昼休みが終わる頃。

 教室に戻る途中、廊下に仰向けで倒れている美咲野先生を発見した。

美咲野先生

 …………

ケンスケ

 ……えぇっと

ケンスケ

 なんだこの状況……。
 ついに死んでしまったのだろうか

 入学式から吐血する先生なのだから、いつ死んでもおかしくはないと思っていたが……。

 いや、とりあえず救急車とか呼んだほうがいいのか……?

 美咲野先生は目を瞑り、口からヨダレをたらしながら寝息をたてて……

美咲野先生

 スヤァ

ケンスケ

 って、寝てんのかよ!

 この先生、廊下で眠ってる!

ケンスケ

 美咲野先生、起きてください

美咲野先生

 んん……?
 ふあぁ……なんだ……香田か。
 何か、相談でもあるのか?

 と、美咲野先生は床に寝たまま返事をした。

ケンスケ

 ……蝋化で眠る教師が存在する、という問題について相談があります

美咲野先生

 ふぅむ……。
 それは難しい問題だな。
 なぜなら、人間という生物は睡眠をとらなければ死んでしまうからだ

ケンスケ

 人間は眠るべき場所で眠ることができる生物だと思いますけどね……。
 廊下は先生のベッドじゃないです

美咲野先生

 その通り!
 廊下はみんなのベッドだ!

ケンスケ

 ……廊下はベッドじゃないです

美咲野先生

 つまり、眠る場所と同じくらい綺麗にしましょうね、ということだな

ケンスケ

 …………

ケンスケ

 いや、良い感じにまとめたつもりかもしれないですけど、全然まとまってないですからね

 この先生、真面目そうな表情で言うものだから、本気なのか冗談なのか判別しづらい。

美咲野先生

 うぅむ、完全に意識を失っていたよ。
 さすがに身体が持たなかったようだ

 美咲野先生はゆっくりと身体を起こしながらそう言った。

ケンスケ

 昨日はあまり寝てないんですか?

美咲野先生

 徹夜三日目だよ

ケンスケ

 三日って……。
 そんな寝ずに何をしてるんですか

美咲野先生

 大人の世界には色々あるんだよ

ケンスケ

 …………

ケンスケ

 色々ってなんだろう……

 桃色な妄想が膨らんだ。

美咲野先生

 昔は一週間くらい徹夜も平気だったんだがなぁ

ケンスケ

 人間ってそんなに起きていられるものなのか……

 僕は美咲野先生に
 『三日三晩(スリープレススリーパー)』
 という二つ名を授けることにした。

美咲野先生

 いやはや、歳は取りたくないものだ

 美咲野先生はグググっと両腕を天井に向けて伸ばす。

 ……歳と言われても、美咲野先生の見た目は非常に若々しい。

 三十は行ってないように見えるが……。

ケンスケ

 美咲野先生って、何歳なんです?

美咲野先生

 おいおい香田。
 女の人に年齢の話をするのは、いただけないなぁ?

 言って、美咲野先生は僕の両頬を指でつまむ。

ケンスケ

 むぐぐぐぐ。
 や、やめれくらはい

美咲野先生

 ごめんなさいは?

ケンスケ

 ご、ごめんにゃひゃい

美咲野先生

 ゆるさん!

 ぐに~ん、と美咲野先生は僕の頬を強く引っ張る。

 謝ったのに!

美咲野先生

 まったく……失礼なのは親父譲りか?

 言って、美咲野先生は僕の頬から指を離した。

 ……って、

ケンスケ

 え?
 ちょっと待ってください。
 美咲野先生って、僕の親父を知ってるんですか?

美咲野先生

 香田ナオキだろ?
 よーく知ってるよ

 ドクン

 と心臓が高鳴る。

 ドクン

 どうして美咲野先生が、僕の親父を知っている?

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