立ち上る煙、香しい匂い、店内を満たす喧騒。
ここは全国展開しているレストラン『JOJO苑』。
立ち上る煙、香しい匂い、店内を満たす喧騒。
ここは全国展開しているレストラン『JOJO苑』。
さあ、いよいよ焼き肉だよ!
我もこの日を待っていダ。完全燃焼させるダ。
いやいや。完全燃焼させたら消し炭だから。
…………
うーん。仕方がなかったとはいえ、微妙な空気だなあ……。
この3人で焼肉屋に来た理由は少し前に遡る――
はい。もしもし。
星野氏! 今日の夕方、焼き肉をちょいと炙りに行くのはこれ如何に?
焼き肉? 行きたいのは山々なんだけど、今かなり金欠気味でさ。
案ずるな。バイト先の店長から焼き肉屋の割引クーポンを譲り受けたのだ。これを使えば格安で肉を食せるというわけだ。
ええっ、本当に? で、でもさ、僕も行ったらハギノさんが損じゃないかな。せっかくのクーポンなんだろ?
私がそんなケツの穴が小さい女だと思うか? 焼き肉はコミュニケーションだ。大勢で焼いてこそ楽しいものではあるまいか?
一人でも複数でも味は変わらないと思うけどなー。
それにこのクーポンは入店が2名以上でないと使えないんだ。私を助けると思って参加してくれたまえ。なんなら足りない分は私が負担してもいいぞ。
……というのは建前で、実は自分で割引クーポンを購入したんだけどね。
ありがとう! そこまで言ってくれるなら参加させてもらうよ!
――それから数時間後。
ラムダを連れて焼肉屋に到着したところ、
いきなり荻野さんが黙り込んだという次第だ。
……その隣の人は、誰?
あ、でもラムダのことは忘れてるっぽい。それに格好へのツッコミもない。たぶんステルスなんとかが作動してるんだな。
えっと、ハトコってやつだね。親戚だけど血は繋がってはいないんだ(こんな時のためにそれっぽい嘘を考えておいたんだ)
ふうん。あんまり似てないようだけどね。
……星野亘。こいつは知能が低いのか? 血が繋がっていないという意味を理解できていないようダが?
あん?
この女、初めて会ったはずなのに妙にムカつくな……。
刺々しい空気になりそうだったので、
僕は二人の間にメニュー表を割り込ませた。
さあさあ、そろそろ注文をしようよ! 最初は何から頼む? 豚トロ? カルビ? いきなりハチノスなんてのも乙かもね!
ハギノさんが前のことを思い出したら面倒だからな。とにかく食べることに専念させなきゃ。
そ、そうだな。とにもかくにも焼くか。
じゃあ店員さんを呼ぶね。メニューは各自アラカルトで自由に注文していくってことで。
カルビ!
上ミノ!
ホルモンダ!
カイノミ!
ハラミ!
コブクロ!
レバーダ!
僕らはどんどん注文をしていった。
テーブルは一気に皿でひしめくことになった。
さっそく片っ端から焼いていくダ。焼き肉は初体験だが、美味しいと評判だから楽しみにしていたダ。
そう言ってラムダは自分の箸で
皿からカルビを取り分けようとした――
キエエエーイ! 何をやっとるか、この女!
……な、なんダ?
生肉を自分の箸で取り分ける奴があるか! 菌のついた箸を口にすることになるんだぞ!
なんのためにトングがあると思っているんだ! 大きな箸かと思ったか!?
おまえには任せられん! 焼く係は私が全て受け持つ! 異論はないな!? 私はない! 決定だ!
……星野亘。こいつの言っていることは正しいのか?
……確かに彼女の注意は正しい。ここはハギノさんにお願いした方がいいかもしれない。
それからの荻野さんが焼き肉奉行を務めた。
自分から名乗り出るだけあって、
配置、裏返すタイミング、どれもが完璧だった。
さあさあ、星野氏。食べたまえ。そんな細い体ではこれからやっていけないぞ。栄養を蓄えるんだ。
荻野さんは僕の皿に次々と焼けた肉をよそってくれた。
あ、ありがとう。ハギノさんって気が効くんだね。
そ、そうだろうか? あと私の本当の名前はオギ……
いただくダ。
ラムダは僕の取り皿から肉をヒョイと持っていった。
キエエエエエエーーーーイ!!!
荻野さんが再びラムダの手を叩き落とした。
なんなのダ。さっきから。
それは私が星野氏のために取り分けてあげたハラミ! おまえのものじゃない! あと人の皿から肉を取るな! 品がないぞ!
なぜ我には取り分けてくれない? 星野亘よりも我の方がたくさん食べたいのダ。
自分で取れよ! 自分で! セルフサービスだよ!
……って、なんだか前にもこいつと喧嘩をした気がするけど、デジャブってやつか?
ヤバイなー。なんか場が荒れてきたぞ。
ま、まあまあ、ハギノさん。落ち着いて。この子、ちょっと世間知らずでさ。手間をかけさせて悪いんだけど、僕よりも彼女に肉を食べさせてあげられないかな?
星野氏がそう言うなら致し方ないが……
そうだ! いいことを思いついてしまった。
荻野さんは新しい肉を鉄板に敷いた。
肉はあっという間に焼き上がった。
荻野さんは手際よくラムダの皿に肉をよそった。
さあ、存分に食べたまえ。絶妙な火加減で焼いてあげたから。
感謝ダ。……が、しかし、この肉はまだヌルヌルするところがある気がするダ。
大丈夫、大丈夫。レア風味だからな。焼き肉というのは火を通しすぎると逆に味が落ちるんだ。それくらいがベストなんだ。
……実はそれは豚肉で、本当は中までしっかり火を通さないといけないんだけどな。腹を壊してぶちまけて泣き叫べ!
……やっぱりこれはおかしいダ。
ピーーーーッ!
……………
あーあ、また前と同じ展開かー。
そう思ったが、ラムダのブルーレイは
荻野さんではなく皿の上の肉に照射されていた。
火がしっかり通っていなかったから、自分で焼いダ。セルフ・サービス、ダ。
っていうか、その光、いろいろ用途がありすぎ!
一方、荻野さんはガクガクと震えていた。
……お、思い出した。私は以前、星野氏の家でこいつに頭を撃たれたんだった……
ハギノさん、ゴメン。騙すつもりはなかったんだけど。
……か、帰っても、いい?
すっかり怖がっている。なんだか不憫になってきた。
ラムダ。帰してあげてもいいよね?
却下ダ。そいつがいないと支払いができない。星野亘は金欠だからこいつの誘いに応じダ。違うか?
まあ、そうなんだけどさ。でも怖がってるのを無理に引き止めるのも悪いよ。
……ク、クーポンは置いていくから。
では、こうダ。
ピーーーーッ!
ブルーレイは今度こそ荻野さんの額を撃ち抜いた。
すると彼女の表情がみるみる明るくなった。
もう何も怖くない。私は星野氏のことを愛している荻野月子。彼と二人っきりで会いたくて、自腹を切って焼き肉に誘った。財布には厳しいけど後悔はしていない。
脳を活性化させてポジティブにしたダ。結果的に思ったことをなんでも口にするようにもなったダ。
ここは全部、奢りでよかっダか?
了解した。星野氏が喜ぶのなら私はどんな犠牲も厭わないのだから。
いやいや、それ明らかに人格改造されてるだろ? ハギノさんが僕のこと好きなわけないじゃないか。
本当なんダが……信じないならそれでもいい。だが、支払いはどうするダ?
…………………
……ぶっちゃけ、ゴチになりたいです。
自分を好きな女の好意は否定し、食事はしっかりたかるとは、星野亘もなかなか肝の太いやつダ。
悔しい! でも私は負けない! 絶対に星野氏に振り向いてもらう! そして私はオギノ!
その日の食費は合わせて2万円オーバー。
でも僕の負担はゼロだった。
ありがとう。今回もハギノさんのおかげで地球は救われたよ。
ちなみに荻野さんのテンションは
3日後には普通に戻っていたようだった。
――次回、
第二の使者、イプシロン