被疑者である長岡に挑発的な文面を送ったことに対し、埴谷は納得いかないと言った顔で恵司を見る。未だ自分が恵司の方だと見破られていないのを良い事に、恵司はいつもよりもかなり積極的に捜査を進めていた。単に音耶の立場が手に入ったからというよりかは、自分の身を守る為という方がこの場合では適切だが。
これは正式な捜査とは言えない。わかっているんだろうな、駿河
相手は一筋縄ではいかない犯罪者ですし、やったのは私ではなく兄です。だったら構わないでしょう?
被疑者である長岡に挑発的な文面を送ったことに対し、埴谷は納得いかないと言った顔で恵司を見る。未だ自分が恵司の方だと見破られていないのを良い事に、恵司はいつもよりもかなり積極的に捜査を進めていた。単に音耶の立場が手に入ったからというよりかは、自分の身を守る為という方がこの場合では適切だが。
しかし、高良警視に駿河恵司の介入は禁じられたんだろう?
そうですね。でも、あれだけ見たって私がやったか兄がやったかはわかりませんよ。それこそ、怪しい手段を使えば別ですが、それをすれば立場が危ぶまれるのは向こうだ
……お前、兄に似てきたな
まぁっさかぁ。埴谷警部の目がおかしいんじゃないですか?
ちょっとやりすぎたかな、と恵司は内心で舌を出した。埴谷も若干懐疑の目を向けてはいるが、それでもまさか双子が入れ替わっているとまでは考えないのだろう、ため息を吐きながらもそれ以上は何も言わなかった。
で、犯人が動くまで待つのか?
それは“恵司”に任せましょう。……確認したいことがあるのですが
確認したいこと?
ええ。……一連の“アーティスト”の犯行記録です。残念ですが、私は砂尾空――兄の恋人が殺された事件の事しか詳しくは存じません。今回との関連性を確認するために、確かめたいのです
口ではそういうものの、目的はそうではなかった。恵司の目的は、警察で“アーティスト”の犯行がどのように記録されているかの確認を行う事だった。彼の推測が正しければ、高良に対しての切り札になるかもしれない。真面目で単純な埴谷は成程と納得し、一度初に戻ることになった。
恵司は元々好奇心が旺盛なため、資料庫に通された時は全力ではしゃごうかと思ってしまったほどだ。しかし、今の彼は“駿河音耶”としてここに来ている以上、それを悟られてはいけない。というか、流石にばれたらまずい。
未解決事件の資料は此処にある。“アーティスト”関連は……と
埴谷が資料庫の一か所を指差す。一か所に纏められていた証拠品は、恵司からすればどれも見覚えのあるものばかりであった。予め貰った捜査報告書と照らし合わせながら、恵司は高良への切り込み方を模索する。
にしても、“アーティスト”関連事件の担当刑事が皆高良警視とは……
簡単な事です。最初の事件を担当したもんだから、他の人間に解決されるわけにはいかなかったんですよ。変なプライドなのか欲なのか知りませんが
埴谷の呟きに答えながら資料を捲り、恵司はある一点に気が付く。それは、現在“アーティスト”が行った犯行の最新のものの資料の中にあった。
『デュラハン事件』……。自身の首を抱えた女性の遺体が発見された事件か
横から覗いていた埴谷があまり思い出したくないという顔で零す。
遺体現場が華美に飾られていたことから“アーティスト”の犯行であると断定された本件ですが、本当に全て“アーティスト”の犯行でしょうか
……どういう意味だ
他の事件で、“アーティスト”は現場を飾るということはしていませんでした。その上、他の事件に関しても、“アーティスト”のものだとしたのはあくまで女性をターゲットとした猟奇的なものであったから、という理由だけです。ですが、やり口は似ていますし、他の件に関しては全て“アーティスト”のもので相違ないでしょう。ですが、これだけ何故飾られていたのか
俺には、何もおかしくは思えないが
……では、ここに面白い写真があります。この事件の現場写真です
恵司は徐に自身の携帯の画像フォルダーから一枚の画像を埴谷に見せる。薄暗いコンクリートの壁の空間の中央に、首を抱えた首のない女性の遺体が椅子に座らされている。しかし、埴谷はその画像の異常にすぐさま気付いた。
……これは本当に同じ事件か? 現場はこんなに殺風景ではなかったと思ったが
その通りです。ああ、この画像が嘘かも知れないと思うなら実際此方にある“正式な事件記録”上の写真と比較してください。加工かどうかが気になるのなら鑑定に回していただいても
いや、そこまでする気はないが……だが、どうしてそんな写真を
兄が持っていただけですよ。どうしてかは知りませんけど
……ただ、これはお前の持っているその画像が、単に犯人が現場を飾る前だったというだけじゃないのか
その可能性もあるかもしれませんね。飾る前と飾った後、両方の画像が存在しただけかもしれない。ですが、おかしい点があるんですよ
おかしい点?
良く見てくださいね。飾られていない方の写真には凶器らしきものは何も映っていません。ですが、飾られている方には何故か血の付いた鋸が落ちているんですよ
その鋸は、凶器として提出されたものだよな
そうですよ。でも、飾る前にはなかったのに、飾ってからわざわざ凶器を残しますか?
恵司の言葉に、埴谷が目を見開く。“アーティスト”は証拠を残さない。鋸もありふれたもので指紋もなかったために大した証拠とはならなかったが、それでも最初からなかったという方が“アーティスト”らしい。なら、何故か。
現場に手が加えられたんですよ。しかも、この事件は行方不明の被害者の捜索中に警察が発見しました。わざわざこんなことをする利点、警察にはあるでしょうか
そんな、ものは
無いだろう、と言いたいものの、まさかあるのではないかと高良侘助という人間への疑いが埴谷を言い淀ませる。
……さて、面白くなってきたな
埴谷に聞こえないように、恵司はそれを声には出さず、小さく口をそう動かした。そうでもしないと、今すぐにでも笑ってしまいそうだったから。