村を離れてから約半日が経った。


今、僕たちが歩いているのはブレイブ峠。
ここを越えた先にあるシアの城下町が
最初の目的地だ。

険しい山道のうえ、危険な魔獣も多いから、
普通の人間は滅多にここを通らない。

少し遠回りにはなるけど、
安全なフォル街道を使うのが
一般的となっている。


でもシアへ行くには最短ルートということで、
ジフテルさんがこちらの道を薦めたのだった。
ほかのみんなもそれに賛成した。
 
 

 
――僕もそれに従うだけ。

だって、ひとりだけ反対するわけには
いかないじゃないか……。
 
 

アレス

はぁ……はぁ……。

ジフテル

勇者様、お疲れのようですね。
少し休みましょうか?

アレス

だ、だいじょうぶだよ……。

ネネ

おっ!
根性だけはあるみたいだね、
勇者様っ♪

ネネ

――でもさ、
根性だけじゃ
どうしようもないってことも
あるよね……。

アレス

っ!?

ミリー

ですね。
所詮、勇者の血筋ってだけですし。

ジフテル

ふたりとも、
それくらいにしておけ。
本人の目の前で
そういうことを言ったら、
可哀想だろう?

ミリー

でも本当のことじゃないですか。
何の取り柄もない、
ただの子どもでしょ?

ジフテル

だからこそ、
俺たちは楽して
カネ儲けが出来るんじゃないか。

 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
僕の心臓は大きく脈動した。
 
 

アレス

み、みんな……?
何を言って――

ネネ

勇者様、
長老から渡された旅費、
持ってるよね?

ネネ

わたしたちが預かってあげるよ。
だから――

ネネ

さっさと出せよっ!
全財産をな!

アレス

っ!?

アレス

そ……んな……。

ミリー

大声で叫んで、
助けを呼びますか?

ミリー

でもこんな場所に、
助けに来てくれる人なんて
いません♪

ジフテル

まぁ、だからこそ、
我々はこの道を
選んだんですけどね。

 
 
確かに辺りには人の気配がないし、
冒険者が通りがかる感じもしない。
 
 

アレス

っ!?
う、うそ……だよね……?

ジフテル

残念ながらこれは本気です。
私たちは最初から、
これが目的だったんですよ。

ジフテル

なぜ我々がキミのような
ガキのお守りを
しなければならないのです?

ミリー

あはっ!
抵抗していただいても結構ですよ?
少しは手間が省けます。

アレス

手間?

ミリー

魔獣と戦ったという偽装をする
手間に決まってるじゃないですか♪

ネネ

あんたは魔獣に襲われて
名誉の戦死。
そういう筋書きだってこと。

アレス

あ……。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんだ、そういうこと……


だったのか……。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この人たちはおカネだけが目当てで、
僕と旅をする気なんて
最初から少しもなかったんだ……。



ようやく僕は全てを悟った。
そして……全身から力が抜けていって――



どうでもよくなった。
 
 

アレス

……分かりました。

 
 
僕は懐からおカネの入った袋を取り出し、
ジフテルさんの目の前に差し出した。
 
 

ジフテル

ほぉ……。

ジフテル

やけに素直ですね。

 
 
ジフテルさんはお金の入った袋を
自分の懐にしまう。
 
 

ジフテル

実に滑稽だ。
勇者の末裔が
こんな弱虫とはね……。

 
 
ジフテルさんの微笑は、
氷のように冷たい感じがした。

ミリーさんもネネさんも、
蔑むような瞳で僕を見ている。

 

アレス

それで全財産です。
あとは僕の命を奪うんですよね?

アレス

…………。

 
 
覚悟を決めた僕は静かに目を閉じた。

そのまま棒立ちになって
『その瞬間』をひたすらに待つ。
 
 




これで……よかったのかもしれない……。

『勇者』というプレッシャーから解放されて、
楽になれるんだから……。
 
あの世って……どんなところなのかな……。
 
  

アレス

……っ……。

 
 
あれ……?

おかしいな……。


なんでこんなに……
悲しい気持ちなんだろう……。
 
楽になれるんだから……
嬉しいはずじゃないか……。
 
 

ジフテル

やれやれ……。

ミリー

興ざめですね。
泣き叫ぶなり抵抗するなり
何らかの反応をしてくれないと。

ネネ

もうこんなやつ、放っておこうぜ。
斬るだけムダ。
武器の手入れがメンドくなるだけ。

ジフテル

そうですね。
放っておいても魔獣どもが
食らってくれるでしょう。

ジフテル

ここはそういう場所だ。

ミリー

さようなら、勇者様。

 
 
そのあと、
3人の足音はどんどん遠ざかっていった。

やがて気配すらも感じられなくなり、
目を開けた時に僕はひとり
その場に取り残されていた。
 
 

アレス

………………。

 
 
僕はこれからどうなるのだろう……。
 
みんなが言ったように、
魔獣に襲われて食べられちゃうのかな……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

アレス

っ!?

 
 
その時、身の毛もよだつような
恐ろしい声がした。

きっと何かの魔獣の声だ!
 
 

 
声はどんどん近付いてくる!

足は震えて動かないっ!!
 


そしてついに……
 
 

ブラックドラゴン

…………。

アレス

あ……あぁ……。

 
 
なんと目の前にドラゴンが現れた。

よりによって、
魔獣の中でも最も危険な相手に
いきなり出遭ってしまうなんて……。
 
 

――でも、


ドラゴンにやられるのなら
勇者として少しは格好がつくかも……。
 
 

アレス

は、早く僕を殺せ……。

 
 
僕は今度こそと覚悟を決めた。
 
 

ブラックドラゴン

奇妙なことを言う。
おぬしは死を望むのか?

アレス

っ!?

 
 
なぜかドラゴンが僕に話しかけてきた。

それにどうして僕は、
彼の言葉が理解できるのだろう?

 

ブラックドラゴン

我がおぬしの心に
直接呼びかけているからだ。
言葉など介しておらぬ。

ブラックドラゴン

それよりも答えよ。
なぜ死を望む?

アレス

だってあなたはどうせ、
僕を殺すだろう?

ブラックドラゴン

そんなことはない。
無抵抗の者に危害は加えぬ。
もちろん、
攻撃してきた者に対しては
容赦なく裁きを下すがな。

ブラックドラゴン

人間は愚かだ。
我の姿を見ただけで敵と判断し、
攻撃を仕掛けてくる。

ブラックドラゴン

だが、おぬしは違った。
攻撃をしてこなかった。
それはなにゆえか?

アレス

だってそんなの無駄な抵抗だから。
僕には力も魔法もない。
戦って勝てるわけがない。

アレス

もともと戦いだって
好きじゃないし……。

アレス

もし殺されてしまっても、
それが僕の運命なんだと思えば
あきらめもつくさ。

ブラックドラゴン

……ふむ、興味深い。
おぬしは普通の人間とは
少し違うようだ。

ブラックドラゴン

ならば問おう。
もし我が小さな虫だとして、
おぬしを襲ったとする。
それでも戦わぬのか?

 
 
僕は少し考え込んだ。

でもすぐにその返答をする。
 
 

アレス

うん、戦いたくない。

アレス

っていうか、そういう時は
『あっちへ行って。
僕を襲わないで』
って念じると、
虫や獣はどこかへ
行ってくれるんだ。

アレス

人間には効果がないけどね……。

ブラックドラゴン

何っ!?
そうか……おぬしは……。

アレス

っ?

ブラックドラゴン

……なるほど、全て分かった。
おぬしが普通の人間と
違う感じがした理由もな……。

 
 
ドラゴンは微笑を浮かべた――ような
気がした。
相手が人間じゃないから、
明確には分からないけれど。

ただ、明らかにオーラみたいなものが
穏やかで優しくなった感じがする。
 
 

ブラックドラゴン

話に付き合ってもらった礼だ。
これをおぬしにやろう。

 
 
 

 
 
 

アレス

これは?

ブラックドラゴン

『竜水晶』だ。
困ったことがあったら念じてみよ。
きっと力を貸してくれる。

ブラックドラゴン

では、さらばだ!
その穏やかなりし心、
決して忘れるでないぞ!

 
 
ドラゴンはそう言うと、
遥か天空へ向かって
飛び去ってしまうのだった。
 
 
――再びその場には静けさが戻る。
 
 

アレス

…………。
僕、助かっちゃった……
みたい……。

 
 
僕は呆然とその場に立ち尽くしたまま、
ドラゴンの消えた方角の空を
しばらく眺め続けたのだった。
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

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