その翌日。
僕は流矢の家の前で意識を取り戻した。

栄町 大護

流矢の家……ということは、本格的に藍里は流矢の身体を奪いに来ているのか……


だが、違和感がある。なぜまたも、藍里が流矢の自宅前まで来たときに人格が交代したのか。
どちらにしろ、流矢は今日の早朝から夜ヶ峰先輩の病院に行くと言っていた。もうここにはいないだろう。

栄町 大護

ここにいてもしょうがない。学校に行くか……


学校に着くと、またも僕は意識を失った。

次に僕が意識を取り戻したのは、昼休みの教室だった。
どうやら藍里は、おとなしく授業を受けていたらしい。
問題は、あれだ。

栄町 大護

……あった。藍里には見つからなかったみたいだな


僕は鞄の底に隠しておいた、夜ヶ峰先輩のスマートフォンを見つける。
藍里がこれを見つけたら処分してしまう可能性があったので、隠しておいたのだ。

栄町 大護

とにかく、この中になにかヒントがあれば


僕はスマートフォンのテキストアプリを開き、それらしきファイルを見つける。

リンクの『能力』について


そのタイトルのファイルを開き、夜ヶ峰先輩のメモを見る。
そこには、『能力』について先輩が気づいたことが箇条書きで書いてあった。

・この『能力』は相手の意識を覗くことが出来る。
・ただし、『能力』使用中は相手も自分の意識を覗くことが出来る。
・射程距離は、およそ4m程度。ただし、複数の相手に同時に使うことは出来ない。

うん、ここまではこの間先輩から聞いた通りの内容だ。
問題はこの先だ。

夜ヶ峰 昌子

最近、私の『能力』が弱まっている。これは喜ばしいことだ


箇条書きの後に、先輩の独白のような形の文章が書いてあった。

夜ヶ峰 昌子

おそらくこの『能力』は、私の疑念や恐怖によって生まれる。私が他人に対して、なにか疑いを持ったり、他人に嫌われることを極度に恐れると、この『能力』に頼るようになり、それと同時に強化される


――他人に嫌われることを恐れることにより強化される?

夜ヶ峰 昌子

私はあの人を信用し切れていなかった。だから心の中を覗きたいと願い、『能力』を身につけてしまった。この『能力』は疑念と恐怖の象徴だ。相手を自分につなぎ止めたいというエゴの象徴だ。だから、この『能力』が弱まるのは喜ばしいことだ


相手を自分につなぎ止める。これは藍里が僕にやったこと、そのものだ。
そういえば……

神楽坂 藍里

私は怖かったんです。ずっと、私には友達がいませんでした。何かを言ったら他人の機嫌を損ねてしまうのではないかと、他人が攻撃してくるのではないかと。そういうことばかり考えていたんです


藍里も僕と出会ったとき、そんなことを言っていた。
おそらく夜ヶ峰先輩の推測は当たっている。藍里は他人への恐怖で『能力』を身につけたんだ。

女子生徒

私が立ち直れたのは香澄のおかげだ。彼には本当に感謝している。いずれこの『能力』も私から消え去るだろう。その時、私と香澄はやっと対等な関係になれるはずだ。そして、あの人のことを……受けれ入れられるはずだ


夜ヶ峰先輩は過去を乗り越えた。流矢の助けもあったのだろうが、自分で過去と向き合ったのだ。
だが、藍里は未だ僕という存在に縛られている。僕をつなぎ止めようとしている。
そしてそのことに、何人もの人間を巻き込んでいる。

このまま中途半端な関係でいるわけにはいかない。決着をつけなければならない。

だが、どうする。どうすれば藍里を僕から解放できる。
藍里の『能力』は強化されている。このままでは……

待て、何で藍里の『能力』は強化されたんだ?

肉体は失われたが、僕は藍里の中にいる。藍里はまだ、僕を失ってはいない。
確かに僕が意識を保てる時間は短くなっている。だから藍里は僕を失う恐怖に怯えているのか?
いや、『能力』が強化されたのは中倉さんの一件の時より前、まだ僕が意識を保っていたころだ。
どういうことだ? 藍里は無意識に僕を失うことを恐れている?

流矢 香澄

お前と神楽坂に、大した違いはないように見えるぜ

夜ヶ峰 昌子

私には、君も新入生もあまり変わらないように思うよ

流矢 香澄

お前等はお互いのために生きている。なのに、お互いの意志はまるで尊重していない

夜ヶ峰 昌子

この『能力』は、疑念や恐怖によって生まれる

流矢 香澄

おかしいよお前……まるで、お前は神楽坂のためだけに存在しているみたいじゃねえか……


…………

そうか……そういうことか。
今、僕の意志は固まった。必ず藍里を救い出さなければならない。
この、バカげた徒労から救い出さなければならない。
そのためには――

栄町 大護

流矢、力を貸してくれ


僕はかつての自分を利用することになるかもしれない。

第五話・2 神楽坂最終決戦・その2

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