時刻は17時。
夕食の買い出しにでかけようとしたところ、
ラムダが一緒に出かけたいと言い出したのだった。
本当に見えていないんだろうね?
案ずるな。ステルスコーティングは確実に作動している。我は今、地球人の一般的な服装をしているように周りには映っているはずダ。
でも、さっきからやたらと通行人が振り返ってくる気がするんだけど……
それは我の見目が麗しいからダ。顔は補正してないから、致し方ないことダ。
……あ、そうですか(というか頭の飾りはちゃんと隠されてるのかな?)
時刻は17時。
夕食の買い出しにでかけようとしたところ、
ラムダが一緒に出かけたいと言い出したのだった。
本当は断りたかった。この子、かなりのムラッ気だから。いつまた地球を壊すとか言い出すかわからないし。
でも、まあ、外食で済ませられるなら、それが一番楽で確実なんだよな。
星野亘。
あ、ハイ。(フルネームで呼び捨てなのか)
そこの角にある“回転寿司”とはなんダ?
ああ。それはお寿司という、ご飯の上に魚介類を乗せて握った食べ物なんだ。気軽に食べられるようにお皿が回ってくるんだ。
それは自転なのか? 公転なのか?
え? えーと、どうだろう。寿司職人を中心と考えれば公転なのかな? でも皿も時には回ったりもするかも……。っていうか、そこ重要?
星間移動する者としてはわりとプライオリティが高めの問題ダ。
まさか星野亘はそんなことも理解できない低能ダというのか?
なんかナチュラルにディスられたなー。でもこんなことで怒っちゃいけない。心を広く持たないと。
百聞は一見にしかず。料理も一食にしかず。とりあえず入ってみようか?
望むところダ。
僕らは回転寿司の店に入り、カウンター席に並んだ。
ベ、ベルトコンベアーが稼働している!? ここは工場か? 工員用の食堂なのか?
違うよ。このレーンにお寿司が乗って回ってくるんだよ。
ここはやって見せた方が早いな……。お、ちょうど僕の好きなエンガワが回ってきた。脂のノリも良さそうだね。
……うん、イケる。プリプリでジューシーだ!シャリも魚沼産のコシヒカリを使ってるね!
……………
やってみなよ。どれを取っても一皿100円だからさ。あ、ただし金の皿はだけ取らないようにね。(高いからなー)
わ、わかっダ。トライしてみるダ。
ちょうどよく艶やかな甘エビが回ってきた。
ラムダはおずおずと手を伸ばした。
しかしタイミングに慣れていなかったのか、
皿はラムダの指をすり抜けていった。
……ナ、なんダ、この状況ハ。
あ、これなんかヤバイやつじゃね!
僕は慌ててフォローに入った。
大丈夫だよ、大丈夫! ネタは他に回ってるし、待っていれば一周して戻って来るから! 回転寿司はやり直しが効くんだよ!
……戻ってくる? 時間を巻き戻せるのか?地球の文明レベルにしては突出したテクノロジーを駆使してるんダな。
ベルトコンベアーが循環してるだけだよ。あ、ホラ、また甘エビが来た! さっきのより質が良さそうなやつだ。きっと握り立てだよ!
今度こそ逃さないんダ。
しかし皿はまたしてもラムダの手をすり抜けていった。
あっれー。意外と不器用なのかもしれないぞ、この子。
……く、屈辱ダ。メンタルがゲシュタルト崩壊しそうダ。
あ、ますますヤバそう。またフォローを入れておかな……
僕がそう思った瞬間だった。
時空に亀裂が入ったような音が頭の中で響いた。
グニャリ、と風景が歪み、周りの客の動きが止まった。
そんな中、寿司のレーンだけが逆戻りを始めた。
……じ、時間が、逆回転している!?
今度こそ、取っダど!
ラムダが甘エビを皿を取った瞬間、
その妙な感覚は終わり、周囲も通常に戻った。
ちょ、ちょ、ちょっと! 今、何かしただろう?
お寿司、とっても美味しいダ! これは善きものダ!
うん。お寿司は美味しいからね。日本を代表する料理なんだよ。
……っていうか、それより先に説明を頼むよ。なんか時空がギューンってなったよ? 君の仕業だよね?
ああ。時空に局所的に干渉したんダ。心配するな。川の流れを一時的に堰き止め、逆流させたようなものでしかない。
簡単に言うなー。その能力はたぶんこの地球にとってはノーベル賞ものだよ? ……まあ、君にとっては些細なことかもしれないけど。
そうでもない。時間干渉を行うとエネルギーが通常時よりも大量に消費される。リスクはそれ相応にあるダ。
どんな?
いつもよりお腹が空く。だからこれからたくさん食べるんダ。
幸い、今のことで回転寿司のタイミングは小数点第千位まで把握しダ。金輪際、取り逃すようなことはない。
なんかいろいろヤバそうだけど、あまり深く考えちゃダメだな。
食事に満足はしてるようだし、今回もとりあえず滅亡の危機は免れたみたいだし。それだけでもここは良しとしよう。
それからラムダの食べっぷりは凄かった。
レーンの上の寿司を彼女は次々とたいらげていった。
身も心もかなり満たされダ。あと1、2皿で終わりにするダ。
それは良かった。僕もそろそろ食べ終えようと思っていたところなんだ。
よし。僕は最後に金の皿の生ウニで締めよう。すいませーん。生ウニ、お願いします!
ヘイ! 生ウニだね! お待ち!
ん? なんだそれは?
ああ。注文だよ。食べたいネタがレーンにない場合、店員さんに直に握ってもらうことができるんだ。
そういう上級テクニックもあるのか。我もトライしてみるダ。
金の皿でもいいのか?
まあ、最後の一皿くらいだったらね。
すいませーんダ。ぼたんエビをお願いダ。
こっちにビントロ、はまち、ハンバーグ、ほたてを二枚ずつな!
不幸にも他の客の注文と被ってしまった。
……なんダ? オーダーは正しく受理されたのか?
あー。たぶん、他の人のせいで店員さんに届かなかったんだと思う。聞こえていたら復唱してくるはずだから。
そうか。それでは再トライするダ。
すいませーんダ。ぼたんエビをお願いダ。
えび天ずし2枚! おくら納豆1枚! あぶりチーズサーモン2枚! エビカニロール!
…………ッ!?
またしてもヤバイ!
ラムダは周りの客の時間を止めた。
今度こそ、ぼたんエビをよろしくダ。
唯一時間を止められていなかった店員は
困惑しつつもラムダの注文を受けた。
……??? へ、へい!? ぼたんエビお待ち!
店員がぼたんエビを握り終えると、
その不思議な時空は現実に戻った。
身が厚くてとっても美味しいダ。流石は金の皿ダ。回転寿司、大好きになったダ。
……え、でも、今、時間を止めたってことは?
エネルギーを消費してしまったので、また最初から食べ直しダ。
……こんなんじゃ地球よりも先に、僕の財布の方が滅亡してしまうッ!!!
回転寿司は廻る。ぐるぐる、ぐるぐると……。
――次回
自炊系男子に僕はなる