あのあと、どうなったのかよく覚えていない。

いずれにしても、僕はミューリエとともに
洞窟の入口まで戻ってきたことだけは
確かだった。

もちろん、途中に遭遇したモンスターは
相変わらず彼女が倒した。
――それだけは間違いないと思う。



我ながら……情けない……。
 

アレス

はぁ……。

ミューリエ

これからどうするつもりだ?
タックとやらの忠告通り、
旅を諦めて故郷へ帰るか?

アレス

それは……

 
故郷へ帰るとしても、
どの面下げて戻ればいいんだろう。

ジフテルさんたちのことだって
聞かれるだろうし……。

旅費を取られた挙げ句に見捨てられたなんて、
とてもじゃないけど言えない。

――なにより、
長老様の顔を潰してしまいかねない。

それならいっそ、モンスターと戦って死のうか?
でもミューリエが一緒にいる限り、
相手がよほど強力なモンスターじゃなければ
それも不可能だろうな……。
 

ミューリエ

そうだ、アレス。
悪いがお前の返答次第では
一緒に旅をするのは
ここまでとさせてもらう。

アレス

えっ!?

ミューリエ

洞窟での言動を見て、
アレスに対しての興味が
少し失せた。
理由は自分で考えろ。

ミューリエ

……少し時間をやる。
日没までに答えを聞かせてくれ。
私は街道との分岐点で待っている。

ミューリエ

もしかしたら、
この返答はお前のこれからの人生を
大きく左右するかもしれん。
それだけは言っておく……。

アレス

あ……

 
ミューリエはスタスタと歩いて、
行ってしまった。

 

 
何がいけなかったんだろう?

モンスターとの戦いを
任せっきりにしてしまったことだろうか?

タックの試練に尻込みしてしまったことだろうか?

剣を振るう僕の姿が無様だったからだろうか?



くそぉ、思い当たることが多すぎる……。

それにミューリエが怒った原因が
分かったとして、
僕はこれからどんな選択を
すればいいんだろう……。
 

アレス

あ……。

 
地面にポタリと雫が落ちた。

 
あれ……? 雨?
でも、空は快晴で日差しも強い。雲はない。


え?
これは……涙……?

 

アレス

うっ……くぅっ……

 
僕の目から、いつの間にか涙がこぼれていた。
手の甲で拭っても拭っても、
止め処なく溢れてくる。


なんで……?
なんでこんなに涙が出るんだ?


ひぐっ……うぅ……ううううっ!
 

アレス

あああああああぁーっ!



もう感情が抑えきれなかった。


大声で泣いた。とにかく泣いた。


周りに誰もいなくてよかった。
こんなみっともない姿、
誰にも見られたくない!

 

アレス

え……

 
誰にも……見られたくない?
僕はなぜそんな気持ちになってるんだ?

別に泣いてる姿くらい、
見られたっていいじゃないか。


――でも思い返してみると、
僕ってこんなに泣いたことがあったっけ?

幼いころに両親が亡くなった時だって、
こんなに泣いたような記憶はない。
 
 
それなのに……なぜ……。
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
 

タック

お前は、勇者失格だっ!

 
 
 
 
 
 

 
 
 

アレス

あ……。


ふと、
僕の頭の中に、
タックさんから突きつけられた言葉が
強く思い浮かぶ。


あれは……かなりキツかったなぁ……。
 

アレス

勇者……失格……

アレス

っ!?



……そうか、そういうことだったのか。
ようやく……気がついた……。

涙が出た理由も、
僕が今まで何を心の奥に秘めてきたのかも。



そうだ、僕は無意識のうちに、
勇者の末裔としての誇りを
持ち続けていたんだ。
 
 
 

その誇りは心の片隅に、
砂粒くらいに小さいものかもしれないけど
確実にあったんじゃないだろうか?

だからみんなの前では泣かなかったし、
嫌々ながらにも旅に出た。


村に戻れないなんて思ったのも
そういうことだ。

別に人のことなんて気にせず、
村に戻って細々と生きていたって
別にいいはずだ。

――でも僕はそれだけは嫌だった。



そういうのも全て、
勇者の末裔としての『誇り』が
心の根本にあったからかもしれない。
 

 
そうだ、きっとそうなんだ!
ならば僕の道はただひとつ。戦って死ぬ。

――いや、それもダメだ。


僕は勇者だ!
魔王を倒して、
村へ生きて帰らなきゃいけない!

 

アレス

――よしっ!

 
 
 

 
 
 
 
 

 
僕は街道との分岐点へ移動した。
周囲を見回し、ミューリエの姿を探す。

すると彼女は街道脇にある大木の根元で、
目を瞑って座していた。
おそらく精神統一でもしていたのだろう。
 

アレス

ミューリエ!

ミューリエ

ん?

 
目を開き、顔を上げたミューリエは、
僕の顔を見るなり驚嘆したような表情をした。
 

ミューリエ

ほぅ、
少し顔つきが変わったな?

アレス

ミューリエ、頼みがある。
僕に剣の稽古を
つけてくれないか?

ミューリエ

なんだと?

アレス

勇者の試練を乗り越えたいんだ!

ミューリエ

それは構わんが、
一朝一夕で上達はせんぞ?

アレス

だからこれから、
毎日少しずつでも
稽古をつけてほしい!

ミューリエ

……それは私がアレスと
これからも旅を続けるという
前提の話だろう?

 
疲れたような声でそう言うと、
ミューリエは深いため息をつく。
 

アレス

えっ?

ミューリエ

アレスはこれからどうしたいのか?
その答えを聞かせてほしい。
一緒に旅を続けるかどうかは、
その返答次第だと言ったはずだ。

 
そうだった。

でも僕は決意したんだ、魔王を倒すって。
ミューリエだってそれを聞けば、
きっと共感してくれるはずだ。

もう迷いなんかない。
一世一代の僕の決意、今こそ見せる時だ!
 

アレス

僕は試練を全て乗り越えて、
魔王と対決する!
そして倒す!

 
ミューリエの瞳を真っ直ぐに見つめながら、
力強く言い放った。
この言葉は口だけじゃない。

男は一度口にしたことは覆しちゃいけないって、
どこかで聞いたような気がする。
それを貫き通す覚悟も意志もある。


僕の心、ミューリエに届いてくれっ!
 

ミューリエ

そうか……。

ミューリエ

それなら私はお前と
旅を続けることはできない!

アレス

なっ……!?

 
ミューリエからの返事は、
僕の想いとは裏腹なものだった。


聞き間違いようのない、ハッキリとした声――。

この突きつけられた非情なる現実に、
僕は言葉を失い、呆然とするのだった……。
 




次回へ続く!
 

第7幕 心の奥にあったもの

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