっきから足は思うように動かない。
体もいつもよりすごく重く感じる。
これじゃ、
剣の扱い方を教わる前に倒れちゃうよ……。
アレス! 動きが鈍ってるぞ!
これくらいでへこたれるとは、
お前の決意は
そんなものだったのか?
くっ!
――そうだ、負けてたまるかっ!
なんだってやってやるっ! 越えてやるっ!
僕は勇者なんだっ!
もう誰にも勇者失格なんて言われないように、
強くなるんだっ!
まだまだぁっ!
僕は根性で足を動かし、
それからひたすら走り続けたのだった。
――そして、いつの間にか太陽は西に傾き、
森も街道もオレンジ色に染まる。
その時点でようやく遅い昼食。
僕たちは草むらの上に座り、
パンにハムを挟んだ物を食べていた。
食材の調達と調理は、
ミューリエが全て担当してくれている。
いつもなら分担をしてやっているんだけどね。
ねぇ、ミューリエ。
そろそろ剣の扱い方を教えてよ。
もう日が暮れてきちゃったし……。
私に稽古をつけてほしいと
願ったのはお前自身だ。
ならば私のやり方に文句を言うな。
でもさ……
アレスは剣の稽古が
云々という前に、
基礎的な体力がない。
それをなんとかしない限り、
剣を握らせるわけにはいかんな。
明日中にはタックさんのところへ
辿り着かないといけないんだ。
このままじゃ……。
――そう、もしそれができなければ、
僕はミューリエとお別れしなければならない。
一緒に旅を続けたくないから、
意図的に剣の稽古をつけてくれないのかな?
いや、ミューリエはそんな卑怯な人じゃない。
もし旅をしたくないなら、
最初からハッキリと別れを告げるはず。
彼女はそういう性格だ。
剣に限らず、何事も技術を磨くには
一朝一夕にはいかない。
前に言ったような気がするが?
分かってる。
だから少しでも腕を磨きたいんだ。
そうは言っても、
その基本となる
『身体』が未熟では、
私の動きに付いてこられないぞ?
じゃ、剣の扱い方は
教えてもらえないってこと?
現時点では、その通りだ。
なっ?
強くなるには、
地道な積み重ねしかない。
近道など知らん。
だから私のやり方で
稽古をつけてやっている。
気に入らないのなら
今すぐにやめろ。
…………
でもさ、死ぬ気でかかってきて、
少しでも吸収しろって
言ってたような……。
なっ!?
僕はポツリと愚痴をこぼした。
それは独り言のつもりだったんだけど、
どうやらミューリエにはそれが聞こえたらしい。
直後、彼女は途端にばつが悪そうな顔をする。
そ、それは別れるのを
前提としていた時の話だ……。
ふーん。
それって少しは期待してくれてる
ってことなのかな?
まぁ、そうだな。
そっか。嬉しいよ。
僕、頑張るね! 倒れるまで!
この程度で負けたくないし!
そうか……。
でも無理はしすぎるなよ?
この時のミューリエは、
いつになく嬉しそうだったような気がした。
とうとう太陽は地平線の向こうへ
沈んでしまった。
でも今日という日は、まだ終わりじゃない。
明日の太陽が昇るまでは、猶予がある。
だから最後の最後という瞬間まで続けてやる。
もしかしたらミューリエが、
剣を握らせてくれるかもしれないから。
もっとも、彼女の性格を考えれば、
その可能性は99.999%ないかもしれない。
でも残り0.001%の希望に、
僕は全力を注ぐだけ。
やらずに後悔するくらいなら、
やって後悔したい。
はぁ……ぁ……
は……ぁ……っ……。
おい、アレス!
そろそろ休めっ!
まだ……だ……。
僕には時間が……。
バカもの!
体力をつけるには、
休息することも必要なのだぞ?
ぐ……うぅ……。
それでも……やめたくないッ!
本当に強情なヤツだ。
よく言えば意志が強い、
悪く言えば石頭だな。
分かった!
休息した分は、
タイムリミットを延長してやる!
だから素直に休むのだ!
ホント……だね……?
嘘はつかんっ!
ははは……は……。
ミューリエの言葉を聞いた途端、
僕は全身から力が抜けた。
そのまま意識が薄れ……自然と……
目蓋が閉じ……。
……っ……。
……まったく、極端なやつだ。
このままでは
身体が壊れてしまうぞ?
そろそろ賭けに出てみるか……。
…………。
ミューリエが何かを話していたような
気がするけど、
薄れゆく意識の中では
その内容がどんなものだったのかまでは
分からなかった……。
次回へ続く!