埴谷義己

ここが被害者の通っていた大学、か

 被害者――森玲奈の通っていた大学までは少し距離があったため、埴谷の運転する車でそこまでたどり着く。学校側に調査の許可を貰い、被害者の交流関係を調査する。埴谷はスーツ二人では浮いてしまうかと危惧したが、意外と問題なく溶け込める。それは、彼らの若さが一番の理由であったろう。

駿河恵司

死ぬ前日にサークルの飲み会に参加……だとすれば、サークルの人間に声を掛けてみましょうか。手分けするとして、一応怪しまれないように被害者の友人という設定でいきましょうか? それとも、あえて埴谷警部だけは警察官として調査を行ってもらう形にします?

埴谷義己

……ああ、それは警察官としてではないと収拾できない情報があるからか?

駿河恵司

それもありますけど、埴谷警部は不器用ですから……嘘は吐けないんじゃないかと

 恵司の言葉に、埴谷は少し顔を歪めるが、事実である以上言い返すことは出来ない。何だか少し影を落とした後ろ姿で聞き込みに行った埴谷の背を見送ってから、恵司は被害者が所属していたというサークルのメンバーを訪れに行くことにした。

駿河恵司

……うっわー、典型的な飲みサーっぽいなー。こう言っちゃなんだが、ヤリサーじゃねぇのこれ

 携帯でそのサークルのサイトを見、これから自分が相手にしなければいけない人間のタイプを確認する。軽薄そうな男と尻軽そうな女が並んでやがるな、と恵司は心の中だけで悪態をついた。大学時代にサークル活動などやったこともない恵司には若干の偏見があるのも確かだが、そう思われても仕方ないような写真がサイトには並んでいた。

 携帯を仕舞い、教室の中でたむろしている数人の少年少女に声を掛ける。さっきのサイトで見た顔だ、同じサークルの人間だろう。
 

駿河恵司

こーんにっちわ! この前の飲み会じゃお世話になったんだけど……あれ、俺のこと覚えてる?

 嘘を混ぜつつ、音耶の振りも最早止めてしまった上で声を掛ける。音耶の性格はこういった対象とはあまり相性が良くないし、埴谷も居ないのだからわざわざ音耶のふりをしていく意味は無い。

升久可憐

うっわ、超イケメンじゃん……ねぇ文香、覚えてる?

的井文香

えー……酔ってたしあんま覚えてないー

狐塚楠都

あ、もしかして新しく入ったって奴? オレあんとき連れとばっか喋っちゃってさぁ、悪いな

田中海

ホントお前それだよなぁ、悪い悪い! お前は俺達の顔覚えててくれたんだな。……つか、スーツってお前塾講かなんか?

駿河恵司

そうなんだよー。バイト先がこれじゃなきゃダメっつーから着てんだけどさ、夏場もこれとか鬱陶しくね?

 恵司の言葉に笑う彼らを見て、恵司は内心ほくそ笑んだ。思った通りガードは緩い。彼らの話し方に合わせていけば馴染めると恵司も踏んでいたが、想定通り飲みサーであったことに本当に感謝する。どうせ泥酔するまで飲んでいたのなら、新しくサークルに入った人間だと言えば比較的何の問題もなく自己紹介から入れるだろう。それに、サークルの仲間だと誤認させるだけである程度踏み込んだ話も可能になるだろう。

升久可憐

ねぇねぇ、君名前なんて言うの? アタシ可憐。升久可憐っての。可憐って呼んでね

的井文香

あー、ずるい! あたしは的井文香。あたしのことも文香って呼んでー?

駿河恵司

あ、そっか。俺飲み会ん時本当緊張してまともに名前も言えてなかったのか。俺は河原ツカサって言うんだ。よろしくな、可憐と文香

 後が面倒なので適当にその場で思いついた名前を名乗る。警戒心が強ければサークル名簿でも調べるのだろうが、そんな様子はないし、もしかすればまともに管理していない可能性もある。名前から怪しまれることもないだろう。

狐塚楠都

女どもは男なら誰でもいいんだろー。俺は狐塚楠都ね、こっちは田中海

升久可憐

ツカサ君って何年生ー? アタシより年下に見えるー

的井文香

わかるー。何か守ってあげたい系っていうかー

 少なくともお前らよりは年上だと思うぞ、と思いつつも声には出さない。凄まじく適当に3年生、と答えておく。

 しばらくそのまま事件の情報が出ない雑談が続き、ある程度の信頼関係が出来上がった頃か、というタイミングで恵司はようやく本題を切り出す。

駿河恵司

なぁ、森玲奈って知らない? 俺さぁ、あの子に誘われてサークル入ったんだけど連絡つかねぇしどこ行ったもんか

 殺された、という事は伏せ、とりあえず足取りを知るものが居ないかの確認だけと思い、恵司はそう口にした。すると、思いの外大きな情報が現れる。

狐塚楠都

あー、飲み会の帰り長岡が送ってったんだっけ? 玲奈超酔ってたし

的井文香

てかツカサ君玲奈と知り合いなの? 彼氏かなんか!?

升久可憐

それは無いって文香、玲奈って長岡と付き合ってたんじゃん。でもよくあんなのと付き合ってたよねー。時々よく分かんないこと言ってたじゃん

田中海

ああ、あれなー。酔うと可愛い子に向かって『美しくなりたいか』なんて、何かキザっぽくさぁ

的井文香

でもちょっとカッコいいの腹立つよねー! だいたい言われた子はその気になっちゃうもんー、あれ可愛い子にしか言ってないわけだし

 あまりにも露骨すぎるその話に、恵司は一瞬頭が真っ白になった。そんな単純な男があんな犯行を出来るというのか、いや、有り得ない。だが、気になるのは確かだ。

駿河恵司

悪い、長岡って奴あんま良く知らないんだけど

田中海

そんじゃ連絡先教えてやるよ。本人から聞いてみ?

 田中が携帯を取りだし、教えてくれたのは流行りのSNSのアカウント。恵司は普段使っている携帯電話ではない方――見られたり無くしたりしても困らない方を取り出し、そのアカウントの情報を手に入れる。なんとなくウイルスページを開くのが好きな恵司は、危険なことをするための携帯と普段自分が使うものを分けていたのだった。実はノートパソコンも同様に、普段持ち歩いているものにはほとんど情報など入っていない。
 長岡という人物の情報を手に入れた以上、もう彼らに用は無い。適当に、友達と待ち合わせしてるから、と教室を出る。

 長岡というのが犯人なのか、単なる足取りの一つに過ぎないのかはわからないが、調査するに値する情報を彼はやたらと持っている。とりあえず調査のきっかけが出来ただけでも設けものだ。

駿河恵司

……若者と話すのは疲れんなー。ああ、麻衣もああなっちゃうのかなぁ……

 そう言いつつ、まだ20代の半ばである彼は早くも妹の未来を想像し始める。それは、捜査において彼にある程度余裕が出てきたという意味合いでもあった。

第三話 ⑤ 被害者の足取り

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