駿河恵司

さて、どこから手を付けましょうかね

 独り言ち、恵司は手がかりを探しにノートパソコンを開く。室内を調べないのは、どうせ証拠など残っていないと高良の口ぶりから判断したからだ。
 遺体は既に鑑識が捜査に入ったので、何かあったら声を掛けるよう指示し、検索するのは“アーティスト”の情報である。

駿河恵司

へーぇ、都市伝説になっちゃったのねぇ

 カチカチとサイトを開いては閉じ、開いては閉じる。検索してはいけない言葉、みたいにされていたのは恵司も正直笑ってしまった。 

駿河恵司

……とりあえず、今回のこのやり方的にはネットで検索すれば誰でも模倣出来るわけね

 証拠を残さない辺りはプロの犯行だが、これが“アーティスト”の犯行で無い事は恵司にはよく分かっていた。理由はただ単純に、本物の“アーティスト”が今回の事件に関わっていないことを知っているからだ。調査や推理の結果ではなく、アリバイを知っているから、という言い方をすべきだろうか。

駿河恵司

“アーティスト”の影ってとこか……。自分の犯行だと主張する物がなければ“アーティスト”に罪をなすりつけようとする奴だし、主張する物があれば二代目を名乗りたい奴、かな。普通に考えれば

 “アーティスト”本人は作った死体自体が自分の犯行であると主張する物であるため、特に何かを残すようなことをしない。つまり、何も残さず手法を真似れば"アーティスト"の犯行になり得るのだ。ある意味ではそれが厄介なところだが、本物か模倣かだけは断定出来る恵司にとってはそれはさほど問題ではない。
 めぼしいものを見つけることが出来なかった恵司は、立ち上がり周辺の聞き込みにでも行こうかと部屋を出ようとする。そんな恵司に、丁度そのタイミングで埴谷が声を掛けた。

埴谷義己

駿河、高良警視との話は終わったのか?

駿河恵司

ん……あ、ええ。大した話ではありませんよ。兄を事件に介入させていたことのお咎め程度です

埴谷義己

むしろ、俺に責任があるなそれは……すまない

 本当に申し訳なさそうな顔をする埴谷に、恵司はほんの少しだけ嘘の罪悪感を感じる。しかし、その程度だ。

駿河恵司

今回の事件では兄を介入させないよう、酷く釘を刺されました。必要無いでしょうけど

埴谷義己

まぁ、砂尾空の事件と同じ犯人だとすれば彼に調査させると感情が伴いそうだからな……。あいつとて、何も思っていないわけじゃなかろう

 目の前の人間がその兄だと知った時埴谷はどうするのだろうか。少し打ち明けてみたい気持ちを抑えつつ、恵司は埴谷に協力を要請する。

駿河恵司

それでは、少し調査に協力していただけませんか? 今回は犯行現場が室内ですし、鍵はかかってました。更にどこか壊された様な場所も無ければ外せるような扉もない。つまり、被害者が自分で招き入れるような人間――被害者の関係者から探るべきだと思うんです。私一人では、大変ですからね

埴谷義己

確かに……シンプルだが、確実そうな線だ。親族か友人か、はたまた最近知り合った人間か……どれで行く?

駿河恵司

そうですね……ではもっと単純に、こうしましょう。日ごろから“アーティスト”の話を好んでしていた人間、とか

埴谷義己

いくらなんでも、それは有り得ないだろう。安直過ぎないか?

駿河恵司

いえ……実は少しだけ、おかしいと思っているんです

埴谷義己

何がだ?

駿河恵司

普通ならこのタイプの殺人事件は発覚が遅れますよね。何しろ強盗の跡が外部から見られるわけでもなく、一人暮らしの大学生ではすぐに異常を発見出来る人間も少ない。それなのに、遺体が発見されたのは死後一日も経っていない段階……。埴谷刑事、この事件の発覚はどうしてだったか把握していますか?

埴谷義己

勿論だ。匿名の通報……って、まさか

駿河恵司

ええ、そのまさかです。証拠を残さないやり方をした癖にわざわざ発覚させる……。犯人はわざと我々に教えたのでしょう。相当自信があったようだ

埴谷義己

……相手は今時電話ボックスからの通報で、声が男だったということ以外分かっていない。そんな状態で特定しろと言うわけか

駿河恵司

面白いじゃないですか。ねぇ、埴谷警部

 にっこりと笑う恵司に、埴谷は少し普段の音耶とは違うなと違和を持つ。当たり前だ、彼の目の前に居るのは音耶ではなく恵司なのだから。
 少し不思議そうな目をする埴谷に先に行くよう急かしながら、恵司は誰にも聞こえぬよう小さく呟いた。

駿河恵司

相手が悪かった……そう後悔させてやるよ

駿河音耶

ん……

鬱田志乃

ああ、目ぇ覚めたか? 

 音耶が目を覚ましたのは日本家屋の和室の中だった。風通りの良い縁側で寝かせられていたらしい。少しそのまま思考を巡らせ、はっとした音耶は思い切り体を起こした。

駿河音耶

う、鬱田!?

鬱田志乃

んだよ

駿河音耶

な、何で俺が鬱田と一緒に居るんだ!?

鬱田志乃

ある意味じゃこっちが聞きたいわ。で、お前、どうしてあんなとこで倒れてたんだ

駿河音耶

は? 倒れ――。……ああ

 ふっと戻る記憶。三人の少女と食事をしに行って、恵司の振りを強要されていたが故に食べた激甘バニラパフェのせいで至極気分が悪くなり、しかし吐くことも顔色に出すことすら許されず、結局苦痛を外に出すことが出来なかったために倒れてしまったのだ、と音耶は思い出す。同時に、鬱田が介抱してくれたのかと頭を抱えた。

駿河音耶

悪い、迷惑かけたのは俺の方か……

鬱田志乃

お前らが俺に迷惑をかけるのは今に始まったことじゃない。まあ、俺も散々お前らに助けられてんだ、気にすんな

駿河音耶

にしても、まさかここはお前の部屋か? さっきまで俺は都内に居たはずだが、田舎じゃないのか?

鬱田志乃

失礼だなお前……景観のために庭作ってんだよ。つい最近俺もこっちに戻ったばっかだから、俺も驚いたがな

駿河音耶

この金持ちが

鬱田志乃

褒め言葉と受け取ってやろう。……で、お前何で恵司みたいな格好してんだ。何かあったのか?

駿河音耶

あー……まぁ、それは

 顔だけで自分達の区別が出来る鬱田と出会ってしまうことは双子の計算外であった。もし恵司の状況を音耶が今知っていれば、今こそ権力に頼るべきとすぐにでも状況を明かして協力を要請すべきなのだろうが、彼らは未だ連絡を取り合っていない。それは恵司なりの気遣いであり、音耶なりの気遣いでもあった。
 現状はまだ理由を明確に明かすべきでないと考えた音耶は、適当に嘘でも吐くことにした。

駿河音耶

実は恵司に珍しく依頼が入ってな。ただ、あの野郎そういう肝心な時に限って風邪を引いて寝込みやがったから俺が代わりに行ったんだ。んで、その帰りに麻衣達に会ってこの格好だから恵司と間違われた。言い出せないまま甘いものを食わせられて死んだ。以上

鬱田志乃

ああ、お前高校の時もバレンタイン死にかけてたもんな、死ね

駿河音耶

何で最後に呪詛が付くんだ。……苦労したのは事実だが

鬱田志乃

バレンタインでチョコ貰って死にかけるのは贅沢な悩みじゃねぇか。俺は恵司と一緒に非リア堪能してたぞ。……つかお前ら、顔もそっくりの癖に、何か違うよな。お前の方がモテるとかそういうとこ

駿河音耶

性格は違うからな……。単に俺の方が世間受けしたというだけだろう

鬱田志乃

お前のそういう余裕なとこむかつくな……。で、恵司は無事なのか? 風邪だろ?

駿河音耶

無事だろ。何かあったら連絡を寄越すはずだからな。……何のために無理やり非番にしたと思ってる。仕事中にヘルプ出されてもしょうがないからな

鬱田志乃

なんだかんだ言って、お前らほんっと仲良いよな。一人っ子だから羨ましいよ

 まぁ、風邪なんて嘘なんだけど、と音耶は心の中で笑った。
 それでも何か連絡があれば、それが何かあったことの合図であることは確かだ。音耶は携帯電話に何も通知が無いか確認し、そっと設定をバイブレーションからサウンドの状態に変える。仕事中は鳴らないように気を配っているが、今は鳴ったことに気付かなければ意味が無い。
 鳴らない方が良いのか、鳴ってくれたほうが良いのか。どちらにせよ、恵司が妙な事をしなければいいのだが。音耶は外を見ながら“駿河音耶”として捜査をしている恵司を頭に浮かべていた。

第三話 ④ 偽物からの挑戦状

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