……あれ、ここはどこだろう?
目を開くと、僕はベッドに寝かされていた。
それにしても、
ベッドへ横になる感触は久しぶりだ。
すごく気持ちいい。
……あれ、ここはどこだろう?
目を開くと、僕はベッドに寝かされていた。
それにしても、
ベッドへ横になる感触は久しぶりだ。
すごく気持ちいい。
目が覚めたか?
キミは……
あの時の女の子……。
上半身を起き上がらせて横を向くと、
そこには路地裏で出会った女の子が
椅子に座ってこちらを見ていた。
ミューリエだ。
お前の名は?
アレスです……。
アレスか……。
あの……。
ここがどこか?
どうして寝かされていたのか?
それを知りたいのだろう?
はい……。
ミューリエさんは
僕の考えていることが分かっているかのように、
ズバリと言い当てた。
ま、でも、
それくらいは誰でも察しがつくよね……。
ここは私が泊まっている
宿屋の部屋だ。
お前、急に意識を失ったから
運んできて寝かせてやった。
なぜ意識を失ったのかは、
私にも分からん。
そうだったんですか……。
本当に僕はあの時、どうしちゃったんだろう?
もしかしたら、
お腹が空きすぎていたこととか、
ダメージを受けたせいとかなのかな……?
いずれにしても、
介抱してもらったんだから
ミューリエさんに御礼を言わなきゃ!
あの……
ありがとうございました!
一応、助けようとしてくれた
義に報いたまで。
だから礼は無用だ。
それよりも聞きたいことがある。
お前、出身はどこだ?
あの山の向こうにある、
トンモロ村ですけど……。
僕は窓から見える山を指差した。
先祖の代からずっと
そこで暮らしてきたのか?
あ……えっと……
そうらしい……です……。
僕のご先祖様が勇者だったということは、
言わないでおくことにした。
そういう目で見られちゃうのが、
嫌だったから……。
僕は勇者の末裔である前に、
あくまでも『僕』という
普通の1人の人間なんだから。
そうか……。
もうひとつ、聞いていいか?
はい、どうぞ。
お前が持っている竜水晶、
どこで手に入れた?
っ!?
なぜミューリエさんは
そのことを知っているんだ?
まさか泥棒っ!?
僕は慌てて懐を探った。
――ん? 竜水晶はちゃんとあるみたいだ。
誤解するな?
お前を運ぶ時、
転がり落ちてきたのでな。
別に盗みを働こうとした
わけではない。
そうでしたか……。
実は――
僕はブレイブ峠を越えてきたことや、
ドラゴンと出会った時のことを
大まかに話した。
もちろん、ジフテルさんたちのことは
伏せておいたけど……。
確かに酷い人たちだったけど、
ミューリエさんには関係のないことだから……。
話を聞き終わったミューリエさんは、
小さく息をついた。
ふむ……そういうことか……。
しかし驚いたな……。
何がです?
お前が出会ったドラゴンは、
気性が荒いことで知られている
『ブラックドラゴン』だ。
並の人間では出会ったら最後、
まず生きて帰れないだろうな……。
やつを倒せそうなほど、
強そうには見えんし……。
てはは……。
痛いことをハッキリ言う子だなぁ。
その通りだから、
何も言い返せないけど……。
でも攻撃を仕掛けない限り、
何もしないって言ってましたよ?
ドラゴン族は相手の心を読み、
わずかな敵意があるだけで
攻撃の意思ありと判断する。
表には出ない、
無意識のものであってもな……。
人間は心が汚れている。
まず間違いなく
攻撃対象になるだろう。
だからお前が
攻撃されなかったことに
驚いているんだ……。
まっ、今の話を聞いて、
色々とハッキリしたがな……。
ミューリエさんは優しく微笑し、
納得するように小さく頷いた。
っ? 何のことです?
いや、こっちの話だ。
ところでお前――
いや、アレスよ。
1人で旅をしているのか?
急に胸が痛くなった。
なんて答えようか迷う。
途中まではジフテルさんたちと
一緒だったわけだし、
そういう意味では
1人というわけでもないから……。
あ……えっと……
おそらくは……。
っ? 歯切れが悪いな?
まぁ、いいか……。
アレス、もし良かったら
一緒に旅をしないか?
えぇっ?
お前は興味深い。
それにドラゴンと
意思疎通できるなら
万が一、ヤツらと出遭った時に
戦闘を回避できる。
そういう意味で、
一緒にいるだけで役に立つからな。
でもそれは、たまたまで……。
とにかくっ!
私はお前と
旅をしてみたくなったのだ。
しばらく同行させてもらうぞ。
もちろん、
それなりに役に立ってやる。
いや……でも……その……
僕の旅の目的は、
魔王を倒しに行くことで……。
でも本当は
乗り気じゃないっていうか……。
はっはっは!
なんでも構わん!
付き合ってやる!
僕は迷った。
本当にミューリエさんを巻き込んでしまっても
いいのだろうか、と……。
だって僕たちは出会ったばかりで、
お互いの素性もよく知らないのに……。
――あ!
でもジフテルさんたちともそれに近い状態で
一緒に旅をしちゃったんだから、
今さらって感じでもあるか……。
どうしよう……。
…………。
僕が考え込んでいると、
ミューリエさんはなぜかニヤッと笑った。
――それとも、
年頃の女と2人っきりで
旅をするのは気まずいか?
っ!?
ミューリエさんに指摘されて、
初めてそのことを意識した。
そうだよね、確かにその問題もっ!
だって部屋も食事もずっと一緒だし、
あぁでもそれは別々にすれば……
だけど旅費が余計にかかって――というか、
そもそも僕はおカネを持っていないんだった!
うわぁっ、頭の中がグャグチャだぁーっ!!!
あわわわっ、
心臓の鼓動も急に速くなってきたっ!
あのあのっ、
えっと……えっと……。
慌てふためく僕。
するとミューリエさんは素っ気ない態度で
静かに口を開く。
安心しろ。
何かあったら
問答無用で死を与えてやる……。
いぃっ!?
ミューリエさんは冷たい瞳で僕を睨んだ。
その瞬間、
背筋が凍るような錯覚を覚える。
しかも未だに全身に鳥肌が立ったまま、
なかなか消えない。
今の彼女の言葉、
間違いなく本気だ……。
ですよねぇ……。
僕は反応に困り、
薄ら笑いを浮かべながら呟いた。
するとミューリエさんは
チラリと横目で僕を見たあと、
わずかに表情を和らげる。
まっ、
アレスにそんな根性があるとは
思えんが、な……。
えっ?
僕はキョトンとしながら
ミューリエさんと顔を見合わせる。
そして目が合うと、
途端にお互いの顔が自然にほころんでいた。
はははははっ!
あはははははっ!
あぁ、
こんなに楽しく笑ったのは、
いつ以来だろう……。
村にいる時は
みんなに遠慮しちゃってたというか、
『勇者の血筋』だから浮かれちゃいけない
みたいなプレッシャーを常に感じていたから。
素直に笑えることって、
なんて素晴らしくて幸せなんだろうって
強く感じられる。
ミューリエさんはそれを僕に教えてくれた!
――うん、心は決まった!
僕もミューリエさんと
一緒に旅をしてみたい!
それが今の素直な気持ちだ!
ミューリエさん、
僕と一緒に旅をしてもらえますか?
もちろんだ。
私は最初からそのつもりだと
言っているだろう?
そしてお前を通して、
世界を見させてもらう。
それから――
ぅん?
『さん』付けは不要だ!
ミューリエで構わん!
分かったよ、ミューリエ!
これからよろしくっ!!
僕はミューリエと握手を交わした。
しっかりと力を入れてその手を握り、
真っ直ぐ瞳を見つめる。
今までずっと不安だらけだった旅だけど、
ほんのちょっとだけ
光が差したような気がした。
次回へ続く!