夏休みが始まってから10日があっという間に経過した。
 今日までの俺の行動、朝起床→アルバイト→優雨の襲来→就寝の繰り返し。
 優雨の襲来はいつもの日常としてカウントされているのが微妙だ。
 この10日、ほぼ同じ日程を繰り返して、本日ついに短期アルバイトが終了した。

修人

しゅーりょー!


 夜になり、俺はアルバイトから解放されて部屋で給料袋を眺めていた。

修人

初アルバイトのお給料!この10日の苦労が金という結晶になった……感動だ


 この10日間、初アルバイトに大変苦労しました。
 ホントに働くって大変だね。
 以前に友人は言っておりました。
 倉庫整理と引っ越し業者のアルバイトは大変で身体を壊すと。
 その言葉の意味を……身をもってそれを思い知らされた。
 若さという回復魔法を使っても身体がいう事を聞いてくれません。
 肉体労働系のアルバイトは大変でした。
 だが、しかし――無事に戦いも終わり、俺は給料を手に入れたのだ。

修人

……さぁて、中身はどれくらいかな?


 期待に給料袋を開けてみると、中には福沢諭吉さんが何人もいました。

修人

お、おぉ……


 金額が思いのほか多かったのでちょっとビビったわ。
 ……働く事ってお金が手に入る事なんだね。
 大変な思いをしたからこその価値、働いてみてはじめて分かる感動がそこにある。

優雨

――修斗、給料出た?私のために水着を買ってくれるんでしょ


 その感動をあっさりとぶち壊す、どこかの幼馴染の声。
 さよなら、感動……短い付き合いだったな。
 俺は部屋にはいってきた優雨に文句を言う。

修人

くぉら、優雨。人の感動をぶち壊すんじゃない

優雨

感動?あぁ、私のために働いたことについて?

修人

違うっての……俺の部屋までフリーパスとはいい御身分だな

優雨

はい?何を何をワケの分からない事を言ってるわけ?いつもの事じゃん


 気を使うと言う事を知らない幼馴染である。
 この幼馴染に文句など行ってもしょうがない。

優雨

あっ。それ、お給料でしょ?どれくらいあったの?

修人

触るなよ。お前は触るな、近付くな


 俺は給料袋を守るように机の引出しにしまう。
 絶対に守るべきものが俺にはある!

優雨

むぅ、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。私も全部を私のために使えとはさすがに言わないわ。ほんの、これくらいだもの


 そう言って優雨は右手で3を示す。

修人

……お姉さん、3本指が指し示す意味って何ですか?

優雨

諭吉さん3人分?

修人

マジで!?お前、ホントに容赦ないわ。誰が幼馴染にそれだけ貢ぐか


 間違ってもこの女に貢ぐことはない。
 メリットらしいものがほとんどないからな。

優雨

えー。幼馴染の可愛い美少女と一緒にいられる幸せを考えれば安いものでしょ

修人

自分の恋人でもない女に貢ぐはずがない。それと自分で美少女って言うな

優雨

……いいじゃない。幼馴染でも一緒に遊んでくれる女の子がいる生活って魅力よ?

修人

はいはい……ったく、疲れているんだから、休ませてくれ


 俺はベッドに寝転がる。
 この10日間の疲れがどっと出てきた。
 今はゆっくりと休みたいのだ。

優雨

何よ、もう寝ちゃうの?

修人

さっきも風呂で寝そうだったくらいに眠いんだ。放っておいてくれ

優雨

……よし、そんなにお疲れなら私がマッサージしてあげるわ


 やばい、何か嫌な予感がする。

修人

い、いい。遠慮しておく……ぬぐわぁ!?


 優雨がいきなり俺の背に乗ると、足つぼマッサージをしてくる。
 激痛のあまり、声が出ない。

優雨

あれ、ここが痛いの?アイス食べすぎで内臓が悪いのかも

修人

や、やめい……ぁあっ……あー、嫌な意味で変な声がでる


 苦しみにもだえる俺に遠慮容赦なく優雨は足つぼマッサージを続ける。

優雨

修斗、私が気持ちよくしてあげるわ

修人

色っぽい発言をしながら顔がにやけてるだろ。ぬぐぉ!?や、やめてくれ、マジで痛い。ぐぁ、ごが……そ、それ以上は……がくっ


 疲れと優雨の激痛マッサージにより、俺はベッドにうつ伏せになりながら眠りに落ちた。
 決して、マッサージが気持ちよかったからではありません。

優雨

修斗?ホントに寝ちゃうの?おーい?


 ひどい幼馴染の笑い声だけが耳に聞こえていたんだ。

修人

ん……もう、朝か。あれ?


 俺は目が覚めると、なぜか床で寝ていた。
 冷たいフローリングの床の感触。

修人

ベッドから落ちたのか?


 目をこすりながら、起き上がると、身体が筋肉痛で痛む。

修人

うぅ、足腰が痛む。まだバイトの疲れが取れてないのか。せっかく、俺の本当の夏休みは今日から始まるというのに


 この10日は休みなくアルバイトの日々だった。
 楽しみなんてほとんどなかったからなぁ。

修人

はははっ、今日からは軍資金(アルバイト代)もあるから思う存分に遊べるぞ

夏と言えば海、海と言えば女の子の水着、女の子の水着と言えば……。

修人

……しまった、優雨に水着を買わねばならないんだった


 一気にテンションダウン↓。
 幼馴染に水着を買わねばならない、この悲しさ。

修人

文句言える立場じゃないしな。次こそは勝とう


 何言っても負け犬の遠吠え、勝負に負けた俺が悪いのだよ。

修人

優雨の水着か、アイツ、無駄にスタイルだけはいいんだよな


 中学3年くらいからの成長具合が半端ないのは認めよう。
 女だと意識するのは性格がアレなのでないのだが。
 幼馴染ってさ、こういう所から異性を意識しだしたりすんるんだろうな。
 ……俺達の間にそういうものがないのはどうなのだろう。

修人

本当に不思議だよ。俺と優雨の関係って


 幼馴染って関係は特別なんだと思う。
 兄妹でも家族でも、ただの友達でも、恋人でもないのに、近い距離感。
 気心知れて他の誰よりも信頼できる相手。
 ……訂正、優雨の場合は信頼の部分はないかもしれない。
 とにかく、幼馴染って不思議なんだよなぁ。

修人

ふわぁ……とっと、起きるか


 時計を見ると、まだ朝の7時前。
 こんな時間に目が覚めるとは、まだバイトの癖が抜けてな……い……?
 俺の視線に入るのはなぜか膨らんでいる布団。
 ……おかしいと気付くべきだった。
 俺が朝っぱらからこんな床に直で寝てる理由。

修人

……まさか!?


 俺は布団の方を見ると、無防備な寝顔で優雨がそこに寝ていた。
 理解不能な状況であるが冷静に考えてみよう。
 ……昨夜、俺達の間に何かがあった、そんな可能性は1%もない。
 だとすると、帰るのが面倒でここで寝た。
 小学生の頃にたまにあったが、昔と状況も違うわけで……結局、どういう状況なのだ?

優雨

すぅ……


 見事なまでに熟睡している優雨。
 寝顔だけは可愛いんだけどな。
 ……とか思うわけないだろ、優雨相手に何を思ってるんだ。

修人

おい、こら。起きろ!

優雨

……?

起きてくれ、ほら、早く起きなさい


 俺は優雨を揺すって起こすと彼女は小さく欠伸をしながら起きる。

優雨

何よ、誰……?

修人

俺だ。優雨、俺の部屋でなぜ寝てる?

優雨

……修斗?何でここにいるの?


 不思議そうな顔をして言うな、質問してるのは俺の方だ。
 寝ぼけ気味の優雨に状況を理解させるのは難しい。
 説明すること、数分、ようやく昨夜の事を思い出したようだ。

優雨

あー、思いだしたわ。昨日はね、せっかく私が遊びに来たのに、修斗がすぐに寝ちゃったのよね。それがムカつくから起こしてやろうとしてたの

修人

素直に寝かせてくれ。そして、お前の足つぼマッサージが俺にとどめを刺したんだ

優雨

そうだっけ?……そうそう、修斗。初アルバイトのお給料、諭吉さんが結構入っていたのでびっくり。これは新しい水着にも期待して良いかしら

修人

……な、中を見たのか!?俺の部屋で寝たと言う暴挙だけではなく、俺の給料までのぞくとは……おのれ、優雨。俺のプライベートを守れ


 あらゆる意味でプライベートが守られていない。

修人

優雨、お前なぁ。この際だから言わせてもらうぞ。子供のころと違うんだ。男の部屋に無防備な寝顔で寝るなぁ!俺が襲うとか色々と心配があるでしょうが


 俺の叫びの声に優雨は鼻で笑う仕草を見せて、

優雨

修斗が私を襲う?襲わないわよ、アンタは。だって、私を女扱いしてないでしょ?そもそも、私に身の危険を感じるようにさせてから言うセリフね

修人

う、うぐっ

優雨

……ふわぁ。まだ眠い。家に帰って寝るわ。そうだ、修斗


 俺は軽く微笑して俺の頬に触れた。

優雨

アンタの寝顔は無邪気な子供のようで可愛かったわよ


 ま、負けた……この敗北感はなんだ。
 とどめの一言に俺はグサッと胸に突き刺さり、優雨が帰った部屋でひとり凹むのだった。
 




pagetop