ラムダが押しかけてきてから一週間目のことだった。
今日は僕が料理を作ってあげるよ!
なん…ダと?
ラムダが押しかけてきてから一週間目のことだった。
しかし星野亘は料理は苦手ではなかったのか?
確かにその通りだった。
だからこれまでの食事は外食か出来合いのもので
ほとんど済ませてきていたのだった。
だけどそれもそろそろ限界! このままでは……仕送りがゼロになってしまう!
もちろんラムダに食費のことを相談してみたんだ。でも……
それは二日前のこと――
ウィー。我は満腹ダ。この牛丼という食べ物、実に気に入っダ。持ち帰りもできて極めて嬉しいダ。
まさかギガ盛りを頼まれるとは……。安く済ませるつもりだったのに、完全に裏目に出てしまった。
あのー、食費って払ってもらえないのかな?
食費とはなんダ?
要するにお金だね。
我は宇宙人ダ。地球の通貨は所持していない。
じゃあアルバイトをするなりして、多少は稼いできてもらえないかな?
僕もただの一介の大学生だからさ。決してお金に余裕があるわけじゃな……
ピシャオウ!!!
ピシャオウ? なんか変な音が……って、あれ?
ラムダのブレーレイが僕の頬をかすめていた。
……星野亘は自分の立場を忘れダか?
そもそもこんな状況になっているのはなぜダ? 我の温情を忘れダか? それを言うに事欠いて働けダ?
我のことをニート扱いするとは……許さん…許さんダ……。それだけは言っちゃならんダ……。我はニートとは違うんダ!
ごめんなさい!ごめんさい!ごめんなさい!僕が全面的に間違ってました!!!(ヤッバー。また地雷を踏んだっぽいよ)
……というのが二日前。
要するにラムダには金銭面で全く頼れないのだ。
とりあえず食材を適当に買ってきたぞ。これからは自炊系男子になるんだ。
しかし当然の摂理なのだが、
食材があるだけでは料理は出来上がったりはしない。
うーん。それにしても全然メニューを思いつかない! これは素直に人に聞いた方が早いな。
僕は荻野月子さんに電話をかけることにした。
実は彼女は料理が上手いらしいという噂を
以前、大学で聞いたことがあったからだ。
それに彼女がラムダに撃たれた後、どうなったのかそろそろ確かめておかないといけないからなあ。
あ! もしもし、ハギノさん?
オギノだっての!
良かった! 普通に戻っていたんだね!
はあ? 何それ? まるで私が普通じゃないみたいじゃない!
いや、こっちの話。覚えてないならいいんだよ。
ところでちょっと聞きたいんだけど、初心者でも簡単に作れる料理って何だろう?
レトルトかインスタントであろう。
身も蓋もないなー。意地悪しないで真面目に答えてよ。ハギノさんを頼って電話したんだからさ。
私のことを……頼って? ……頼って? ……頼って?……頼って?……頼って? ……それって愛?
致し方あるまい。面倒だが今から私が直々に指南しに行ってあげよう。
いや、家はいいよ。早く作りたいから電話でお願いしたいんだ。(来られたら先週の二の舞いだからなあ)
……そうか。では口頭で。例えば豚の生姜焼きなんてどうだろう?
荻野さんのテンションが下がったように聞こえたが、
荻野さんは豚の生姜焼きのレシピを紹介してくれた。
なるほど、へー、わかりやすいね!
彼女の説明は上手く、料理をしたことのない僕でも
簡単に豚の生姜焼きを作れるような気になった。
ありがとう! おかげでプロ級の料理ができそうだよ。流石だね、ハギノさん!
ふ、ふん。こんな簡単なレシピを教えたくらいで感謝するとは、おまえも安価な男だな。ちなみに私の名前はオギ……
僕はすぐに通話を切り、料理にとりかかった。
よーし! レシピを聞いたらなんか適当に焼くだけみたいだし、チャッチャと済ませてしまうぞ。
手間も時間もかからず、それでいてお金も節約できる。手料理ってなんて素敵なことなんだろう!
ところが説明を聞いて理解するのと、
それを実践するのとはまったく別の問題だった。
……おかしい。ハギノさんのレシピでは5分で完成しているはずだったのに、まだ何一つとして形になっていないぞ?
ハギノさん、別のレシピと間違ったんじゃなかろうか? フランス料理のフルコースとかさ。
夕食はまだダ?
うわっ! ……って、もうそんな時間?
そうダ。夕食の平均開始時刻は既に大幅にオーバーしてしまっている。
……え? じゃ、じゃあ、地球は……もう?
本来であればもう消滅している。ただし、我もそこまで非情ではないつもりダ。
星野亘が我のために料理に奮闘しているのは伝わってきダ。お腹は空いたが、今日は特別に完成を待ってやろう。
……ラ、ラムダ。
手が止まっている。早くするダ。
あ、ハイ。
急かされはしたが、僕はけっこう嬉しかった。
今まで人の都合をまったく聞き入れないラムダが、
僕のために初めて妥協してくれたのだ。
こうなったらとびきり美味しい料理を完成させてやるぞ! ラムダのために!
それから僕は過去最大級にがんばった。
彼女に喜んでもらいたい一心で
慣れない調理器具を懸命に振るった。
料理が完成した時は外はすっかり暗くなり、
空には煌々とした月がのぼっていた。
……ゴメンッ! 思った以上に時間がかかちゃって!
確かに想像以上だっダ。待つとは言ったが、よもやこんなに待たされるとは思いもよらなんダ。
だが、星野亘の努力する姿は悪くはなかっダぞ。さあ、いただこうではないか。
……ど、どうかな? 美味しいかな?
こ、これは……!
その時、外で大きな音がした。
窓の外では鮮やかな色の花火が打ち上がっていた。
うわあ、凄い。キレイだなあ。
まるで僕の初めての手料理を祝福してくれているかのようだ。
星野亘。
ハイ!(……あ、なんか笑ってる)
……なんダ、これは?
え? 豚の生姜焼きだけど?
豚の飼料の間違いではないのか?
え、ええーっ? 酷いなあ。そんなに不味い? 僕、腕によりをかけて頑張ったのに!
……あ、クッソ不味いな、これは。なんかザラザラする。飲み下せない。ベオー。
星野亘が我のために努力した姿勢は認めよう。だがしかし、ダ。こんなものを我に食べさせた報いは受けてもらう。
え、えええ? そ、それってもしかして……
安心しろ。破壊するのは地球ではない。地球人が地球の次に大切にしているものダ。
……地球の次?
ツキ、ダ。
スキ?
月ダ。今、外で輝いているのは花火ではない。粉砕された月の破片が地球の大気圏で燃え上がっている光景ダ。
月が……燃えて……えええ?
ラムダの言葉は嘘ではなかった。
外の光が消えると、さっきまで空に上っていたはずの
月がどこにも見当たらなくなっていた。
僕の手料理が不味かったから、月が消滅した……?
そうダ。以後、気をつけて我に食事を提供するように。
外食もダメ! 手料理もダメ! そして月は消滅! 僕は、僕はどうすればいいんだ!?
――次回、
人の金で焼き肉が食べたい!