シアの城下町を出た僕とミューリエは、
西方街道を歩いていた。
次の目的地は通称『試練の洞窟』。
長老様の話によると、
ここでは魔王の城へ辿り着くために必要な
何かが手に入るらしい。
だからシアの次にはそこへ行くように
言われていたんだ。
とりあえずは、
それに従って進もうと思っている。
ほかに当てもないしね……。
そ、それにしても――
歩きすぎたせいか、足が痛くなってきた。
シアの城下町を出た僕とミューリエは、
西方街道を歩いていた。
次の目的地は通称『試練の洞窟』。
長老様の話によると、
ここでは魔王の城へ辿り着くために必要な
何かが手に入るらしい。
だからシアの次にはそこへ行くように
言われていたんだ。
とりあえずは、
それに従って進もうと思っている。
ほかに当てもないしね……。
そ、それにしても――
歩きすぎたせいか、足が痛くなってきた。
はぁ……はぁ……。
もう疲れてきたのか?
町を出てから、
たかだか3時間だぞ?
本当に体力のないヤツだな……。
ご、ごめんね……。
足手まといになっちゃって……。
――っ!?
バカものッ!
――ガツンッ!!!
痛っ!
僕はミューリエから頭のてっぺんに
ゲンコツを食らった。
力を加減していないから、かなり痛い……。
はうぅ……ズキズキと痛むし、
ちょっぴり涙も滲んできたよぉ。
っていうか、見た目はか弱い女の子なのに、
そうとは思えないような強烈な力。
少しは加減してよぉ……。
私はアレスのことを
足手まといなどとは思っておらん!
それなのに自分から
そういうことを言うな!
あ……。
なぜ自分を卑下する?
そういうところは気に入らんぞ!
お前はお前のペースで
歩けばよいのだ。
私は仲間なのだぞ?
仲間……。
そうだ、仲間だ!
だから歩むスピードくらい、
合わせてやる!
仲間……か……。
その言葉を聞いたら、
胸の奥がすごく熱く感じるようになってきた。
そっか、
僕たちは仲間なんだよね……。
うん、ゴメンね。
これからは気をつける。
――っ?
叱られたのに、
やけに嬉しそうだな?
ゲンコツの当たり所が悪かったか?
どうかなっ?
変なヤツだ……。
……っ!?
っ?
不意に聞こえてきたのは、
女性の悲鳴のようだった。
――この道の少し先の方。
声の感じからすると、
かなり差し迫った危機に瀕しているっぽい。
行ってみよう!
承知した……。
僕とミューリエは即座に街道の先へ向かって
走り出した。
誰かぁ~!
ぐぉおおおおぉーんっ!
やがて前方に、
走って逃げる魔法使いの女の子と
それを追いかける巨大な熊の姿を捉えた。
彼女はこちらへ向かって逃げてきている。
ただ、熊との差はみるみる縮み、
今にも追いつかれそうな感じだ。
熊は体長3メートルを超え、
あの鋭いツメの一撃を食らおうものなら
即死してもおかしくない。
きゃっ!
最悪の事態が起きてしまった!
なんと魔法使いの子は足がもつれて
転んでしまったのだ。
ついに彼女に追いついた熊は、
おもむろに上半身を持ち上げて2本足で立ち、
両前足での攻撃態勢に入る。
バオォオオオオオォン!
このままじゃ、マズイよっ!
……任せておけ。
あの程度の獣、蹴散らしてくれる。
はぁああああぁーっ!!
ミューリエは熊の方へ全速力で駆けていった。
そして間合いが詰まったところで
腰に差した剣の束を握り、
そのまま上方へ抜きつつ大きく跳躍。
熊と魔法使いの子の間に入り、
振り下ろした剣の一閃で
熊の鋭いツメをなぎ払う!
――キィィィィーンッ!
その場に響く、乾いた金属音。
剣は前足のツメによる
熊の一撃を見事に弾き返した。
間一髪のところで、間に合ったようだ。
ミューリエは剣を構えたまま、
熊と対峙している。
っ!?
ふぇっ?
下がっていろ、邪魔だ!
う……うん……。
魔法使いの子は四つん這いで
その場からそそくさと離れた。
ミューリエは魔法使いの子が
ある程度の距離まで避難するのを察すると、
一気に前へと踏み出して次の一撃を熊に加える。
剣は熊の腹の辺りに突き刺さったかと思うと、
すぐに前足や後ろ足、顔に斬撃を加えていく。
もちろん、
それを操っているのはミューリエなんだけど、
まるで剣が自ら意思を持って
舞っているかのようだった。
――ミューリエ、すごい!
こんなにも自在に剣を操れるなんて!
せいっ!
バァオオオオオォォォーン!
熊はついに横向きに倒れた。
全身傷だらけで、かなり出血もしている。
おそらくもう抵抗はできないだろう。
フッ、他愛もない。
トドメだッ!
剣を後方に引き、
熊の心臓めがけて突き刺そうとするミューリエ。
でも……
本当にそれでいいのだろうか?
――いや、やっぱりそんなのダメだっ!
待って、ミューリエ!
僕はそう叫ぶと、ミューリエに駆け寄った。
そして剣を握る彼女の右手を掴み、
首を小さく左右に振る。
ん?
もうそれくらいでいいでしょ?
命まで取る必要はないよ……。
するとミューリエは小さく息をつき、
ゆっくりと剣を降ろした。
ただ、表情はどことなく不満げで、
何か言いたそうに僕を見つめている。
あんたバカなのっ?
こんな凶暴なの放っておいたら、
危ないわよ!
またいつか、
人間を襲うかもしれないのよっ?
魔法使いの子は強い口調でそう言うと、
僕を睨み付けていた。
確かに彼女の言い分も
理解できないわけじゃない。
でも……だからといって、
人間の都合で
熊の命を奪っていいものなのか……。
…………。
僕が考えこんでいると、
ミューリエは大きく息をついた。
アレス、
この場はお前が納めてみろ。
もしそれができないのなら、
私はこの獣にトドメを刺す。
え……?
よいな?
真っ直ぐに僕の瞳を見つめ、
返事を待っているミューリエ。
どうすればいいんだろう……。
えっと……。
よいなっ?
はいぃっ!
思わず「はい」って返事をしてしまった。
でも、どうしよう。
僕の対応次第で、
この熊は命を落とすことになる。
…………。
命を奪うなんて、やっぱりできない。
食べるためならそれも仕方ないけど、
今回はそうじゃないんだ。
よしっ、できるかどうか分からないけど、
自分にできる精一杯をぶつけてみよう!
ぐるるるる……。
僕は未だ警戒心を解かない熊に近寄り、
優しく問いかけるように想いを念じる。
お願いだから、
人間を襲うのをやめて。
僕らは敵じゃない。
…………。
あはっ♪
やったぁ!
熊が唸るのをやめた!
なんとなくだけど、
落ち着いたようにも感じられる。
警戒心を少しは解いてくれたのかもしれない。
熊に対して念じたのは初めてだけど、
やっぱり動物に対しては効果があるみたいだ。
ほぉ……。
うそっ!?
熊がおとなしくなった?
僕はさらに想いを伝え続ける――。
人間に対して
腹が立つこともあるだろうし、
いきなり攻撃してくるヤツも
いるかもしれない。
でも僕のように
戦いが嫌いだったり、
危害を加えたりしない人間もいる。
できれば争いにならない方が
お互いのためだろう?
……ごぁ……ぁ……。
だからお願いだよ、
なるべく人間を襲わないって
約束してくれないか?
…………。
その直後、熊はヨロヨロと立ち上がった。
そしておぼつかない足取りで、
静かにその場から去っていく。
怪我の程度が心配だけど、
きっと大丈夫だよね?
熊が森の奥へ帰っていく……。
なるほどな。
これが話に聞いていた、
アレスの力か……。
…………。
ふぅ~、うまくいった。
きっとあの熊は今後、
人間との争いを避けるように
してくれると思う。
あんた、一体何をしたのっ!?
何者なのっ?
説得……というか、お願いした。
何でそんなことができるのか、
自分でもよく分からないけど。
…………。
魔法使いの子は目を丸くしながら、
呆然と僕を見つめていた。
ま、驚くのは無理もないよね。
僕自身にだって、
よく分からない力なんだし……。
はぁ……。
それにしても、
ホッとしたらなんかドッと疲れが出てきた。
それになんだろ、この脱力感は?
おい、魔法使いの女。
あの程度の獣を倒せないくせに、
よく今まで旅を続けてこられたな?
ぐさっ……。
そ、その言葉は
すごく僕の胸にも突き刺さるんですけど……。
失礼ねっ!
いつもなら魔法で
簡単に倒してるわよ!
こう見えても、
そこそこの使い手なんだから!!
だったら、なぜ……?
そ、それが……
少し前から魔法がうまく制御
できなくなっちゃって……。
使えなくはないんだけど、
安定しないっていうか……。
こんなこと、初めてなんだけど。
少し前とは、どれくらいだ?
この森に入ってからかな?
シアにいた時は、
何も問題なかったんだけど……。
……そうか。
ミューリエは少し溜めを作ってから、
ポツリと言った。
何か心当たりでもあるのだろうか?
そういえば、彼女はたまに
何か悟ったような素振りをすることがあるけど、
どういうことなんだろう?
ま、考えたところで分からないんだけどさ。
いつかタイミングを見て、
聞いてみようかな……。
何か知ってるの?
分かるわけなかろう。
そんなことより、
魔法が使えないなら
剣を持って戦えばよいではないか?
えっ!?
なぜか魔法使いの子は息を呑み、
瞳に動揺の色を浮かべた。
なぜ逃げ回っていた?
ぶ、武器を持って戦うなんて、
エレガントじゃないから嫌いなの!
ほぅ?
何よ、何か言いたそうな顔ね?
いや、別に……。
2人の間にやや不穏な空気が漂い始めた。
ミューリエに悪意はないんだろうけど、
なんでもズバズバ言う性格みたいだからなぁ。
このままだと、
言い争いになったりケンカになったりするかも。
ここは僕が間に入って仲を取り持たないと……。
まぁ、まぁ!
とにかくキミが無事で良かったよ。
あははははっ!
あ……。
そうね、今回は助かったわ。
一応、御礼を言っておく。
ありがと。
じゃ、あたしは先を急ぐから。
そう告げると、
魔法使いの女の子は、
走って街道の先へ行ってしまった。
少し進んだところで立ち止まり、
こっちを向いて手を振ってくれたから
機嫌は直ったのかもしれない。
向かう方向は同じだから、
またいつかどこかで会えるかも。
あっ!
名前を聞くの、
忘れちゃったな……。
そう呟くと、
ミューリエはクスッと微笑を浮かべる。
惚れたか?
そ、そんなわけないでしょ!
からかわないでよっ!
はっはっは!
こうして僕らも再び街道を歩き始めた。
試練の洞窟はもうすぐ。
でも僕は洞窟って入ったことがないから、
現時点では期待と不安が半々くらい。
そこでは何が待ち受けているのだろう?
魔物とかいるのかなぁ?
でも宝物もあったりして?
あぁ、なんだか緊張してきちゃったよぉ……。
次回へ続く!