ヒロ君!

 
 いきなり声がかかり、俺は公園の入口を振り向く。
 顔立ちは悪くないが、どこか抜けたような表情の野郎がこっちを見ていた……びっくり顔で。

 ああ、確か桐蔭涼(とういん りょう)とか言ったか?

 中野ブロードウェイでイカサマ占いの店をしてるヤツだな。ヒロの時の記憶もあるので、理解はしたが、だからといって別に俺はこいつが友人だとか思ってない。

なんの用だよ? なんだ、おめーも骨折られたいクチか?

いや、まさか

 はははっと笑って涼が言う。

 思ったよりこの事態に驚いてないように見える。最初の印象より――いや、印象通り、怪しいヤツだな。

それより、すぐ逃げた方がいいよ

 涼はせかせかと言った。

今、君が痛めつけたそいつらの仲間が、大挙して押し寄せてくるっ

なぜわかる!? おれはまだ気配を感じないぞっ

僕にはわかるんだよ

 柄にもなく、懸命な面持ちで涼は言う。

頼むから逃げてくれ

シン、どうも嫌な雰囲気だ。代われ!

おいおい、これからだろっ。どんな連中が来たって俺が――あ、こらっ」

 腹立つことに、主人格の主導権はヒロにある。
 人が抗議してるってのに、ヒロが俺を押しのけちまった。けっ。

           ☆

 シンと交代した俺は、桐蔭涼に「増援が来るってのは、ホントか?」と即座に訊いた。

 涼は目を丸くして、「う、うん。本当さ!」と答えたので、むしろ自ら率先して走り出した。慌てたように涼が後に続く。
 公園を出て、行きとは違う角を曲がった時、俺は確かに大勢の気配が公園に向かうのを感じていた。

 少なくとも、涼が警告したのは嘘ではないらしい。
 まあ、こっちの道は誰も来てないから大丈夫だろ、多分。

「ま、待って待って! 運動不足なんだよ、僕っ」
「そうか。俺は遁走にはちょっとした自信がある!」 

 軽快に走り、しかし涼を振り切るほどの速度は出さないように注意し、俺は最初に足を運んだ中野ブロードウェイ……の涼が店を出す四階へと戻る。

 例の空っぽの店は、開け放たれたままで、簡単に中へ入ることができた。

「おいおい、不用心だなあ……出かける時は鍵閉めないと」
「き、君が危ないと思って(息切れ)急いだんじゃないか!」

 ゼーハーゼーハーと呼吸を荒くした涼が後に続き、店に入ると同時にシャッターを下ろした。多分、接客が面倒くさくいんだろう。

 結果、俺達は少し前のように、机を挟んで向かい合って座ることとなった。

 肩で息をしている涼をしんねりと見やり、俺は我ながら冷え切った声で尋ねた。

それで、なんでタイミングよく警告に来られたんだ?

え、ええと……僕の能力だから……なんてのは、駄目かな?

駄目だ

 俺は身も蓋もなく言った。

おまえのギフトというか能力は確かに汎用性高いけど、そこまで万能だとは思えないな。というより、あまりにも都合良すぎるし、タイミング的にも有り得ない気がする。絶対に何か他の理由があるね

 実はそこまで確信があるわけじゃなかったんだけど、俺はあえて自信ありげに言ってやった。これで向こうが当惑した顔したら、少しは

僕の能力ですぅ

って話も信じたかもしれないが――やはりというか、案の定というか、涼は弱り切った笑顔で頭なぞかいている。

う~ん……君は友達だし、やっぱりちゃんと白状した方がいいのかなぁ

 
 このクソガキ、やっぱり俺に隠し事があったな!

 まだハーハー言ってる涼を不機嫌に眺め、俺はここぞとばかりに宣告してやった。

知ってることを話さないと、シンに代わるぞ? ちなみに、さっきの二人をボコボコにしたヤツだけど

あ、それっ

 涼は一転して、妙に目を輝かせた。

こうしようよ。僕も話すから、君もさっきの人格について教えてくれ。ひょっとして、あれは二重人格とか?

よく勘違いされるけど、違うね

 俺は身も蓋もなく首を振る。
 そんな生優しい理由なら、苦労はないんだって。

第三章②二重人格とは言えない

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