優雨

修斗、入るわよ

修人

優雨か?


 その日の夜、俺は自室でゲームをしていると優雨がやってきた。
 こんな時間に男の部屋にやってくるとは……などと、うちの家族も、優雨の家族も責めることもなく、普通の日常だ。
 少しくらいこの年になったら警戒してもいいと思うのだが。

優雨

これ、借りてた漫画。戻しておくわね

修人

はいはい……って、お前はどこに戻す気だ!?


 優雨が本を片手に手を伸ばしたのは俺のベッドの下。
 そこにはあまり人には見せられない漫画が置いてある。
 ……男の子の部屋なら誰でも持っている本の事だ、追及はして欲しくない。

優雨

え?どこってここから借りた本よ


 その本の表紙を見て俺は顔を青ざめさせる。

『オーダーメイド。ご主事様の命令なら私……』

 半裸の女の子がメイド姿な漫画の本。
 ……やばい、思いっきりアレがアレな奴ではないか。

修人

待ていっ!お、お前、なんてことを……

優雨

いいじゃない。こういうの、読む機会なんて全然ないし。それに修斗も色を知る年頃なのねー。意外とこの本は面白かったわ


 この優雨と言う女の子には羞恥心がないんですか?
 人のえっちぃ本を見ないでください。

修人

幼馴染とは言え、遠慮って言葉はあるだろ?

優雨

今さらじゃない。それじゃ、たまには修斗が私の部屋に来る?


 優雨の部屋か。
 中学を卒業したくらいから行くことはなくなった。
 優雨が俺の部屋に来ることはよくあるけどな。

修人

……いいや、また今度な

優雨

ふーん。というわけで、次はこっちの

修人

そこに手をつけるなぁ。はい、そっちの普通の漫画だけに興味を持て


 俺が必死の抵抗をしてみせると優雨は肩をすくめる。

優雨

残念、それじゃ普通の漫画にするわ。修斗はゲームを続けたら?ゲームオーバーって表示されているけど

修人

ナンデスト!?うわ、負けてるし!?


 俺はため息をついて、コンテニュードのボタンを押して再び再会することにした。
 優雨は適当にベッドに座りながら漫画を読み始める。
 彼女はゲームには興味がないので特に話をしてくることもない。
 ただ、一緒にいる時間は多い。
 それが特別な時間じゃないだけだ。
 普通、異性と一緒にいれば多少はドキッとしたりするものだろう?

優雨

……ふふっ、これ面白いわね。全巻あるの?

修人

あぁ。全12巻まであるぞ

優雨

それじゃ、最後まで読もうっと


 ごく普通にそこに優雨はいる。
 幼馴染の関係がどこかで変わるんじゃないかって思ったことはある。
 大抵、こういう関係は自然消滅していくものだ。
 異性を意識した時に幼馴染は幼馴染ではなくなるというか。
 小学生の時までは一緒にいたりするが、結局は疎遠気味になったり。
 ……それなのに、俺と優雨にそういうものはない。
 高校にはいっても関係は変わらず。

修人

優雨?

優雨

なぁに?今、忙しいから後にして

修人

漫画を読んでるだけだろうが


 俺はゲームを続けることにした。
 下手に意識をした方が負け。
 何だか暗黙の了解的に俺達の間にはそんなルールがある。
 俺が優雨に女を意識しないように、優雨も俺を男という意識がないんだろう。
 そうじゃなければ、夜に幼馴染とはいえ男の部屋にあがりこんだりしないはずだ。
 男と女、きっかけひとつで何が起きるか分からないのだから。

優雨

明日、学校に行けば夏休みよね

修人

そうだな。長い夏休みだ。高校1年の初めての夏だな


 俺の予定は短期のアルバイトが入っている。
 普段からアルバイトをしている友人に頼まれたものだ。
 運送業者のアルバイトでこの時期にはお中元シーズンで忙しいらしい。
 7月下旬から8月初旬はラストスパートということで手伝う事になっていた。

優雨

短期のアルバイトをするんだっけ?日数はどれくらい?

修人

一週間くらいか?忙しい時期にだけ手伝うようにって言われてる

優雨

ふーん。お中元シーズンだものね

修人

人手が足りてないから、初日から死ぬほど忙しいらしい


 遊ぶ金を働いて稼ぐ事が出来る年齢になったというのもある。
 さすがにお小遣いだけじゃひと夏は越せないしな。

優雨

それじゃ、当初の予定通りに水着を買ってもらう事にするわ

修人

何でだ!?買ってやる義理がない

優雨

えー?

修人

不満そうに言うな。そう言うのは彼氏でも作ってねだりなさい


 幼馴染相手に水着まで買ってやる義理はない。
 優雨のスタイルは立派だがな。
 水着なんて買ってやると、さらに調子にのられるのでやめておこう。

優雨

ちっ、ケチくさぁ。いいわ、いろいろとたかってやるから

修人

嫌な奴だ。人の稼ぎを狙うな


 薄桃色の唇を尖らせて文句を言う優雨。
 この幼馴染はホントに……可愛げがない。

修人

大体なぁ、優雨は人にものを頼む時の態度がなってない

優雨

土下座をしろとでも?

修人

そこまでしろって言わない。せめて、頭くらいは下げてくれ

優雨

嫌よ、修斗相手に頭を下げるなんて


 しれっと言い放つ優雨はそっと立ち上がる。

優雨

アンタだって私に頭を下げて頼み事なんてしないでしょ?

修人

そもそも、俺はお前に頼み事なんて滅多にしないからな

優雨

ふんっ。そう言う事を言うから修斗は器が小さいのよ


 うぐっ、言うに事を欠いて……。
 いや、落ち着け、俺。
 ここでむやみに反論してどうなる。

優雨

そもそも、細かい事を気にしないで付き合える相手っていうのが幼馴染でしょ?

修人

お前はもうちょい気にしてくれ


 幼馴染という間柄、気重ねしないと言うのはあるかもしれない。
 だが、親しき仲にも礼儀あり、少しくらいの礼節は持て。

優雨

はぁ……修斗って高校生になってから細かい事を気にするようになったわね。長年の付き合いなんだから、私の事も理解してるでしょ

修人

嫌なくらいにな

優雨

だったら、これが普通なんだって思いなさいよ


 いやいや、思えるか。
 自分に都合のいい時にだけ変な解釈をするんじゃない。

修人

優雨よ、お前には一度言っておかねばならないようだ


 俺はゲームのコントローラーを置いて優雨に向き合う。

修人

お前の名前には優しい雨という素晴らしい名前がつけられている。それなのに優しくないゲリラ豪雨のような感じで……ぐふぉ!?

優雨

……あん、誰がゴリラだって?

修人

い、言ってない!?ゲリラ豪雨と言っただけ


 俺は顔面に枕をぶつけられた頬を押さえる。
 その枕、低反発じゃないからめっちゃ痛いんだよ。

優雨

そもそも、名前なんて親が勝手に子供につけるだけで性格まで反映する必要ない

修人

……名前の通りに優しい子になれよ

優雨

だったら、修斗だってサッカー選手にでもなれば?将来、有名選手になって『修斗選手、シュートしました』って実況されてみなさいよ。思わず笑いに包まれるわ

修人

失笑だろうがな!


 名前ネタでからかう事を良しとしない。
 シュートじゃない、しゅうとなんだ。
 その名前のせいで俺はサッカー好きなのにサッカー部には入っていない。

優雨

いいじゃない。世の中には球児って名前ですごい野球選手もいるんだし

修人

……そうかもしれないけどな。って、そうじゃなくて、お前の話だ


 優雨って名前から受ける印象。
 儚げで、か弱い少女をイメージしないか?
 それなのに、気が強く、ツンデレのデレ抜き、ただのツンしかない女だぞ。
 ホントに、もうなんていうかあらゆる意味で裏切られた気持ちなる。

優雨

今の時代、アホな親が将来、子供が可哀想になる名前を平気でつける時代なの。隣のクラスにいる桜桃(さくらんぼ)さんとか、もっと変わった名前の子もいるでしょ!

修人

他人の名前を否定するな。あと、そんな子がいるのか


 名前については親のつけてくれた名前だ、文句は言いたいが我慢しよう。

優雨

お互いに普通に良い名前でよかったわよね?

修人

そーですね

優雨

というわけで、私は別に他人に優しくなくてもいいってことよ

修人

そこまで自信満々に胸を張って言いきるなよ


 ホント、呆れるくらいに自分に素直な女だ。
 優雨に“優しさ”と“可憐さ”と“健気さ”があれば俺は惚れているかもしれない。 
 どれも今の彼女にはないので惚れる要素はないってことだ。

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