高校に進学したからと言って特に何も変化はなく、三日の月日が経過した。

 俺は今、大変に困っている。

えっと、それじゃあクラス委員は、穂苅さんと……かっ、唐田君でいい?


 良い訳無いだろ。水希はともかく、どうして俺がクラス委員なんか。

 誰も手を挙げない中、率先して翔悟が手を挙げたかと思いきや、

クラス委員なら、唐田君が適任だと思います!

 という大胆極まりない発言をしたせいで、担任の女性教師がビビりまくっている。

 水希も水希で、クラスのあちこちから『女子は水希さんで決まりよね』なんていう発言が出たものだから、やらない訳にもいかないのだろう。

 いや、あいつは良いよ。あいつは。望まれて選抜されているんだから。男子の方は消去法だろ、これ。絶対。

じゃあ二人は放課後、クラスに残って下さいねー


 俺を見て引き攣り笑いを浮かべながら、可愛らしい雰囲気の女性教師が次の話題に移る。……そこまでビビらなくても。俺、あなたに何かしましたか。

 ホームルームが終わり、各々が自分の荷物を片付けて下校ムードに入る中。俺は、水希の様子を見た。女子の群れに混ざりながら、楽しげに会話をしているが。

穂苅さん、クラス委員ありがとね。
帰り、新しく出来たスイーツのお店に寄らないかって話してるの。穂苅さんも終わったら合流しない?

……あ、ごめんなさい。今日は、クラス委員の後も用事があるの

なんだ、残念。……また、誘うね

うん


 中学の時は、クラスが違うから分からなかったけれど。

 別にクラス委員の用事が無くても、水希は昨日も一昨日も、誰とも帰っていないし、遊んでもいない。

 何だっけ、美麗とかいう女子……が話し掛けて来た時も、ある程度仲良くしようとはしているが。特別踏み込んだ様子も無いし、結局ただのクラスメイト、で一段落しているように見えた。

 ……随分と、他人行儀になったもんだな。

なあなあドラゴン、帰りにスイーツのお店だって!

行くか馬鹿。お前と行くと勘違いされるだろうが

へ? 何を?


 カップルと間違えられるだろうが。……まあ、こいつに言っても分からないのだろう。

 はたから見たら、男子の制服を着た女子にしか見えん。これで顔が崩れなければ、それはそれでポジションが定まりそうなのに。少女少年という。

 水希は黙々と筆記用具やノートを鞄に詰めている。ふと、俺と目が合った。俺が見ているのだからそれは当然だけれども。

……

 そして当然のように、無視。俺もそれが分かっているので、別に何を考える事もない。

 スーパードライ……

 考える事は何もないが、感想は漏れた。

ドラゴンちっとも遊んでくれないじゃん!! やだー!! 俺にも構えよ!!

だーもう、うっせー!! お前が俺をクラス委員にしたんじゃねえか!!


 そもそも、どうしてコイツは俺に構おうとするのだろう。別に一緒に居ても楽しい事は無いと思うのだが……。


 ○


 どうにか翔悟を帰すと、俺と水希は二人、教室に残っていた。水希が先生に呼び出され、委員の内容を聞いている――……程無くして教室に戻ると、俺に目を向けた。

二年後の、修学旅行アンケート。集計を取って欲しいらしいわ

 ところで、立場的には俺も先生の所に行く必要があった筈では……そこまで俺を避けなくても良いんじゃないか、先生よ。

 入学式当時に予感した、『俺の孤立は確定』という内容は見事に的中されてしまったようだ。変顔少女少年を除いて。

ふーん……了解。
集計ったって、学年単位だから精々百枚か、二百枚か、まあそこらだろ? それくらい、職員の方でやって欲しいけどな


 俺はそう答えたが、水希は何やらノートを取り出して、ゴリゴリと何かを書き始めている。俺は水希のノートを見て……あれ? 五月、六月スケジュール……って、まだ随分先の話じゃないか。

 水希はペンの背でノートを叩いて、俺を見る。……何でちょっと、怒ってる雰囲気なんだ。俺の察しが悪いからか。

旅行先は多数決で決まるから、どの順で回るのか、私達でスケジュールを立てて予算を出して、企画として提出して欲しいという話よ

げえ……!? そんな事まで生徒にやらせんのかよ!?

今が四月だから、五月末までに各クラスそれぞれの案を出し合って、その後は学年会で企画を統一するらしいわ。

どこに行きたいかアンケートに書いてもらって、それを現実的に可能なスケジュールまで落とし込む……自由時間もあるから、全体で回る事が出来る場所は限られるわね


 なんじゃそりゃあ。安請け合いするべきじゃ無かったかもしれない。俺にクラスを取り纏めて意見を出させるなんて、出来るんだろうか。ビビられて挙手もされないような気がするが……

 しかし、こんなに面倒な事、よく文句のひとつも無く請け負ってくるな。

 水希はさらりと髪を撫でて、目を閉じた。

時間が勿体無いわ。早く始めましょう


 無駄な時間などない。たったそれだけの一言で、会話をぶった斬る。

 穂苅水希は、孤独な完璧超人を目指しているから。……何故か、そんな言葉が頭の中に浮かんできた。

 理由は分からない。だが、その表現はとても適切な気がして。俺は目も合わせない水希をどうして良いのか、持て余した。

…………そうだな


 その『不自然な完全さ』に、人は何処か遠慮してしまう。そのような意識を持って、敢えてそうしているように思えてしまう。

 つまり、水希は他人が近付いて来ないよう、意識してそのキャラクターを演じているのではないか。

 だって、俺が知っている穂苅水希は……

 中学校に通っていたある日から、水希は少しずつ自分に対する周囲のイメージを変えていった。その中で淘汰されたもの――俺という存在――や、学業、運動に対する飛躍的な進化。そして、現在に至る。

 男に厳しいのは、身持ちが堅い証拠だと話す人も居た。確かに、そう考えればそれは、そうなのかもしれない。

半分ずつ、ね。希望箇所が被っていないものだけ抽出して、数も書いて

お、おう


 ……いや、俺の考え過ぎかな。意識してキャラクターを演じるなんて、日常生活の中でやろうとしたら大変だ。余程の役者根性が無ければ、どこかでボロが出るもんだろう。

 本当に、変わってしまったのだろうか。愛嬌がなくて、人間的でもない。寄って来る男に対しては死ぬほど冷たくて、それ以外の人間に対しては優しい振りをした鉄仮面で対応する。

 ふと、思う。


 ――それは、『拒絶』だ。









 一通りの作業が終わると、水希はプリントの束を手早くまとめた。今日の仕事は、職員室にそれを届けるだけだ――……俺は手を出して、水希からそのプリントを受け取ろうとした。

持って行くよ。穂苅さんはもう、上がって良いから

いいえ。悪いからいいわ


 無表情。決して嫌悪を示されている訳ではないのだが、関係は全く良くはない。

 恐らく、俺だけではない。誰に対してもそうなのだ。それが何時からそうなったのか、何時に水希が決心したのか、俺には分からなかった。当時の俺は俺で忙しかったし、水希の事に目を向ける余裕が、本当の意味では無かったのだと思う。

 ずっと、一緒に居たのに。

 水希が立ち上がり、鞄を持って職員室を目指す。俺はその後姿を眺めながら、自分も鞄を持ち、同じように水希と教室を出る。

 だが、行き先は違う。俺は、そのまま下校の方向へ。水希は職員室へ。共に同じ廊下へと出て、真逆の方向へと歩いて行く。

 ふと気になって、俺は振り返って水希の後ろ姿を確認した。

――――――――なに?


 曲がり角を曲がろうとしていた水希が、ふと俺に問い掛ける。

……あ……いや。……またな


 水希は、俺に笑わない。

ええ


 そのまま、曲がり角に消えた。

 呆然と立ち尽くした俺は、暫しの間考えてしまった。水希はいつから、あんな風に変わっただろうか、と。

 中学三年の時……? いや、もっと前だっただろうか。

 それまでは、ずっと一緒に居た。水希がああなったのは、あるタイミングで、それも劇的な変化だったように思えるのだ。

 何を考えて、どう決断して、今の状態に至るのか。確認する事も出来そうにないが、少しだけそんな事が気になってしまう俺だった。

……帰るか


 幼馴染ったって、家が近いだけで。

 それで他人と距離を縮めた気になっているなんて、馬鹿なのだ。


 ○


 階段を降りて、そのまま外へ。下駄箱も無いこの校舎では、そのまま土足で上がる事になっている。

 昔の水希は、全然あんな雰囲気ではなかった。

 水希は優しくて、でも少しすっとぼけた様子のある女の子だった。男子からの人気もあって、何度か告白されている様子もあった。……勿論当時は、確認なんてしていなかったけれど。

 一方俺は、その特異な髪色故に、何時からか虐めを受けるようになる――……

 よく覚えている。どこか危なっかしい雰囲気のある水希に対し、華奢で喧嘩の弱かった俺。あの時は、悔しかった。

 強くなりたい。……強くならなければ。そうしなければ、俺は大切な人を護れない、と。

『もう、私に近付かないで!!』

 あの時だったかなあ。水希の事が、よく分からなくなり始めたのは。

 身体を鍛えて筋肉が発達して、喧嘩が強くなって、虐められなくなったけれど。同時に、俺の周りには人が居なくなった。……ま、その方が気楽で良い、という事はあるか。

 外に出て、校門を目指した。

だから、その態度が調子に乗ってるって言ってんだ!! アァ!?


 ……なんだ?

 ふと、声がした。中学ではよく聞いていた声だけど、高校に入ってからは初めてだな。

 校舎の裏側……か? ヤンキーが喧嘩を売る場所と言ったら、体育館裏と相場が決まって……あれ、これ告白の時と一緒じゃん。学校なんてオブジェクトが少ない場所で、人の居ない場所なんて限られているという事か。

 それにしても、随分とベタな台詞だなあ。

 喧嘩なんか起こるのか、まだ新学期が始まって一週間も経っていないというのに。恐らく二年か三年の先輩なんだろうけど……余程癪に障る奴が居たのか、派手で目立つ奴が居たのか。

 まあ、俺には関係ない。帰ろう。

おおおおうコラ!! てて、てめーからぶつかって来たんだろうがよォ!! アァ!?


 俺は、盛大にずっこけた。

 確かに癪に障るかもしれないし、派手で目立つかもしれない…………!!

 翔悟、お前!! だから穂苅水希と阿呆な連中には近付くなとあれ程言ったのに!!

 …………いや、一度も言った事無いけど。

もー、良いんじゃないっすか兄さん。こいつボコっちまいましょうよ


 ……悪ぶってる奴って、自分が笑っちゃうようなベタな台詞を吐いてるって事にいつも当人だけが気付かないよな。そういうものなんだろうか。

 俺は立ち止まり、こめかみの辺りを指で押さえた。

 どうしよう。

おうおうおう、ボコってみろや!! 俺に手を出すと、ドラゴンが黙ってねえぞ!!

 おい馬鹿野郎、俺の名前を出すんじゃない!!

 この学校に入ってからは、出来る限りそういった揉め事からは離れて暮らそうと考えていたんだ。入学式から躓いてしまったが為にクラスの印象はあまり良くない状態でスタートしていたけれど、徐々に関係を良くしていこうと思っていたんだ。一応。本当に。

 …………葉加瀬翔悟め。

 俺は踵を返し、体育館裏へと向かった。

 しかし、これだけ大きい声を出しているんだ。もしかしたら、先生に見付かったりするかもしれない。いや、先生を呼びに行くべきなのか……?

 でもなあ。入学式の時に擦れ違った、あのハゲの中年教師を思い出す。

 役に立たない可能性の方が高いか。体育教師からは、どうも目を付けられている雰囲気だし。

 下手すると、俺がビビられるだけで終わる可能性もある。

 仕方無い。そのまま向かおう。そう思いながら、俺は体育館の裏に視線を向けた。

ハア? ドラゴン? 燃えんのかおら


 ……え、何? それって共通語化してるの? ちょっと怖いんですけど。

 翔悟が胸倉を掴まれて、背の高い筋肉質な男三人に囲まれている。……三人という所が、またベタだな。胸倉を掴んでいるのは日に焼けたスキンヘッドの男で、後は如何にもガラの悪そうな金髪ロン毛の男と、茶髪で背の高い男。

 まあ、見た感じでは翔悟が敵うような相手ではない。……当たり前だが。

知らねえのかよ、伝説を……!! 掛け声ひとつで空を飛ぶ胆力の持ち主だぞ!! てめーらなんか相手になんねえ!!


 胆力で空は飛べないだろ。ってそれ、俺の伝説かよ。

 翔悟は滝のように汗を流しながら、明後日の方向を見ている。

 …………ほんと、仕方ねえなあ。

 

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