家まで殆ど同じな幼馴染が居るというのに、帰り道はやはり一人である。

 コンビニでホットスナックを買い食いしながら、家へと帰る。左手が森、右手が住宅地になっている帰り道。何故か俺と水希の家は森側にある。

 左手には大きな神社があるのだ。どういう訳か知らないが、水希の両親だか爺ちゃんだかが趣味で穂苅の敷地に神社を造り、うちはその隣に家を建てたが故にこうなった、という事らしい。

 俺は神社についてあまり詳しくないので、その理由もよく分からない。だがまあ、穂苅の家の隣には神社があって、信仰される神様だって居る。

 とにかく、物心付いた時からそんな神社で遊んでいた。境内に辿り着くまでの長い階段の先を、呆けた頭で見る。

なんか、カラスうるせえな……

 夕暮れ時だからだろうか。

 ……あれ?

 階段の上に人影があった。珍しいな、こんな時間に来客なんて。別に隠された歴史がある訳でも神様が有名な訳でもないから、普段人なんて殆ど訪れないんだけど。

 ……改めて、どうして穂苅の親族がこんなモノを建てたのか、甚だ不思議だ。

 何となく階段を登って、境内へ。どんな人が来ているのか、確かめたくなってしまった。幼い頃は上がるのに苦労した階段も、大人と変わらないまでに成長した今では一瞬だ。

 それでも、多少面倒ではあるけれど。ホットスナックの残りを口の中に放り込むと、二段飛ばしで階段を駆け上がる。

 境内に辿り着くと、辺りを見回した。

 人影はない――――…………

…………あれ

 勘違いしたかな。……ま、いいか。

 神社の隣にある水希の家――和風なもので、相変わらず大きな家だ――を素通りし、小ぢんまりとした我が家へ。しがないサラリーマンの親父が頑張って建てた家なのだから、小ぢんまりした、なんて言っちゃいけない。

 自分の部屋があるだけでも、両親に感謝しなければ。いつの間にか、そんな事を考えるようになった俺なのだが。

 家のポストに、手紙が入っていた。何気無く俺はそれを抜き取り、部屋に入れようとする。

あれ……?


 封筒だ。しかも、かなり少女趣味な……『唐田龍之介様』と書かれてはいるが、差出人の名前が無い。住所もない……? この近隣で俺の家を知っている仲の良い女の子なんて、水希くらいのものだと思ったけど。

 いや、今となっては別に水希もそこまで仲が良い訳でも無いのだけれど。しかし、これは……

ラブレター、だよな……

 知らず、心臓の鼓動が速くなった。ダイレクトメールだとは思えない。でも、普通ラブレターって学校の下駄箱とか、そういう場所に仕掛けられるものでは。

 何れにしても、俺宛の手紙で。その送り主は、恐らく女の子。

 玄関の扉を開けた。……夫婦共働きなので、夜になるまで家には誰も居ない。確認するなら今のうちだ。

 残りのダイレクトメールをリビングのテーブルへ。素早く階段を上がって、二階の自室へと向かう。

見れば見る程、少女趣味な……

 無いとは思うが、一応念の為、水希にメールをした。『手紙、ポストに入れたか』と……今となっては疎遠なので、無いとは思うけれど。いや、無いとは思うけどね。

 それでも、若干の期待をしてしまう俺。例えば、仲直りとか……と思っていたら、スマートフォンのバイブが鳴った。

 えらく早いな……まさか、本当に仕掛けていたのか?

エラー:次の宛先への送信が失敗しました


 やめろよ。

 地味に傷付くじゃないか。

 一転して、暗い気持ちで封筒を開封した。少女趣味の封筒の中には、これまた少女な文字で便箋にメッセージが記述されている。

突然ですが、貴方に大変な災いが訪れようとしています

 ……何、この冒頭。

 少女趣味の封筒の中身は、不幸の手紙でした。

 某有名なアニメ映画のPVなんかに使えないだろうか。……無理だな。

 どうせ、その災いを避ける為には今から一週間以内に、四人の知り合いに同じ手紙を送ってください、とか書くんだろう。

その災いを避ける為には、今から一週間以内に、あなたの幼馴染に

『べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからねっ!?』

と言わせてください

 違った。

 どうやら手紙の主は、相当なツンデレ好きらしい。

 え、ツンデレ知らない? あれだよ、始めツンツン後でデレデレっていう、女の子のタイプを指した俗語さ。

 ……誰に喋ってんだ、俺。意味不明な出来事とショックな出来事が重なって、ついに頭がおかしくなったのか。

 手紙の回避内容がピンポイント過ぎるだろ。幼馴染が居なかったらどうするつもりだったんだよ。……とは思ったが。俺の幼馴染って言うと、やっぱり水希になるんだろうな。

 いや、それは無理だ。絶対。

さもなくば……あなたが、豚になります。


神の使いより

 その上、手紙の主は電波キャラまで混じっているらしい。ツンデレ好きの電波ってどんだけ。……誰だよ、俺の名前知ってる女の子で、俺の家を知ってるストーカーで、こんな手紙を送って来る電波は。

 いや、封筒と便箋が少女趣味と言うだけで、もしかしたら男の子だという可能性も……

 もしかしたら、少女少年という可能性も……

 …………あれ? 脳裏に変顔美少年の存在が映る。

 考えていたら、少し寒気がしてきた。今日は早く寝よう。

しかし、水希の奴め……


 あ、しまった。杏月さんがパフェを奢ってくれる予定だったのに。……どうして杏月さんからは、何の連絡も来ないんだ。

 さては、自己申告制だな。


 ○


 翌日学校に向かうと、通学路の途中で水希の後姿を発見した。

 相変わらず、容姿だけを言えばことさらに可愛い。後姿でさえ、何故か少しだけ輝いて見えるほどだ。これで性格がもう少し社会的だったら、良い幼馴染になれただろうか。……あまり、想像出来ないな。

 そうか。もしかしたら、水希も多少は人見知りをしているのかもしれない。女子はともかく、男子との交流は躊躇してしまい、止むを得ずあのような態度を取っているのだ。

 ……そんな事は無い気がする。

おはよ、ドラゴン!


 背中から声を掛けられ、振り返った。肩まである金髪を靡かせ、茶色と言うよりは赤銅色の愛らしい瞳孔が俺を捉えている。

 思わず、どきりとさせられてしまった。座っている時は分からなかったが、身長はやはり低い……男子の制服を着ていなければ、男だとは分からないだろう。

 ところで、ドラゴンという呼び名は定着してしまったのだろうか。

おはよう、葉加瀬

葉加瀬じゃねーし。翔悟って呼べよ、マブダチだろ

いや、違うけど……


 あと、口を開かなければ可愛いと思うのだが。いちいち言葉が古いんだよ。

今日、姉貴に彼氏が出来ててよお……女と間違えられたんだよ。マジねーわ。やり場のない気持ちの扉破りたい

盗んだバイクで走り出すなよ

 しまった。

 瞬間、葉加瀬……翔悟の顔が感動の色に染まった。

ドラゴン、お前……!!
分かってるじゃないか!! 今日カラオケ行かねえ!?


 予想以上に面倒臭かったので、俺は翔悟を無視する事にした。こいつが懐メロを歌う所なんか見たくない。

 不意に、視線を感じて前を見る。前方を歩いていた水希が、俺の存在に気付いたらしい。相変わらず無表情だが、その奥にはどこか不機嫌な色が見て取れる。

 俺は無関心を装い、すました顔に徹した。

おはよ、みず……穂苅サン

おはよう、唐田君


 それだけ話すと、水希は再び学校へと向かう。……何か、俺に言いたい事があったのでは無いだろうか。水希が何を考えているのか、よく分からない。

 昔は可愛くて素直な、良い子だったのに……。

激マブ……!! 何、唐田の知り合い?

 激マブって。

いや、昨日も教室に居ただろ


 翔悟の言葉に、大変嫌な予感がした俺であるが。翔悟は意気揚々と水希の隣に歩いて行き、勇敢と言うよりは可憐な笑顔を作って、水希に立ち向かって行った。

 もうすぐ校門だ。周囲に生徒が集まって来ている事に、翔悟は気付いているのだろうか。

ねえねえ、穂苅さん? 俺、葉加瀬翔悟。もし良かったらドラゴンだけじゃなくて、俺とも仲良くしてよっ!


 ぱっと見た所、女子が二人で戯れているようにしか見えない。……翔悟のような男相手にだったら、水希も少しは柔らかい対応になるのだろうか。女子に優しく男子に厳しい、委員長のような人間だからな。

 少女少年……新しいジャンルだ。さあ、どうする、水希。

実は今日、ドラゴンと帰りにカラオケ行くんだけどさあ。
穂苅さんも行かない?


 行かねえよ。勝手に決定事項にするんじゃないよ。

 校門を挟んで向こう側の道から、女子が水希のもとに駆け寄って来る。どうやら翔悟は気付いていないらしい……水希はその女子に気が付くと、笑顔で手を振った。

 どうやら、翔悟の顔も水希には通用しないらしいな。

……あ、あのー。穂苅さん?

おはよ、水希ちゃん。……と、誰?

おはよう、檸檬ちゃん


 そうか。昨日水希に話し掛けていた、美麗檸檬とかいう女の子だ。美麗さんは翔悟を見ると、目を丸くした。水希に新たな知り合いが出来たのかと思ったのだろう……だが、そんな事はない。

 水希は美麗さんが翔悟を見たことで、初めて翔悟に目を向ける。隣を歩いていた事に今更気付いたような様子で……いや、今気付いたのか? よく分からん。

 あれで、水希もかなり天然ボケな所があるからなあ……

ごめんなさい、小さすぎて見えなかったわ

…………!!


 そりゃないよ。

 翔悟はあまりのショックに一昔前の少女漫画みたいな白目を向いて、右手を伸ばしたままその場に崩れ落ちた。水希は意味が分からなかったようで、翔悟の動きに首を傾げると、そのまま学校の敷地内へと入って行く。

 俺はそのままのペースで翔悟に近付くと、ポケットに手を突っ込んだままで翔悟を見た。

ドラゴン。彼女はいつも、あんな感じなのか……?

おう。因みに前の学校では、『スーパードライ』と呼ばれていた


 あっさりした喉越しが特徴の、軽いビールに付けられる呼称ではあるが。この場合、『とっても乾燥した穂苅水希』という意味である。

 じきに授業が始まる。俺は翔悟を無視して、そのまま校門を潜った。

 ……あわれ、翔悟。

 それにしても。……中学時代ならまだ良いが、高校でもあれを続けられると、少し困るな。俺は水希の後姿を追い掛け、走った。水希は……お、校舎に入った所で美麗と手を振って別れている。向かう先は、職員室か。

 俺は水希の後を追い掛け、背中から声を掛けた。

穂苅!


 水希が立ち止まり、振り返る。

 う。……こいつの無表情を見ると、どうしても窘める気が失せてしまう。俺なんかの言葉で、伝わるんだろうか。

何かしら

……あのさ、穂苅さん。あんまり、男子ばっかり敵対視しない方が良いぜ。
敵を作るし、ここは新しい学校なんだし


 水希はじっと、俺の瞳を見据え。

別に敵対視しているつもりはないけど、何か気に障ったかしら。
そうだとしたらごめんなさい――――唐田君


 それだけを話して、俺に背を向ける。

 たったの一言。しかし、その刃は見事に唐田龍之介を斬り捨てる。呆然として、俺はその場に立ち尽くしてしまった。

 …………唐田君、ね。

 もうすっかり、そうだ。俺と水希の関係は、赤の他人を通り越したようで……『敢えてお互いに、近寄らないようにしている』。当り障りのない関係を作る事で、幼馴染だった過去を消そうとしている。

 皆、そうなんだろうか。水希と仲が良かった頃が印象的だった俺は、あまりにも変わり果てた水希の姿を、溜め息を付いて見守る程度の事しか出来ないのだけど。

 険悪な仲だった方が、まだ修復の可能性があるだけ良い。これじゃあ、水希にツンデレ台詞を言わせるなんて絶対に無理だ。

 ……そういや、あの手紙を出したのは一体誰だったんだろう。

あれ、龍之介じゃん。職員室に用事?


 振り返ると、杏月さんが白衣姿で立っていた。俺が職員室の中を見ている事を確認して、その向こう側に居る存在を見る。どうやら水希は、先生にプリント運びを頼まれていたようだが。

 ……まあ当然、俺に助けを求める事は無いんだろうな。

いつも水希に良くしてくれてありがとね、龍之介

いや、俺は何もしてねえっすよ。たった今も、コミュニケーションを拒否されたとこなんで


 取り付く島もないと言った方が適切だろうか。杏月さんは少し苦笑して、水希に向かって手を振った。

 まあ、杏月さんも立場的には水希の叔母に当たる人だからな。やっぱり、水希の事は何かと気になるんだろう。未だに独身だし。

今何か、失礼なこと考えなかった?

いえ、別に何も


 プリントを受け取った水希は、そのままこっちに向かって来る。杏月さんが職員室の扉を開けると、水希は杏月さんに一礼して、そのまま俺の隣を素通り。

……唐田君、授業始まるわよ


 かと思いきや、丁寧なフォローを頂いた。

 この、拒絶されている訳でもない微妙な関係が、逆に痛い。……昔が昔だけに、変わってしまった水希の姿がやけに脳裏に焼き付いて残る。

すっかり水希はツンデレねー

いや、ツンデレじゃないでしょ。ツン要素しかないでしょ、あれは

寧ろクーデレ?

なんとかデレ談義はどうでもいいんで

昔はりゅーちゃんと呼び慕っていた水希がねえ……


 杏月さんは腰に手を当てて、溜め息を付いた。杏月さんは水希の過去を知っているだけに、ここ最近の水希の変化と俺への対応については、頭を悩ませている所なのだろう。

 協力者が居ることはありがたい、が。

杏月さん、俺パフェの事、忘れてないですよ

うぐっ……給料日まで待って

月の始めだぞオイ!?


 ……どうにも頼りない協力者だった。

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