成績表対決。
 それは俺と優雨が中学の時から長期休みの前に必ず行っている事だ。
 ルールは単純、成績表の合計が総合的に勝っていた方が勝ち。
 負けた方は勝った方の言う事を無条件で聞き入れる事だ。
 年間で夏休み前、冬休み前、春休み前の3回行われる。
 ちなみに、これまでの勝敗は通算記録で9戦5勝3敗1分け。
 なお、中学3年からは俺の3連敗が続いている。
 これで高校1年の夏まで負けたら泥沼の4連敗に突入する。
 それだけは何とも避けたいが、苦手な国語の成績辺りが気になる。
 優雨も苦手な体育と物理で下げるだろうが、どこまで迫れるか。

優雨

修斗、準備は良いかしら?

修人

待て、心の準備がまだできていない

優雨

さっさとしなさい。10秒だけあげるわ

修人

心の準備を10秒なんかで、できるか


 先程、教室で担任教師から成績表を渡された。
 クラスメイトも自分の成績に一喜一憂している。
 この中身を見るのは勝負開始と同時だ。

修人

それじゃ、まずは勝利した時の約束事を言い合おうじゃないか


 あとでグダグダと文句を言わないように最初に勝利した時の約束を告げる。

修人

俺が勝ったら、夏休みの間、俺を振り回すことはやめろ

優雨

へぇ、それでいいんだ?

修人

……それが願いになるほどお前の行動に目が余る事を気にしてくれ

優雨

私が勝利したら、修斗に新しい水着を買ってもらうわ。それで海に遊びに行くの


 うわっ、きやがった。
 物理的に俺の財布を狙う発言だ。
 こういう所が優雨のセコイ所だ。

修人

お前、ホントに水着が欲しかったんだな

優雨

当たり前じゃない。去年までのサイズにはいらないんだから

修人

……そうか


 うん、それは目に見えて分かってましたよ?
 だって、胸が一回りくらいは軽くサイズアップしてるのは知ってる。
 あまり場所が場所だけに直視できないので具体的にはよく分からないが。
 女の子には切実な問題なんだろうな。

優雨

約束事はお互いに負けたら文句は言わない。いいわね?

修人

これまで何回やってきてるんだよ。分かってるさ


 優雨の水着なんかに俺のアルバイト代を費やしてたまるかっ。
 ここが運命の勝負。
 絶対に負けられない熱い戦いが始まる。

修人

――勝負っ!


 俺は成績表を見ながら電卓で計算を始める。
 優雨も同じように計算中だ。
 あとで互いの成績表を交換し合い、確認もするがまずは自分で計算する。
 成績は5段階評価。
 国語は……くっ、やはり、3か……これが響きそうで怖い。
 げっ、家庭科も3だと……調理実習のときに適当にやりすぎたか。
 だって、男の調理実習ってつまらないんだからな。
 しかし、今回は5の数が思ったよりも多い。
 結果は総合的に上の中、と言ったところだろうか、成績だけを見れば良い方だ。
 高校に入って中学時代よりも成績が上がったのは良いことだな。
 だが、難しくなり落ちてる科目もあるので優雨に勝てるか。
  いや、条件は優雨も同じはず……どうだ、どうなる。

修人

優雨、お前はどうなんだ?

優雨

私は良いわよ、体育が4。バレーと水泳の授業が多かったからね

修人

……ちっ、お前の唯一の得意なものか。何でマラソンとかないんだよ

優雨

持久走があったら私は1を取る自信があるわ


 苦手分野だから期待していたんだけどな、2とか。

優雨

まぁ、物理は2だけどね。理数系は苦手だわ

修人

……よしっ

優雨

喜んでる所悪いけど、他は結構いいわよ?


 優雨はそう言いながらも内心は焦っているのが目に見えた。
 思ったよりは下がった分の挽回が出来ていないのか?
 この調子ならいける、連敗を止められる。

修人

さぁて、計算終了。それじゃ、勝負しますか


 その勝負の結果は――。

優雨

……分かってるわよね、負け犬さん?

修人

ぐっ……油断した、油断した、油断した


 勝負の結果、俺は2点差で負けた。
 僅差での敗北ほど悔しいものはない。

優雨

危なかったけどね、これも勝負だから。僅差でも勝ちは勝ち

修人

うぅ、負けた……


 文句を言いたくても言えない。
 負けは負けだ、俺は優雨に負けた。

優雨

……約束は分かってるわよね

修人

仕方ない、敗者は無条件に約束を果たすのみ

優雨

くすっ。頑張って夏休みの前半は働きなさい。私のために


 魔性の女が微笑みやがる。
 くっ、負けた悔しさと優雨に上から目線で見下される屈辱が辛い。
 一学期最後のホームルームも終了。
 俺は敗北の悔しさを胸に学校を去るのだった。

 昼飯代わりにファーストフード店に立ち寄る。
 今日はハンバーガーとコーラだけにしておこう。
 俺が購入しようとした時、優雨が珍しく財布を出した。

優雨

可哀そうな負け犬さんのために、勝者の私がおごってあげるわ

修人

……どうもありがとうございます、くっ


 これは優しさなどではない。
 優雨のせいで俺の屈辱度がUPした。

優雨

ふふっ。私ってなんて優しいのかしら。これが勝者の余裕ってやつね

修人

……ちくしょぅ。ハンバーガーがしょっぱいぜ


 席に座り、俺はハンバーガーをかじる。

優雨

でも、高校に入ってからちゃんと成績もあがっていたじゃない。私と接戦とは意外だったわ。テストの成績、そんなによかったっけ?

修人

そこそこ頑張っただけだ。はぁ、中学2年までは俺の方が成績がよかったんだけどな

優雨

そんな何年も昔の過去にこだわっているようじゃダメねぇ。現実をみなさい


 昔は俺の方が圧倒的に成績はよく、優雨には連勝していた。
 だが、中学2年の冬休みから、こいつは従姉に家庭教師をしてもらっていた。
 それ以来、理解力があがったというべきか。
 成績は見違えるほどに上昇、あっさりと俺は成績で抜かれる事になる。

修人

今も従姉の人に家庭教師をしてもらってるのか?

優雨

時々だけどね。彼氏ができたから、私に教えてくれる時間も減ったわ。元々、ボランティアでしてくれた事だからこちらも文句は言えないし


 ちなみに、優雨の従姉はかなり美人な女子大生である。

修人

終わった事はもういい。俺の負けでいい

優雨

水着の方はリストアップしておくわ。予算は5000円程度で我慢してあげる

修人

な、なぁにぃ……!?


 5000円だと……そこまでこいつに貢げと言うのか?

優雨

水着だともっと高いのも普通にあるわ。私は優しいからその程度にしてあげるわよ

修人

……お、おのれ~っ!


 まさに負け犬の遠吠え、真剣勝負に負けた俺が悪いのだ。

優雨

コーラでも飲んで落ち着いて。私のおごりのコーラは美味しいわよ?


 にっこりと笑顔で言う優雨がムカつきます。

優雨

それと、夏休み中に海に行く予定も立てておきなさい

修人

うぐぅ……分かりました


 ダメだ、負けた俺が悪い……約束を反故にはできない。
 なぜならば、昔の約束を優雨は律儀に守っているからだ。
 小さな頃から優雨は俺を“シュート”と呼んでいた。
 それを“修斗”と呼ぶようにさせたのが、中学1年の冬休みに勝利した時の約束事だ。
 今は時々冗談で破るが、基本的には修斗と優雨は呼んでいる。
 ……ここで約束を破り、今さらシュートと呼ばれ続けるのは避けたい。

修人

夏休みかぁ。今日から40日の自由だ!

優雨

10日程度はアルバイトでしょ、実質30日。さらに宿題をする日々を合わせれば……

修人

あのなぁ、優雨……現実逃避くらいさせてくれや


 気分くらいは40日という日数を味わいたい。
 ちょっと凹んだ気分で俺はストローでコーラを飲みほした。

優雨

いつも通り、ちょくちょく家に遊びに行ってあげるわ

修人

……はいはい


 適当に言っておく、どうせ俺に拒否権はない。
 優雨の襲撃、もとい、訪問を阻止することなどできやしないのだ。

修人

優雨、俺達は幼馴染として付き合い長いよな

優雨

そうね。幼稚園の頃からだから12年くらい?

修人

……12年か。単純計算で4380日、それだけの付き合いがあるんだ。優雨も少しは俺との付き合い方を考えてくれてもいいと思うのだ


 もう少し、仲良くなれとは言わないが対等な扱いをしてくれ。

優雨

付き合い方か。そっか、12年も修斗とお嬢様と執事のような関係を続けてるのね

修人

そこまでの上下関係が俺達の間にあった事が驚きだ!?


 ……嫌な主従関係が続いてるな、あんまり否定できないのが悔しい。
 この12年間、優雨が我がままを言えば、毎回、最後は俺が折れて従ってやる。
 そんな関係を延々と繰り返している俺達って一体なんだろうな?
 これからも、そんな関係は続く……と思っていた――。
 

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