06 ヴィクトリアの告白②(骨董店side)

これで、終わり。でも、私は古書店の店先にいながら、この世界の深遠にふれた気がしていたの。だから私はその不可思議な体験をもとに、絵本を作った。だってそれは自分の想像力ではとうてい作り上げることの出来ない、未知の光景だったのだもの

それが、ヴィクトリアの怪奇絵本シリーズね

そう

そんな恐ろしげな絵本が出ているのか?子供向けなんだろう

フレデリックが驚いた表情をすると、ヴィクトリアは笑った。
絵本の仕事に関する話題ということで、彼女の目尻は下がって、とても優しい表情になる。

小さな子どもっていうのは得てして恐怖を求めるものよ。あなただって、怖い話は好きだったでしょう

まあ、そうだな。たしかにモンスターだとか幽霊だとか、そういう超自然の現象に憧れていたよ

そうよね。そして私の仕事は、その空想の手助けをすること。だから私はいつでも、最大限に努力して読者を楽しませることにしているの。それがお金になってもならなくても、ね

だったら、そのランプが手に入って良かったですね。仕事に役立つ道具が手に入るなんて、まさに棚からぼた餅だ

棚から……ぼた……ぼた餅!?それ、何かしら?

ごめんなさい、ヴィクトリア。棚からぼた餅というのは、思いがけない幸運が舞い込むこともあるという意味の、日本の故事成語よ。
フレデリックは聞きかじった知識をひけらかすのが好きなの。子どもみたいでしょ

やだなあ、リディア。それじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか

事実を言ったまでよ

ふふふ。面白いわね、あなたたち。あなたたちみたいな配偶者がずっとそばにいてくれたら、私もこんなに悩むこともなかったかもしれないわ。
もっとも、だからこそあなたたちに相談したのだけれど。それでね、悩みというのは――私、このランプが見せる世界に、恋をしてしまったの

恋!?

無機物……っていうかむしろ形のないものに恋するなんて、ちょっとよくわからないです

馬鹿!芸術家には恋が不可欠なのよ

わからないわよね。誰にもわかってもらえなくてもいい。
ランプの幻の向こうに、私を手招きする青年と馬がいるの。彼らの姿はなんだか懐かしくて……だから私も、彼に少しでも近づきたいのよ

駄目ですよ、そんなの

なるほど!二次元に憧れる気持ちなら、少しは想像出来るかも……

フレデリックはフォローするつもりで言ったのだが、ヴィクトリアとリディアは何も言わずに流した。

幻は、所詮幻です。それよりもヴィクトリア。あなたはこの街でみんなに愛される古書堂を経営しているのよ。
だからランプの見せる幻なんて気にせず、お店を続けたらいいわ

そうよね。でも、私、怖くて……いつかランプの向こうの幻に、引きつけられてしまいそうなの。だから手放したくて、あなたたちを呼んだのよ

たしかに、買い取るのは簡単です。でも、このランプはとても貴重な物よ、ヴィクトリア。あなたはそれでいいの?手放したところで、あなたの心は戻らないはず。だから……少し、考え直したらいかがでしょう

……たしかに、大切な形見の品を、骨董店に二束三文で売るなんてもったいないなあ。もう少し考えてみたらどうです?

ヴィクトリアは項垂れた。

そうね、あなたたちの言う通りだわ。私は少し結論を急ぎすぎていたのかもしれない。リディア、フレデリック、助言をありがとう。このランプは今日から、インテリアとして活用していくことにするわ。火を灯さなければ、ありふれたお洒落なランプなのだもの

ランプを大切そうに抱えながら、ヴィクトリアは口角を上げる。
その複雑な表情の向こうにある決意を、その時、リディアとフレデリックは理解していなかった。

06 ヴィクトリアの告白②(骨董店side)

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