そして今日、『予想通り』流矢の自宅の前で意識を取り戻した僕は、彼と作戦を確認している。

流矢 香澄

……いいんだな?

栄町 大護

ああ、この一件を終わらせるには君の力が必要だ。……どんな結末を迎えたとしても、受け入れる

流矢 香澄

さかえま……いや、わかったよ

栄町 大護

……僕はこれから藍里の家に向かう。おそらくは、そこでもう一度交代が起こるだろう。その後、『僕』はもう出てこない


そう、この一件が終われば、『僕』は消えるはずだ。
だが、それでいい。藍里を救うには『僕』がいてはいけないんだ。

流矢 香澄

俺はそれには反対だ。神楽坂を動けないようにした方がいい気がする

栄町 大護

確かに、君の安全を考えればそうだ。しかし、僕の目的は藍里を救うこと。それには、この行動が必要なんだ


……僕は藍里のために、流矢の身を危険に晒すかもしれない。
やはり彼の言うとおり、『僕たち』は似ている。

――似ざるを得なかったんだ。

流矢 香澄

わかったよ。とにかく、お前が指定した時間に電話をかけて、神楽坂を『あの場所』に呼び出せばいいんだな?

栄町 大護

そうだ。その間に僕は準備をする

流矢 香澄

……お前は神楽坂を助けるつもりかもしれない。だが、俺にとっては違う

栄町 大護

……

流矢 香澄

俺は神楽坂と決着をつける。これから始まるのは『決戦』だ


……流矢の言うとおり。
これから始まるのは、『神楽坂 藍里』と『流矢 香澄』の決戦だ。
そしてそこに――

――『栄町 大護』は、いない。

========================

私は自宅の自室で意識を取り戻した。

神楽坂 藍里

……またか。何故か流矢の自宅前で交代してしまう


私は昨日今日と、流矢の自宅に向かって大護さんの身体を取り戻すつもりだった。
だが、いざあの家に入ろうとすると、決まって大護さんと交代してしまう。
心優しい大護さんは、例え自分の体に偽物が入っていても、殺したくはないのだろう。
だけど私は違う。大護さんのためだったら、何人だって殺してやる。
邪魔はさせない。私は大護さんのために生きると決めたのだ。

神楽坂 藍里

……ん、これは


その時、私はテーブルの上にあるものに気が付いた。

お菓子と、ジュース。

しかもこれは……

神楽坂 藍里

これは、大護さんが初めて私の家に来てくださった時の……


そう、大護さんを自宅に招いて『能力』について明かした時に、私が用意した物と同じだった。
しかし、私が並べた覚えはない。そうなると、今回は大護さんが用意したのだろう。

神楽坂 藍里

大護さん……


そうだ。あの時、私と大護さんは恋人同士になったんだ。
『能力』を受け入れてくれた大護さんに対して、私は嬉しくて泣きわめいてしまった。『告白』の成功でさらに泣きわめいた。
まさしくあの時の私は幸せの絶頂だった。
なのに……

神楽坂 藍里

どうして、こうなってしまったのだろう


私のせいで、大護さんは肉体を失ってしまった。
幸運にも繋ぎ止めることは出来たが、それも長くは保ちそうになかった。
でも、あと少しだ。

神楽坂 藍里

あいつから、大護さんの身体を取り戻せば……!


それさえ出来れば、また大護さんは元通りの生活を送れる。

私たちの幸せを、取り戻せる。

栄町 大護

僕の言葉を本心だと証明はできない。でも、信じて欲しい

神楽坂 藍里

……くっ!?


なんだ? 何でこのタイミングで、大護さんの言葉を思い出したんだ?
そうだ……大護さんは私を信じてくれた。私の言葉を信じてくれた。

でも、私は?

神楽坂 藍里

くうっ!


余計なことを考えそうになった頭を、壁に打ち付けて黙らせる。
あと少しなんだ。あと少しで大護さんを救える。
そのためには、余計なことを考えてはならない。

~~♪


その時、電話の着信音が鳴った。
近くにあった電話を取り、液晶画面を見る。
発信者は……『流矢 香澄』!?

神楽坂 藍里

……もしもし

流矢 香澄

神楽坂だな? 一時間以内に今から指定する場所に一人で来い

神楽坂 藍里

なんだと? なぜ私がお前の命令を聞かなければならない?

流矢 香澄

別にいいんだぜ?


そして、流矢は言い放つ。

流矢 香澄

愛しい彼氏サンの身体がどうなってもいいならな


文字通り、『捨て身』の脅迫を。

神楽坂 藍里

お前……!


怒りで体が震える。大護さんの身体に巣食う寄生虫如きが、彼の身体を傷つけようと言うのか。

流矢 香澄

言っておくが、夜ヶ峰先輩はかなり危険な状態だ。そして俺は先輩がいなくなった世界に興味なんてない。俺が本気だってことはわかるよな?


ふざけるな。
お前にそんな権利があるものか。

神楽坂 藍里

……しかし、こうなれば為す術がないのも事実


そう考えた私は返事をする。

神楽坂 藍里

いいだろう、その挑発に乗ってやる


鞄に『例の物』を入れた私は、指定された場所に向かう。
流矢が指定した場所は、私と大護さんが通っていた中学の教室だった。
流矢がいつ襲ってくるかわからないので、私は周囲に警戒しながら教室に入る。

神楽坂 藍里

……誰もいない。どういうつもりだ?


どうやら今は、この教室は使っていないようだ。
なぜ開いているかはわからないが、流矢が教師をごまかして鍵を借りたのだろう。

神楽坂 藍里

……!


そして私は、あることに気づく。

一番後ろにある壁際の席が壁に密着し、隣の席との距離を最大限に開けていることに。

神楽坂 藍里

……流矢ぁ!


思わず私は、壁際の机を蹴り倒してしまう。

神楽坂 藍里

お前如きが、私と大護さんの間に入り込むんじゃない!


この机の配置は、中学の頃の私と大護さんの再現だ。

……まだ大護さんに心を開いていなかった私の再現だ。

流矢がなぜこれを知っていたかはわからない。だが、奴が私に精神的な攻撃をしようとしているのは明白だった。

栄町 大護

何かをして欲しいなら、自分の言葉で相手に伝えないと何も始まらないよ

神楽坂 藍里

ぐっ!!


まただ。また私は大護さんの言葉を思い出した。
このままではまずい、奴のペースだ。

その時、私の電話が鳴った。

流矢 香澄

よお神楽坂、気に入ってもらえたかな?

神楽坂 藍里

……随分と悪趣味だな。ますますお前を殺したくなった

流矢 香澄

ああそうかい。じゃあ、今度はその近くにある公園に来てもらおうか


公園。
言うまでもない。あの公園だ。

大護さんが肉体を失った、あの公園だ。

どこまで奴は大護さんを愚弄するつもりなんだ。
待て、冷静になれ。奴の狙いは私の精神的な消耗だ。
意識を強く保たないと『能力』は使えない。
いざとなったら、『例の物』がある。私は有利に立てる。

内心の怒りを鎮めながら、私は公園に向かった。

例の公園は、川沿いにある。
川沿いには遊歩道があり、ベンチも設置されているので、恋人同士がよく座っていたりする。
そしてその川沿いに設置された手すりにもたれかかる形で、奴は立っていた。

流矢 香澄

よお神楽坂、俺からのプレゼントは気に入ってもらえたかな?


――私が大護さんにプレゼントしたものと同じジャケットを着て。

神楽坂 藍里

ああ、気に入った。お前を苦しませて殺したいくらいにはな


これは私の本心だ。『能力』で伝えるまでも無い。

流矢 香澄

そうかい。俺もお前にこれ以上振り回されるのはうんざりだ。だから……


奴は私を指さして、言い放つ。

流矢 香澄

決着をつけようぜ。神楽坂 藍里!

第五話・3 神楽坂最終決戦・その3

facebook twitter
pagetop