霧の深い森を彷徨っていた俺たちの前に、突如として大きな街が現れた。
先日立ち寄った村の住民は、
霧の深い森を彷徨っていた俺たちの前に、突如として大きな街が現れた。
先日立ち寄った村の住民は、
この先にはもう何もないよ
と目を伏せて教えてくれたのだが――
……?
…………
俺と勇者は互いに困惑顔を向け合って、街に近づく。
遠く離れていても分かるほどの賑わいだ。
入口に立っていたお下げの女の子が、それはもう嬉しそうに飛び跳ねて出迎えてくれた。
ようこそ、アラルガンドへ!
どこの街でも、村人Aみたいなポジションは気さくな人間がやるものだな
と、笑みを返そうとしたときだった。
旅人さんですね? グッドタイミングですよ! アラルガンドはお祭りの真っ最中なんです! さあさ、中へどうぞ!
女の子はマシンガントークで俺たちの案内役を買って出た。
勇者が俺の腕をそっと、
しらべる
その指先は微かに震えていた。
ああ、分かっている
こんなに長い台詞を喋るということは、既にイベントが始まっている証拠だ。
俺たちは恐る恐る街へ入った。
なるほど、女の子が祭りと言うように、家や柵には植物を使った飾りつけをしている。
だけど、この辺では見かけない形の葉だな
俺が飾りに手を伸ばそうとすると――
可愛い飾りつけでしょう!
女の子が強引に割って入ってきた。
私たちが作ったんですよ。広場はこっちです。さあさ、もうすぐダンスパーティーが始まりますよ!
あ、ああ……
俺は伸ばしかけた手を引っ込める。
おかしい
女の子の動きが全く予測できなかった。
というか、まるで一流の剣士を相手取ったかのように気配が感じられなかったのだ……。
強まる不安と対照的に、どんちゃん騒ぎは激しさを増していた。
広場では楽器の演奏者と自由気ままに踊る住民に分かれて、思い思いに祭りを楽しんでいた。
空には花火が上がり、夜空を明るく照らしている。
……夜空だって?
お二人は恋人なんですか?
……!
女の子に顔を覗き込まれた勇者は、どきりと肩を竦ませた。
その反応に、女の子はにっこりと笑う。
いいなあ。私も旅に出て、素敵な人を見つけたいなあ
パパとママに話したら、猛反対されちゃって……ひどいと思いませんか?
世界はこんなにも平和なのに、街から一歩も出ちゃいけないなんて
どん、という打楽器の音と同時に、家屋が木端微塵になって宙を舞った。
いいや、音が建物を吹っ飛ばすだなんて、魔法のドラムでもない限りありえない。
街を蹂躙したのは――
レッドドラゴン!?
山のような巨体が尻尾を振るって、家や人を薙ぎ払ったのである!
馬鹿な! あいつは俺たちがアジタート火山で倒したはずだ!
剣を構えたときにはもう、ドラゴンは業火の吐息を繰り出す予備動作に入っていた。
防御呪文の起動も間に合わないだろう。
せめて勇者だけでも守ろうと盾を構えて前に出る。
なのに、彼女は俺にぴったりと、
しらべる
体を『しらべ』させてきた。
何をやっているんだ、きみも死ぬぞ!
押し寄せる炎の波に、なす術はない。
…………
踊る人々、
…………
そして、隣で笑っていた女の子、
……!
誰もかもが一瞬のうちに蒸発してしまう。
なのに、俺と勇者の二人だけは灼熱に襲われない。
恐る恐る仰げば、レッドドラゴンの姿はどこにもない。
それに、アラルガンドの影も形もなかった。
……そうか。
この先には『もう』何もないよ、と先日立ち寄った街の住民は言っていた。
俺たちは幻を見ていたらしい。
荒れ果てた森には、塀の残骸か何か、崩れた積み石だけが残っていた。
ここに街があったのだとしても、ずっと昔のことだろう。
嗚咽に振り返ると、勇者が顔をくしゃくしゃに歪めて泣いていた。
…………
いつから気づいていたのだろうか
俺はかぶりを振り、そっと彼女を抱き締める。
今日はいい天気、ではない。