行く手の左右の岩壁から、しゅうしゅう音をたてて何かのガスが噴き出している。
エリザが持っている毒に反応する宝珠(オーブ)で調べると、やはり人体に有毒なガスのようだ。
この道はこれ以上進めないな……
行く手の左右の岩壁から、しゅうしゅう音をたてて何かのガスが噴き出している。
エリザが持っている毒に反応する宝珠(オーブ)で調べると、やはり人体に有毒なガスのようだ。
我々に先立って王国軍の兵士や自警団などがこの洞窟に入り、危険な場所などを調べてくれていたのだが、彼らだって途中までしか来ることができなかったし、その調査後も洞窟の有毒モンスターは増え続け、それに比例して毒の沼や有毒ガスの噴出箇所は増えていっている。
調査結果に危険と書かれていないルートも安全の保障はないのだ。
だが他の道も全部ダメだっただろう。
どうする?
あたしに任せて
持ち物袋から四つの護符(アミュレット)を取り出し、あたしは呪文の詠唱を始める。
森羅万象を統べる四大の王よ。
我が祈りに応え、害をなすものから守りたまえ
地の小人グノームはその精緻をもって障害を取り除きたまえ
言いながら、地の護符を掲げる。
水の処女ウンディーネはその奔放をもって障害を押し流したまえ
水の護符を掲げる。
火の小竜サラマンダーはその苛烈をもって障害を焼き払いたまえ
火の護符を掲げる。
風の貴人シルフはその清浄をもって障害を消し去りたまえ
最後に風の護符を掲げると、あたしたち四人をやさしい光が包み込んだ。
スキル「四大の加護」レベル1。
レベル1だと完全に毒を無効化は出来ないけれど、毒に侵される確率の減少と、ダメージの軽減効果があるわ。
四大精霊の加護があるうちに、布で口と鼻を覆って突っ切りましょう
今使ったのは、荒野の狩人が毒の沼や火山性ガスの発生地帯に迷い込んでしまった時に、四大精霊の加護を求める祈りだ。
悠久の昔から幾人もの狩人の命を救ってきた祈祷として、父親に細かくやり方を教わっていた。
……
グレーテルは異教の祈祷に頼るのが少し不満そうだったが、それしか方法はないと判断したらしく何も言わなかった。
ふう。
なんとか通り抜けたな
で、この道を抜けたということは、
もうまもなく首領のいるとされるエリアなのだが
道の先に下へ降りていく階段が見える。
昔、泉の水を汲みに来る人間が作ったもので、この階段のすぐ下が泉の源泉。この洞窟に巣食う魔物どもの首領はそこにいる。
問題は、首領がどんな魔物なのかわからないということだな
とりあえずはっきりしてるのって、毒を持ってることと、ものすごく強い、ってことだけだよね
首領の強さと属性は、その地域に出没する魔物たちの量と質から大体推し量ることが出来る。
火を吐く魔物が首領ならその地域には火を吐く魔物が多くなるし、毒を持つ魔物が首領なら毒を持つ魔物ばかりになる。そして首領が強ければ強いほど、その地に住む魔物は多数になり、一体一体の強さも強いものばかりになる。
そもそもこういう洞窟とか、深くて暗い森だとか、古代に作られ放置されたダンジョンなどといったものには、大体魔物が住んでいて、そこにすむ魔物の中で一番強いものが首領となる。
首領がその辺のザコ魔物と大差ない程度の強さなら、その場所には弱い魔物がまばらにしか住みつかない。この状態なら、一般の人間でも立ち入ることは可能だ。この洞窟もかつてはそういう場所で、人々は泉の水を汲みにきていた。
だがそういう洞窟やダンジョンに、圧倒的に強力な魔物がどこかから移住してくるか、あるいは突然生まれるようなことが時々起こる。その強い魔物が首領の地位を奪い取ると、首領の強さに比例して強力な魔物がたくさんその地に移住してくるようになる。首領が死んだ場合は、次に首領となった魔物が前首領ほど強くない場合は、魔物たちは少しずつその地を離れていく。
つまり、毒を持つ手ごわい魔物がうじゃうじゃいるこの洞窟の首領は、毒を持っていて途轍もなく強い。という事になる。
不確かな情報ですが、一応の目撃証言では「龍」という事になっているんでしたよね?
うむ。毒を持つ龍というと、地龍の一種だと思うが、本当に龍だと決まったわけじゃない。
地龍に有効な風属性の攻撃魔法を準備しておいてもらいたいが、あてが外れたときの対処も出来るようにしておいてくれ
龍には大きく分けて「地龍」「水龍」「火龍」「翼龍」の四種類がある。
毒を持つ龍としては、地龍に分類される数種類がよく知られている。
とはいえ、ひょっとしたら翼龍あたりにも毒を持つ種類があるかもしれないし、そもそもここの首領は龍じゃない可能性もある。
敵がなんであれ、基本戦略は同じだ。
とにかくなるべく早く、敵の弱点を捜し当てること。弱点がわかれば全力でそこを叩く。
治癒が必要な者は名乗り出るように。
アニカは戦闘中に必要になる薬は今のうちに調合しておいて。
あとグレーテルの精神力がかなり消耗してるから、回復薬を
はいはい~♪
クロバの葉8・魔石1・ヤモリの黒焼き1を薬研ですり潰し、精神力の回復薬を調合する。
あとは傷薬と毒消しも材料の許す限り作っておく。
グレーテルが精神力を回復したら、準備は万端。いよいよ首領討伐だ。
行くぞ!
号令一下、一同張り詰めた表情で、あたし達は階段を降りた。
階段の下には、淡い燐光を放つ水が湧き出る泉があった。
おかげでその周囲は仄明るく、暗い所に目が慣れていたあたしたちは、わりとまわりを見ることができたのだが……
こ、こりは……
まずいな……
そこにいた魔物は、確かに地龍には間違いなかった。
地龍の中のどの種類にあたるかは、前肢の爪の数を数えるのが一番確実だ。
目の前にいるそいつの爪の数は……一、二、三、四……五本。
うん、見間違いだったらいいのにと思って数えなおしても、やっぱり五本だ。
皇龍……
まあ、こんなに大きいの皇龍しかいないんだけどね。
グラマーニャ領内で有史以来確認された地龍のなかで最大にして最強なのがこの皇龍だ。
今のところ、グラマーニャ領内に限らず世界のどこでも、毒を持つ皇龍は確認されていないが……
間違いなく、毒を持つ個体です
毒に反応する宝珠を掲げながら、エリザが言う。
宝珠は皇龍に反応して、青い光を放っていた。
人類がいまだかつて遭遇したことのない、皇龍の毒を持つ亜種。
そうでなくても、皇龍は今の我々には手に余ります。退却しましょう
前方の巨龍を警戒しながら、後ずさって階段まで退却し、階上へ逃げようとしたその時、皇龍はその後肢で思い切り、地面を踏み鳴らした。
大地が揺れ、地割れが幾すじも走る。天井からも岩が落ちてくる。
うわ!
ちょっと、これヤバいって!
落石から頭をかばいながら、あたし達は逃げ惑う。
皇龍はつづけて二度、三度と足踏みを繰り返す。
あぁっ!
階段が……
地割れは階段のほうにも伸びていき、ついには階段が跡形もなく崩れ落ちてしまった。
どうする?
退路をふさがれたぞ!
エリザ、十秒でいいから皇龍を足止めできないかな。
それだけあれば、とりあえず皇龍のいるこのエリアからは脱出してみせる!
やってみます!
エリザがメレクへの祈りを捧げる呪文を詠唱する。
地面から太く強靭なつる草が幾本も伸びてきて、皇龍をがんじがらめにする。
その隙に、今度はあたしが儀式の準備を始める。
香油を小瓶から小皿に注ぎ、そこに人差し指と中指を浸す。その指で地の護符を濡らし、厳かに唱える。
森羅万象を統べる四大の一つ、
大地の王たるグノームよ、
その力を示したまえ
我と我がともがらがこの危機より逃れるための抜け穴を与えたまえ。
我ら以外を拒む、我らのためだけの道を開きたまえ
突然、洞窟の壁面に、人が通れるくらいの穴が出現した。あたし達はすぐにその穴に駆け込む。
全員が穴に逃げ込んだ直後、皇龍がつる草の戒めを引きちぎり自由となったが、不思議なことにあたしたちを見つけられないらしい。
怒りにまかせて皇龍は何度も地団太を踏む。そのたびに地割れが走るけれど、抜け穴の直前までは裂けても抜け穴の地面には亀裂が走ることはない。落石もない。
スキル「地霊王の抜け穴」レベル1。
レベル1だから、抜け穴の出口がどこになるかを選べないのが欠点だけど、まあ、皇龍の巣よりマシっしょ
というわけで、抜け穴を出てみたら強力な魔物がうじゃうじゃという可能性もありうるのだが、『この洞窟内のどこか』に出ることだけは間違いない。
この洞窟内にさっきの皇龍のいるエリアより危険な場所などないから、どこであれさっきよりは良いはずだ。
まったく……
アニカはいろんなスキルを使えるのはありがたいが、全部レベル1だな
しょーがないでしょー
その分弓のスキル鍛えてんの!
エリザが魔力でマジックランタンを灯し、一同は暗い抜け道を進んでいった。
抜け道は思いのほか長く、登ったり下ったりしていた。
な、なあこれ……
抜け道を抜けてみたらどこだかわからないところに出て、そこから先の出口がわからない、なんてことになる可能性は……?
……
そんな可能性は……
考えたくないっ♪
おお~い……
洞窟から出られないまま衰弱死するぐらいなら、皇龍に殺された方がまだマシだぞ
あーもううるさいっ。
あたしは日ごろの行いが良いからきっと運よく分かりやすい場所に出られるに違いないの!
昨夜見張りの時間に居眠りしてそのまま交代時間になって、あたしが起こさなきゃいけないヴァルターに逆に起こされたりしたけどそれ以外の行いは良いから!
今日も隊の決まりを破ってヴァルターの許可を得ず勝手にアイテム使いまくりだけどどちらかというと善行のほうが多いから! グノーム様が助けてくれるに違いないのっ!
とか心の中で言い訳している間に出口が見えてきた。
ほら何か明るくて良さそうなところじゃん。地上の近くっぽいじゃん。やっぱあたしの日ごろの行いが良いから……
ここ……
……どこ?
長い抜け道を出るとそこは大理石の床の小部屋だった。視界の底が白くなった。
明るいのは部屋の隅、雑多なものが置かれた机の上で、キノコに似たデザインの魔力燈が煌々と灯っているからだった。
机と対角線上の隅には、こぢんまりとしたベッドが置かれていて、シーツは持ち主が目覚めた後這い出したままといった感じに乱れていた。
部屋の四方の壁は大部分が棚で埋め尽くされ、ある棚は何やら異国語で書かれた魔導書の類がびっしりならび、別の棚はエリザが使うような魔道具の類が幾つも置かれ、また別の棚には何に使うのかわからない、得体のしれないものが置かれていた。
唯一棚がないのは、抜け道のあったあたりだけ。
そっちを振り返るとそこにはもう抜け道はなく、人間が出入りするにはちょっと小さめな扉がひとつ、据え付けられていた。
洞窟に棲む人型モンスターのおうちですね。
家具や扉が少し小さいですから小人系……
コーボルトとかホビットとかだと思います。
やばい。
ホビットはすばしこく肢の力が強いし、コーボルトは気性が荒い。そもそも押しなべて人型モンスターは比較的強い。
こっちは皇龍との戦闘で消耗している上に、いつもどおりのフォーメーションを組めないほど狭い室内で戦闘になったら、非常に危険だ。
家主が帰ってくる前に、
とりあえずここを出るぞ
ヴァルターがそう言ったちょうどその時、部屋のドアが開いて、何者かが入ってきた。
(続く)