僕とミューリエは『試練の洞窟』へ辿り着いた。
入口の外見は自然にできた鍾乳洞のようで、
人の手が加わった様子は感じられなかった。
ただ、中へ入って少し進むと、
地面が均されていたり、
壁を削ったような痕跡があったりする。
やはり誰かの手が加わっているようだ。
それにしても、この先には何があるんだろう?
僕とミューリエは『試練の洞窟』へ辿り着いた。
入口の外見は自然にできた鍾乳洞のようで、
人の手が加わった様子は感じられなかった。
ただ、中へ入って少し進むと、
地面が均されていたり、
壁を削ったような痕跡があったりする。
やはり誰かの手が加わっているようだ。
それにしても、この先には何があるんだろう?
だいぶ奥まで来たね?
そうだな。
ところで、アレス。
帰り道は分かっているのか?
えっ?
……しまった!
初めての洞窟ということで緊張しちゃって、
先へ進むことで頭がいっぱい。
だから帰る時のことまで気が回らなかった。
道しるべになる目印を定期的に付けるとか、
豆粒を落としながら歩くとか、
何らかの工夫をすればよかったなぁ。
こういう時はどう対処すればいいんだ?
どうしよう、
今まで分かれ道が何か所かあったような気がする。
でも、明確には覚えていない……。
あ……あはは……
どうしよう……
分かんないや……
やれやれ……
こういう場所を進む時は、
マッピング(地図の記録)を
するのが基本だぞ?
ミューリエは呆れ顔で、深いため息をついた。
僕に向けられた視線も、なんだか痛く感じる。
責めている訳じゃないんだろうけど、
やっぱり落ち込むなぁ……。
知らなかった……ゴメン……
気にするな。
そんな感じだったから、
今回は私が道順を記憶している。
ただ、今後はアレスが自分で
マッピングをするのだぞ?
分かった。
……む?
ミューリエは急に立ち止まり、
すかさず自分の腰に差している剣に手をかけた。
表情は険しくなって、
しきりに辺りを警戒している。
目の運びや全身の動きは洗練されていて、
動きにムダがない感じ。
こういうのを隙がないって言うのだろう。
その様子を見る限り、
不穏な何かを感じ取ったんだろうな。
そういえば、
右上の方に嫌な気配がするような……。
うわぁっ!
ミューリエ、右の天井!!
モンスターがいるよぉっ!!!
僕は思わず腰を抜かして、
後ろへ尻餅をついてしまった。
そのまま後ずさりをしながら、
小刻みに震える指でその場所を指し示す。
するとミューリエは
即座にその方向へ視線を向け、
今にも剣を抜かんとする。
でもなぜかすぐに表情が緩み、
小さく息をついた。
私よりも先に見つけるとは、
大したものだな、アレス。
だが――
そこまで言ったところで、
ミューリエは僕に白い眼を向けてくる。
いくらなんでも驚きすぎだ。
あれは最下級モンスターの
『スライム』だぞ?
普通の人間だって、
倒すのは難しくない相手だ。
だ、だってっ、
モンスターと戦ったことなんて
ないもんっ!
僕の住んでいた村の近くには
モンスターがほとんどいなかったし、
僕は村から遠くへ出ることも滅多になかった。
動物はたくさんいたけど、
遭遇してもあの不思議な力のおかげで
危険を回避できたしね。
ただ、それでも幼いころに一度だけ、
誤って迷い込んだ山の中で
何かのモンスターに遭遇したことがある。
恐ろしいという記憶ばかりが強くて、
どんなヤツだったかは思い出せない。
そいつには不思議な力が全く通じなかった。
それはハッキリと覚えている。
どんなに念じても離れていってくれなくて、
ただただ怖かった。
あの時、
もしお父さんが助けに来てくれなかったら
やられていたかもしれない。
最下級でも
モンスターはモンスターだよっ!
仕方のないヤツだ……。
では私が片付けるぞ?
よいな?
うん!
ミューリエはスライムのいるところまで
歩み寄ると、
剣を抜いて軽く構えた。
切っ先はスライムの中心を向き、
そのまま突き刺せばおそらくそれで終わる。
でも彼女は剣を構えたまま、
なぜか僕の方を向いた。
どうしたの?
今回は殺すのを止めないのだな?
だってモンスターは、
動物や虫とは違うよ。
生き物じゃないもんっ!
念も通じないし……。
…………。
そうか……。
ミューリエはなぜか悲しそうな目で僕を見ながら、
そうポツリと呟いた。
そしてそのまま剣を突き刺し、
スライムは絶命する。
ミューリエ、どうしたんだろう?
僕、何かおかしなことでも言ったのかな?
助かった……。
ミューリエがいてくれて
良かったよ!
……行くぞ。
僕は笑顔でミューリエに声をかけたんだけど、
彼女はどことなく素っ気ない態度で
スタスタと先に歩き始めてしまった。
こちらを振り向こうともしない。
慌てて走ってすぐ横まで追いついたんだけど、
それ以降は何を話しかけても
相槌を打つくらいの反応しか返ってこなかった。
それからしばらくして、
今度は真っ正面からモンスターが現れる。
ヒッ!
僕は両腕で頭を防御しつつ、
壁際にしゃがんで小さく丸まった。
今度はどうする?
倒していいのか?
どことなく無機質な感じがするミューリエの声。
もしかしたら、
臆病な僕の姿を見て呆れているのかな?
でも相手は凶悪なモンスター。
怖がってもおかしいことじゃない。
うん、お願いするよ。
だが、
あれはモンスターではあるが、
獣に近しい存在だ。
それでも殺して良いのか?
モンスターには
変わりないんでしょ?
だったら倒しちゃってよ!
…………。
ミューリエはあっさりとモンスターを倒した。
ただ、今回はそのあと無言のまま、
早足で先に歩いていってしまう。
まるで僕の存在なんかそこにはなくて、
1人で旅をしているかのような感じ。
意識すら向けようとしてくれない。
まるで僕らの間に壁ができたというか、
すごく距離が離れてしまったような気がした。
――どうしてこんな風になっちゃったんだろう?
とはいえ、
今の僕にはミューリエに付いていくほかに
選択肢なんてない。
だから急いで追いつき、
一緒に洞窟の奥へと進んでいくのだった。
あっ、前方が開けてるみたい……。
やがて僕たちはかなり広い空間へ出た。
地面や壁、天井などはきれいに加工されている。
自然の洞窟をちょっといじっただけの、
今まで歩いてきた通路とは明らかに違う。
程なく僕はその空間の隅で、
岩に腰掛けている人影に気がついた。
誰かいる……。
歩み寄ってみると、
そこにいたのはエルフ族らしき男の子だった。
外見はかなり幼い感じだけど、
エルフ族みたいに長命な種族なら
僕より遥か年上ということも充分あり得る。
彼は僕たちを見ると、
ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
へぇ……
これはこれは……。
面白そうなコンビだねぇ?
…………
男の子の言葉に、
ミューリエは何の反応も示さない。
あの、僕はアレスといいます。
それで――
勇者の血をひいてるってんだろ?
オイラには気配で分かるさ。
そして『勇者に必要なもの』を
手に入れに来た。
お前がここに来る目的なんて、
それくらいしかないだろうからね。
あなたは、なぜそのことを?
オイラの名前はタック。
『勇者の証』のひとつを授ける
審判者さ。
勇者の証……?
世界には試練の洞窟が5つある。
それぞれに審判者がいて、
勇者だと認めた者に証を与える。
その5つ全てが集まって初めて、
魔王と対等に戦える力を
得られるのさ。
……ふふっ。
タックさんはニヤニヤしながら、
チラリと視線をミューリエに向けた。
どことなく得意気な顔をしているのは、
一般人の彼女が知らないであろう知識を披露して
優越感に浸っているということなのかもしれない。
ほぉ……。
今回はミューリエも反応を示し、
素直に興味深げな声を上げた。
――あっ!
そういえば、
ミューリエには僕が勇者の末裔だって
明かしてなかったような気がするっ!
簡単にでも、取り急ぎ説明しないとっ!
あのっ、ミューリエ!
今まで黙っててゴメン!
実は僕は勇者の血をひいていて――
なんとなくそんな気はしていた。
僕の言葉を途中で遮り、
ミューリエはクスクスと笑いながら言った。
それにしても、
久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がする。
旅に同行させてほしいと問いかけた時、
魔王を倒しに行くとか
言っていただろう?
それにあの不思議な力。
普通の人間ではないと、
察しはつくさ。
ま、話をするには
タイミングってのがあるもんだ。
貴様は話に入ってくるな!
ミューリエは敵意に満ちた瞳で
タックさんを睨み付けた。
するとタックさんはペロッと舌を出して、
おちょくるようにケラケラと笑う。
あのっ、タックさん。
あなたに認めてもらうには
どうすればいいんですか?
あははっ!
オイラの試練はすっごく単純で
めちゃくちゃ簡単!!
オイラが召喚する
鎧の騎士を倒せばいいのさ。
剣でも魔法でも、なんでもいい。
その手段は問わない。
――ただし、キミ1人でね。
えぇええええぇーっ!?
そんなに驚くことかい?
だってそっちの彼女が手伝ったら、
試練にならないでしょ?
そう思うよねぇ、彼女?
気安く私に話しかけるな!
貴様と馴れ合う気などないッ!
おぉ~、怖ぁ~♪
見た限り、
タックさんには反省している様子がなかった。
むしろわざとやって、楽しんでいる感じ。
命知らずというか、
ミューリエの実力を
知らないからなんだろうなぁ。
ゲンコツですら相当痛いんだから、
本気で怒らせたらどうなることか……。
んじゃ、さっさと始めよっか?
タックさんはヒョイッと立ち上がると、
指で空中に印を描こうとした。
あれってもしかして、
鎧の騎士を召喚するための何かかな?
――えぇっ!? こんなにいきなりなのっ?
ちょっ、ちょっと待ってよ!
まだ心の準備がっ!
それにもし、
やられちゃったら……。
大丈夫。
この空間にいる限り、
鎧の騎士はキミの命を奪えない。
そう契約されてる。
ただし、
瀕死の重傷を食らわせられる
ってことはありえるけどね~☆
何でこの人はそういう大変なことを、
楽しげに面白おかしく言うんだろうっ?
僕の身にもなってよぉ……。
それに戦いなんて、
僕にできるわけがないじゃないか!
はうぅ……。
まっ、やりたくないなら、
それでもいいよ。
オイラは別に困らないし。
もし試練を受ける気になったら
声をかけてよ。
そう言われても、
戦って勝つなんて……
そんなに自信がないの?
じゃ、試しにオイラが腕を見てやるよ。
全力でかかってきていいよ?
オイラ、こう見えて結構強いから。
…………
僕はどうすればいいのかを考え込んでいた。
腕を見るだけということなら、
やってみるのも悪くはないかもしれない。
ただ、今の今まで
マトモに剣を振るったことなんて
一度たりともないのだ。
できるのは、
見よう見まねで振り回すことくらい。
万が一にもタックさんに怪我をさせちゃったら
悪いし……。
アレス、やってみたらどうだ?
不意にミューリエが僕に声をかけてきた。
えっ?
このままでは勇者の証とやらは、
手に入らんぞ?
それに己の全てを
振り絞ったならば、
よもやということも
あるかもしれん。
よ、よぅし……
ミューリエの言葉が僕の背中を押した。
覚悟を決め、旅に出て初めて剣を抜く。
両手でしっかりと握り、
重さと束の冷たさをしっかりと感じ取る。
そして剣を振り上げたまま、
タックさんへ向かって全速力で突進だ!
とりゃあああああぁっ!
お前……の意味を……って……い……
ん?
今、後ろでミューリエが何か言ったような……。
それとも気のせいかな?
――まぁ、いいや。今は戦いに集中だ!
うぉおおおおおぉっ!
……え?
どんどんタックさんとの距離が縮んでいく。
ただ、依然としてタックさんは
キョトンとしたまま
棒立ちをしているだけだった。
やがて彼がこちらの間合いに入り、
僕は剣を思いっきり振り下ろす。
よっと……。
うわわわわぁっ!
剣を振り下ろしている途中で、
タックさんはヒラリと体を翻して
一撃をかわした。
いとも簡単に、造作もなく。
一方、それでバランスを崩した僕は足がもつれ、
前方へうつ伏せになる形で盛大に転んだ。
剣は手から離れ、
乾いた金属音がフロア内に響く。
イテテテテ……。
あのさ、それ本気じゃないよね?
ギャグだよね?
う……
タックさんの冷めたような声――。
でも僕は何も言えなかった。
だって今のは本気も本気、
僕の全力だったんだから。
ギャグなんかじゃない。
剣を握る力も、走るスピードも、
体の使い方も、
倒してやろうという意識さえも、
あれは僕の全てを振り絞った
一撃だったんだ……。
悪いことは言わない。
故郷へ帰りな。
つーか、そんなんで
よくここまで辿り着けたな?
出遭ったモンスターは
私が全て倒したからな。
こいつは
スライム一匹倒せなかった。
マジかよっ!?
タックさんは呆れ返ったように叫んだ。
――いや、それはいい。
気になるのは、ミューリエ。
なんだか、彼女の言葉がやけに冷たく感じる。
突き放すような、蔑むような……。
でも、言っていることは事実。
僕は奥歯を強くかみしめつつ、
拳をギュッと握って堪えることしかできない。
お前、今まで剣や魔法の鍛錬は
してこなかったのか?
あ……その……
戦いは嫌いだから……
――さっさと帰れッ!
最低でも、
1人でここまで辿り着けるくらいには
強くなってから来い!
今のお前は、勇者失格だっ!
あ……
勇者失格――
その怒気混じりのタックさんの言葉を聞いた瞬間、
僕の心臓は大きく跳ねた。
さらにそれに続き、
今度は鼓動が速くなったり遅くなったりを
繰り返し始めて全然落ち着かない。
なんだか息も苦しくなってきて、
全身から冷や汗が吹き出してくる。
周りの音は、もはや何も聞こえない。
――というか、耳鳴りみたいなものがして、
自分の荒い呼吸音だけがハッキリ聞こえる。
僕はどうなっちゃったんだ?
勇者失格……か……。
次回へ続く!