宇宙人と同棲することになった僕だったが、

いきなり困難が待ち受けていた。

星野亘

……そろそろ18時だ。夕食の準備をしないと

星野亘

でも、困ったぞ

星野亘

実は僕は……料理がからきしダメなんだ


大学生になってから一人暮らしはしていた。

でも、まともな自炊はほとんどしてこなかった。

星野亘

自分でやるのはご飯を炊くくらいで、だいたいスーパーの惣菜を合わせるくらいだったからなあ

星野亘

クックポッドでも見てみるか


僕はスマホでクックポッドを検索してみた。

星野亘

……カレー、中華丼、パスタ、ピッツァ。ヤバイ。どれもこれもできる気がしない

星野亘

いっそのことコンビニでハッピーターソを買ってきて、皿に盛り付けたりなんかして……

星野亘

いや、ダメだ。曲がりなりにも夕食なんだ。ディナーなんだ。一日でもっともお腹の空く時間なんだ

星野亘

また下手なことをして地球を壊されそうになったら大変だ。しっかりとおもてなしをしておかないと


チラッ、と僕は宇宙人の彼女を見た。

ラムダ

……………………


彼女は口をぼんやり開けてテレビに見入っていた。

テレビでは子供向けのアニメがやっていた。

星野亘

面白い?

ラムダ

実に興味深いダ

星野亘

子供向けだけど退屈じゃない?

ラムダ

そんなことない。感情がワクワクと波打っているダ


ニコッ、と彼女は笑った。

僕はその笑顔にドキッとした。

星野亘

……危険な宇宙人だと思ってたけど、けっこう人間らしいところもあるんだな


僕はしばらく彼女と一緒に番組を見ることにした。

最初は子供向けだと高をくくっていたが、

一緒に見ているせいか、意外と面白かった。

星野亘

そうだ。君の名前は? 僕は星野亘(ほしの・わたる)っていうんだ

ラムダ

ん? 名前? 個体識別用の記号か?

ラムダ

それならラムダ

星野亘

え? ラム……ちゃん?(なんか某マンガのキャラクターと一緒だけど大丈夫か?)

ラムダ

違う。ラムダ

星野亘

ラムダ? あー、そういうことね。ラムダ、か(訛ってるのかどうかわかんなかったよ)


とりあえず名前はわかった。

なんだか少し距離が縮まった気がした。

ラムダ

ところであと10分ダが、大丈夫か?

星野亘

え、何が? テレビ番組が?

ラムダ

地球滅亡までダ

星野亘

えええ? な、なんで? 延期したんじゃなかったの?

ラムダ

いつまでたっても夕食が提供されないからダ。我の空腹度はあと10分で危険値に到達する。そうなると自動的に地球は粉砕される

星野亘

ちょ、10分って!
もう少し前から教えてくれないかな!?

ラムダ

地球の夕食時は概ねこの時間帯だと学習してある。常軌を逸した発言はしていないはずダが?

ラムダ

あと9分になっダ

星野亘

…………ッ!


僕はあわてて冷蔵庫の中を開けた。

星野亘

空っぽ! あるのは製氷機の氷だけ!?


戸棚を引っ掻き回す。……が、何も出てこない。

そもそも僕は普段から食品を備蓄していなかったのだ。

星野亘

スーパー!

星野亘

……は片道10分だし

星野亘

コンビニ!

星野亘

……は片道5分。
どっちにしろ間に合わない!

ラムダ

あと7分ダ

星野亘

こんなことになるのなら、テレビなんか見てないで準備をしておくんだった!

星野亘

クソッ! 僕はなんてバカなんだ!


自分がふがいなくて、僕は「ドン」と壁を叩いた。

星野亘

……?


普段使っていない上段の戸棚が開いていた。

星野亘

そ、そうだ! 忘れていた!


僕は上段の戸棚に手を突っ込んだ。

アパート入居時、もしもの時のためにと

非常食を入れていたのだった。

星野亘

あった! カップ焼きそば『ズギューン』と『ペナング』だ!

ラムダ

あと5分ダ


地球滅亡のカウントダウンは無情に進む。

僕は急いでお湯を沸かし、カップ麺の準備をした。

蓋を取り外し、かやく袋を開ける。

ラムダ

あと3分


お湯が湧き、乾麺の上に一気に注いだ。

お湯が跳ねて手にかかったが気にしていられない。

地球が滅亡したら火傷どころの話ではないのだ。

ラムダ

あと5秒。4、3、2、1……

星野亘

できた!


ゼロ・カウント直前での滑り込みだった。

僕は焼きそば『ズキューン』をラムダの前に置いた。

ラムダ

3分前までは何もなかったのに、急に料理が完成しダ? これがいわゆるファーストフードというものなのか?

星野亘

いや、これはファーストっていうより、インスタント食品だね

ラムダ

訳すと即席という意味らしいが、手を抜いたのか?

星野亘

いやいや! 別にやっつけってわけじゃないから! ちゃんとこれはこれで美味しいはずです! ハイ!


僕はどうにか誤魔化した。

とはいえ、心配がないわけではなかった。

星野亘

……賞味期限、見てなかったけど切れてないかなあ。カップ麺だから大丈夫だと思うけど

星野亘

でも、どっちにしろ今はこれを出すしかなかったんだ。ええい、ままよ!

ラムダ

……いただくダ


ラムダは食事を始めた。

黙って焼きそばを咀嚼していく。

ちなみに箸はナチュラルに使っていた。

器用な宇宙人である。流石は先進文明だ。

ラムダ

………………

星野亘

……やっぱり夕食にカップ麺ってのはマズかったかなあ


反応がなくて、心配になってきた時だった。

ラムダ

……なんだか病みつきになる味ダ

星野亘

そ、そう? それはよかった!

ラムダ

ム? そっちはなんダ? 一見同じようで、微妙に差異が見受けられるんダが


僕は自分用の『ペナング』の蓋を開けたところだった。

星野亘

ああ、こっちも同じカップ焼きそばだけど、メーカーが違うんだよ

ラムダ

ちょっとそっちもいいか?

星野亘

あ、どうぞ

ラムダ

あれ? こっちの方が……


急にラムダは恍惚の表情となった。

というか、なんだかCMみたいなことを

言っちゃってるようだが大丈夫か?

星野亘

そうだ。ズキューンにはわかめスープもついていたんだ。こっちも飲んでごらん?

ラムダ

あれ? こっちの方も……

ラムダ

……スープと合わせると味が際立つダ


ラムダの箸はどんどん加速していった。

結果的に僕の分も彼女にたいらげられてしまった。

ラムダ

美味しかっダ。どちらも甲乙つけがたかっダ

星野亘

そ、それはよかった(僕はほとんど食べられなかったけど)

星野亘

と、ところで地球の存続は……?

ラムダ

ああ。地球の存続は更新しダ。まだ消滅させるには惜しいとわかっダ

星野亘

ありがとうございます!


どうにか今回も地球の滅亡を回避できたようだ。

とはいえ、またいつカウントダウンが始まるは不明だ。

星野亘

ちなみに次のタイムリミットはいつなんだろう?

ラムダ

言うまでもない。明日の朝食ダ

星野亘

……もしかして一食ごとッ!?


地球の危機は当面のところまだまだ続くらしい。

――次回、 
荻野月子と朝食 

カウントダウンには非常食

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