ケンスケ

 美咲野先生……どうして僕の親父を知っているんですか?
 一体どういう関係……

美咲野先生

 まぁ、旧友だよ。
 昔はお前の親父が率いるチーム……
 『緑貨車(グリーンセレナーデ)』で色々無茶をやったもんだ

ケンスケ

 ネーミングセンスが無さ過ぎて魂が抜けそうだ……

美咲野先生

 奴には散々振り回された覚えがある。
 ふふ、懐かしい。
 お前の親父は……ナオキは、素敵な奴だったぞ

ケンスケ

 はい?


 素敵。

 その言葉に、僕は思いっきり屈折して反射する。
 

ケンスケ

 僕は親父が嫌いですけどね

美咲野先生

 ほう、それはどうしてだい?

ケンスケ

 親父は……あいつは、母さんが病気で倒れたとき、そして死んでしまったときですら、僕たちの前に顔を出さなかったんですよ

 それどころか、あの水晶を購入したきり、一度も帰ってこない。

 そんな奴が素敵?

 そんなわけが、無いじゃないか。

ケンスケ

 僕はあいつが、今もどこかでのうのうと生きてるんだと思うと、本気で腹が立ちます

美咲野先生

 なるほどね

 荒々しい口調の僕とは正反対に、美咲野先生はあくまで落ち着いた口調で答える。

美咲野先生

 その気持ちはよくわかる

 美咲野先生は髪をかきあげ、窓の外を見つめた。

美咲野先生

 世界中の人間全てが幸せになる。
 香田は、そんな方法、あると思うか?

ケンスケ

 えぇ……?
 それは……無い……と思います

 なぜなら、誰かが幸せになれば、誰かが不幸になるのが、世界だと思うからだ。

 だからこそ、幸せは勝ち取らなければならない。

美咲野先生

 私もそう思う。
 幸せと不幸は表裏一体だ。
 世界は単純じゃあなく、これでもかというくらいに、混沌としている。

美咲野先生

 だけれどお前の親父は、
 『全世界を救う』
 なんて言葉を平気で使っていたよ

ケンスケ

 ……はぁ?

美咲野先生

 まぁ、当然のことだが、あいつは一度も世界を救えなかったけどな。
 あいつの力量では、一個人を救うのが精いっぱいだった

 言いつつ、美咲野先生は僕に視線を向ける。

美咲野先生

 いや、救えないことの方が多かったか。
 それでもあいつは、世界を救うつもりで個人を救っていたよ。
 自分の全てをかけて、個人を救っていた

美咲野先生

 もっとも、その陰にはいくつもの不幸があったのかもしれないがな

ケンスケ

 ……親父が僕たちの前に現れなかったのは、その陰で誰かを救っていたから……とでも言うんですか?

 僕は、美咲野先生の言葉を、咀嚼する。

 美咲野先生に反論するような口調で返したが、同時に昨日のメールを思い返す。

 水晶。

 白い彼女。

 ケープ。

 親父は、白い彼女を……ケープから、助けようと……していた……? 

美咲野先生

 さぁ、どうだろうな。
 お前の親父ならあり得るだろうな、って思っただけさ。
 一人が死ねば助かるというとき、あいつは間違いなく、一人を助ける馬鹿だったからな

 そして美咲野先生は、少しだけ眉を下げて、視線を逸らす。

美咲野先生

 そんなあいつが、私は好きだったのさ

ケンスケ

 …………

ケンスケ

 あぁん!?

 なんだこの、微妙な気持ち!

 肉親関係の恋バナとか誰が得すんの!?

美咲野先生

 ただし

 言って、美咲野先生は再び窓の外を見つめる。

美咲野先生

 一人が死ねば一人が助かるというとき、あいつはどちらも選べない奴だった

美咲野先生

 私はあいつに告白したが……結局返事は貰えなかったよ。
 まったく、あいつは本当に、失礼な奴だった

ケンスケ

 …………

ケンスケ

 もういいって! 恋バナ!
 なんか気持ち悪くなってきた!

美咲野先生

 香田、お前は親父みたいになるなよ

ケンスケ

 ……言われなくても、僕は親父とは違いますから

美咲野先生

 ふふ、そうか

 ……親父にどういう理由があったところで、やっぱり僕には、親父を認めることはできない。

 世界よりも、誰よりも、親父は母さんを大切にするべきだったと、僕は思う。

 何と比べたとしても、何を天秤に乗せたとしても、親父は母さんを一番にするべきだった。

 その考えだけは、変えられない。

美咲野先生

 あぁ、そうそう、一つだけ。
 なんか香田、知らないっぽいから教えてやろうか

ケンスケ

 え?
 なんです?

美咲野先生

 ナオキはもう死んでるよ


 そんな美咲野先生の言葉と共に、昼休み終了の予冷が校内に鳴り響いた。
 

ケンスケ

 …………

ケンスケ

 ほげえええええ!?

美咲野先生

 次の授業に遅れるなよー


 美咲野先生は、絶叫する僕を尻目に階段を下りて消えて行った。
 

ケンスケ

 ほ、ほ、ほ、ほげええええええ!?

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