村を離れてから約半日が経った。
今、僕たちが歩いているのはブレイブ峠。
ここを越えた先にあるシアの城下町が
最初の目的地だ。
険しい山道のうえ、危険な魔獣も多いから、
普通の人間は滅多にここを通らない。
少し遠回りにはなるけど、
安全なフォル街道を使うのが
一般的となっている。
でもシアへ行くには最短ルートということで、
ジフテルさんがこちらの道を薦めたのだった。
ほかのみんなもそれに賛成した。
村を離れてから約半日が経った。
今、僕たちが歩いているのはブレイブ峠。
ここを越えた先にあるシアの城下町が
最初の目的地だ。
険しい山道のうえ、危険な魔獣も多いから、
普通の人間は滅多にここを通らない。
少し遠回りにはなるけど、
安全なフォル街道を使うのが
一般的となっている。
でもシアへ行くには最短ルートということで、
ジフテルさんがこちらの道を薦めたのだった。
ほかのみんなもそれに賛成した。
――僕もそれに従うだけ。
だって、ひとりだけ反対するわけには
いかないじゃないか……。
はぁ……はぁ……。
勇者様、お疲れのようですね。
少し休みましょうか?
だ、だいじょうぶだよ……。
おっ!
根性だけはあるみたいだね、
勇者様っ♪
――でもさ、
根性だけじゃ
どうしようもないってことも
あるよね……。
っ!?
ですね。
所詮、勇者の血筋ってだけですし。
ふたりとも、
それくらいにしておけ。
本人の目の前で
そういうことを言ったら、
可哀想だろう?
でも本当のことじゃないですか。
何の取り柄もない、
ただの子どもでしょ?
だからこそ、
俺たちは楽して
カネ儲けが出来るんじゃないか。
僕の心臓は大きく脈動した。
み、みんな……?
何を言って――
勇者様、
長老から渡された旅費、
持ってるよね?
わたしたちが預かってあげるよ。
だから――
さっさと出せよっ!
全財産をな!
っ!?
そ……んな……。
大声で叫んで、
助けを呼びますか?
でもこんな場所に、
助けに来てくれる人なんて
いません♪
まぁ、だからこそ、
我々はこの道を
選んだんですけどね。
確かに辺りには人の気配がないし、
冒険者が通りがかる感じもしない。
っ!?
う、うそ……だよね……?
残念ながらこれは本気です。
私たちは最初から、
これが目的だったんですよ。
なぜ我々がキミのような
ガキのお守りを
しなければならないのです?
あはっ!
抵抗していただいても結構ですよ?
少しは手間が省けます。
手間?
魔獣と戦ったという偽装をする
手間に決まってるじゃないですか♪
あんたは魔獣に襲われて
名誉の戦死。
そういう筋書きだってこと。
あ……。
なんだ、そういうこと……
だったのか……。
この人たちはおカネだけが目当てで、
僕と旅をする気なんて
最初から少しもなかったんだ……。
ようやく僕は全てを悟った。
そして……全身から力が抜けていって――
どうでもよくなった。
……分かりました。
僕は懐からおカネの入った袋を取り出し、
ジフテルさんの目の前に差し出した。
ほぉ……。
やけに素直ですね。
ジフテルさんはお金の入った袋を
自分の懐にしまう。
実に滑稽だ。
勇者の末裔が
こんな弱虫とはね……。
ジフテルさんの微笑は、
氷のように冷たい感じがした。
ミリーさんもネネさんも、
蔑むような瞳で僕を見ている。
それで全財産です。
あとは僕の命を奪うんですよね?
…………。
覚悟を決めた僕は静かに目を閉じた。
そのまま棒立ちになって
『その瞬間』をひたすらに待つ。
これで……よかったのかもしれない……。
『勇者』というプレッシャーから解放されて、
楽になれるんだから……。
あの世って……どんなところなのかな……。
……っ……。
あれ……?
おかしいな……。
なんでこんなに……
悲しい気持ちなんだろう……。
楽になれるんだから……
嬉しいはずじゃないか……。
やれやれ……。
興ざめですね。
泣き叫ぶなり抵抗するなり
何らかの反応をしてくれないと。
もうこんなやつ、放っておこうぜ。
斬るだけムダ。
武器の手入れがメンドくなるだけ。
そうですね。
放っておいても魔獣どもが
食らってくれるでしょう。
ここはそういう場所だ。
さようなら、勇者様。
そのあと、
3人の足音はどんどん遠ざかっていった。
やがて気配すらも感じられなくなり、
目を開けた時に僕はひとり
その場に取り残されていた。
………………。
僕はこれからどうなるのだろう……。
みんなが言ったように、
魔獣に襲われて食べられちゃうのかな……。
っ!?
その時、身の毛もよだつような
恐ろしい声がした。
きっと何かの魔獣の声だ!
声はどんどん近付いてくる!
足は震えて動かないっ!!
そしてついに……
…………。
あ……あぁ……。
なんと目の前にドラゴンが現れた。
よりによって、
魔獣の中でも最も危険な相手に
いきなり出遭ってしまうなんて……。
――でも、
ドラゴンにやられるのなら
勇者として少しは格好がつくかも……。
は、早く僕を殺せ……。
僕は今度こそと覚悟を決めた。
奇妙なことを言う。
おぬしは死を望むのか?
っ!?
なぜかドラゴンが僕に話しかけてきた。
それにどうして僕は、
彼の言葉が理解できるのだろう?
我がおぬしの心に
直接呼びかけているからだ。
言葉など介しておらぬ。
それよりも答えよ。
なぜ死を望む?
だってあなたはどうせ、
僕を殺すだろう?
そんなことはない。
無抵抗の者に危害は加えぬ。
もちろん、
攻撃してきた者に対しては
容赦なく裁きを下すがな。
人間は愚かだ。
我の姿を見ただけで敵と判断し、
攻撃を仕掛けてくる。
だが、おぬしは違った。
攻撃をしてこなかった。
それはなにゆえか?
だってそんなの無駄な抵抗だから。
僕には力も魔法もない。
戦って勝てるわけがない。
もともと戦いだって
好きじゃないし……。
もし殺されてしまっても、
それが僕の運命なんだと思えば
あきらめもつくさ。
……ふむ、興味深い。
おぬしは普通の人間とは
少し違うようだ。
ならば問おう。
もし我が小さな虫だとして、
おぬしを襲ったとする。
それでも戦わぬのか?
僕は少し考え込んだ。
でもすぐにその返答をする。
うん、戦いたくない。
っていうか、そういう時は
『あっちへ行って。
僕を襲わないで』
って念じると、
虫や獣はどこかへ
行ってくれるんだ。
人間には効果がないけどね……。
何っ!?
そうか……おぬしは……。
っ?
……なるほど、全て分かった。
おぬしが普通の人間と
違う感じがした理由もな……。
ドラゴンは微笑を浮かべた――ような
気がした。
相手が人間じゃないから、
明確には分からないけれど。
ただ、明らかにオーラみたいなものが
穏やかで優しくなった感じがする。
話に付き合ってもらった礼だ。
これをおぬしにやろう。
これは?
『竜水晶』だ。
困ったことがあったら念じてみよ。
きっと力を貸してくれる。
では、さらばだ!
その穏やかなりし心、
決して忘れるでないぞ!
ドラゴンはそう言うと、
遥か天空へ向かって
飛び去ってしまうのだった。
――再びその場には静けさが戻る。
…………。
僕、助かっちゃった……
みたい……。
僕は呆然とその場に立ち尽くしたまま、
ドラゴンの消えた方角の空を
しばらく眺め続けたのだった。
次回へ続く……。